前編
春休みのある日。母さんに呼ばれ、自室からリビングに向かう。
テレビに対して垂直に、テーブルを挟んで向かい合う形で置かれた二脚のソファーのその一脚に、神妙な面持ちの父さんといつも通りのほほんとした表情の母さんが並んで座っていた。
「来たか」
父さんがこれまた神妙な雰囲気の声で言う。
長年の経験でこういう時の父さんが、俺にとって非常に面倒な事を言うのは分かりきっており、正直今すぐにでもこの場を立ち去りたい気分だ。
とはいえ、実際にはそういうわけにはいかず、俺は嫌々父さんの正面に腰を降ろした。
「今度はなんだよ?」
前回はいきなり海外に連れていかれ、前々回は何の脈落もなく車を買い換え、更に俺を驚かせるためだけにその新車をわざわざ痛車仕様にしやがった。もちろん、その場ですぐにシールは全部剥がさせたが。
「……」
無言で父さんが俺の目の前に何かを差し出してくる。
「写真?」
それは白いワンピースに身を包んだ外国人の少女が笑顔で写る写真だった。
金髪碧眼、年は十二・三歳だろうか。腰まで伸びた長い髪は秋の麦畑のように輝いており、また大きな瞳はサファイアのように煌めいて見えた。まるで一枚の絵画のような写真だった。
このままポストカードにしたら、さぞやよく売れる事だろう。
「誰だよ? この子」
綺麗な子だが、見覚えはない。芸能人やモデルか?
「お前には言ってなかったが、実は父さんにはイギリスに隠し子が……」
「へぇー……」
もう反応するのも面倒くさい。
「え? そうなの?」
グルのはずの母さんがなぜか素で驚いているが、それも無視だ。
「というのは、嘘で」
「あら、そうなの。私、すっかり騙されちゃったわ」
もういいからとっとと本題に入ってくれ。
「この子は父さんがイギリスで知り合った人の娘さんで、明日からウチにホームステイをする事になってる」
「へぇー……。で、本当は?」
「いや、今度は本当だが?」
「は?」
マジで? ホームステイ? しかも、明日?
「聞いてないぞ!」
「言ってないからな」
しれっと何言ってんだ、このオヤジ。あからさまな嘘は、重々しくかつそれらしく言うくせに。
「なんでそんな大事な事、こんな直前になってから言うんだよ?」
「その方が面白いからだ」
悪びれる様子なく、堂々とそう言い放つ父さん。
ダメだ、この人。前から思っていた事だが、今日それを改めて実感した。
「彼女はサラ・スチュアート。イギリスのウッドストックに住む十二歳の女の子だ。ちなみに、父親がイギリス人で母親が日本人。まぁ、いわゆるハーフだな」
ハーフだから少しは安心……とは当然ならない。海外から見知らぬ少女が来る事に何ら変わりはないのだから。
「ま、とにかく仲良くやってくれ。年も然程離れてないし、心配ないと思うがな」
そう言うと、何が面白いのか豪快に高笑いをする父さん。
十六歳の男子を捕まえて、十二歳の女の子と然程年が離れてないから心配ないだと。悪いが、冗談はアンタの顔と生き方だけにしてくれ。
「で、そのサラさんとやらは明日の何時にウチに来るんだ?」
とはいえ、決まってしまったものは仕方ない。早く気持ちを切り替えなければ。それに、これぐらいの事で狼狽えていたら、この人の息子はとてもじゃないがやっていられない。
「九時半くらいかな。八時二十分頃に飛行機が空港に着くらしい」
九時半か。それぐらいの時間なら、休みボケした俺でも何とか万全の状態で出迎えられそうだな。
「父さんと母さんは車でサラちゃんを空港まで迎えに行くから、お前はちゃんと起きて留守番してるんだぞ」
「言われなくても分かってるよ、それぐらい」
子供じゃないんだから。
「あ、それと。お前、彼女はいなかったよな」
「なんだよ? その質問。……いないけど」
というか、いた例しがない。自慢ではないが、生まれてこの方、義理以外でチョコをもらった事はないし、ラブレターなんてもっての外だ。
「そうか。なら、問題ないな」
「は? 何が?」
「いや、なんでもない。こちらの話だ」
「そうそう。こっちの話」
楽しげな笑みを浮かべる両親の反応が気にはなったが、どうせこれ以上聞いても何も話してはくれないだろうし敢えて見て見ぬふりをする。それより明日来るという少女と俺は、果たしてうまくやっていけるのだろうか。流れる血も違えば、育った環境や文化も違う。ただ見知らぬ少女というだけでも不安なのに、不安要素があまりにも多過ぎる。
……まったく、本当に面倒な事になったものだ。
翌日、俺は長休み中にしては珍しく八時半までに朝食や着替えを済まし、自室でくつろぎながらその時を待っていた。
九時を過ぎた頃からは少しそわそわしだし、二十分を過ぎてからはさすがに緊張し始め、読んでいた漫画の内容がまるで頭に入らなくなっていた。
そして、九時三十二分。階下で玄関の扉が開く音と気配がした。何やら話し声も聞こえてくる。
俺は一度深呼吸をして気持ちを沈めると、ベッドから立ち上がり自室の扉へと向かった。
扉を開けると、声が鮮明に聞こえ始める。父さんと母さん、そしてもう一人……。
「ここで靴を脱ぐのですね?」
「そうよ。で、脱いだ靴はちゃんと向きを揃えて並べるの」
「向きを揃えて」
「そう」
階段を降りる。
「お、ウチの長男様の登場だ」
降りてくる俺に気付いた父さんが、茶化しつつ俺の存在を周りに告げる。
階下から金髪の少女が俺を見上げる。薄いピンクのシャツとファー付きの紺色のGジャン。下はチェックのミニスカートにニーハイソックスと、少女は格好良さと可愛らしさが共存したような服装をしていた。
あの写真がいつ頃撮られた物かは分からないが、服装の違いもあり実物の方が二つ三つ年が多く見える。
「I was able to meet my prince at last」
「え?」
何かを呟いたサラさんだったが、俺が聞き返すと我に返ったのか恥ずかしそうに頬を染めて俯いてしまった。
「あ、そうだ」
そうわざとらしく玄関中に響き渡るくらい大きな声で言うと、父さんがこれまたわざとらしく自分の手を叩いた。
嫌な予感が……。
「そう言えば、美琴さん。昼食の買い物にまだ言ってなかったんじゃないかな?」
「あー。そう言えばそうね。今の今までなぜかすっかり忘れてたけど、昼食の買い物がまだだったわね」
「おい」
いい加減にしろよ、そこの馬鹿夫婦。
「というわけで、父さん達は買い物に行ってくるから、祐二、後よろしく」
言うが早いか、父さんは母さんの背中を押して外に出て行ってしまう。
「おいおいおい」
俺の抗議の声を無視し、扉が閉まる。残されたのは、呆れ顔の俺と戸惑った様子のサラさんの二人だけ。
「え? え? え?」
可哀想に、サラさんは軽くパニック状態に陥っている。無理もない。見ず知らずの土地にホームステイに来たと思ったら、いきなり夫婦が消え、その家の初対面の息子と二人きりにされたのだから。
「えーっと……」
何はともあれ、まず初めに聞いておかなければならない事かある。
「日本語、大丈夫?」
「はい。日常会話は何とか」
良かった。さっきまで母さんと話していたので、おそらく大丈夫だろうとは思っていたが、万が一という事もあるし確認は必要だろう。ちなみに、俺の英語は大丈夫ではない。むしろ、ダメだ。
「と、とにかく、リビングに入ろうか。サラさんも疲れただろうし」
「そ、そうですね。とりあえず、座って落ち着きましょう」
「サラさん、荷物は?」
重そうなら、代わりに持とうと声を掛ける。
ウチに何日泊まるのかは聞いていないが、人の家に泊まるのだからそれなりの荷物を持ってきているはずと思ったのだが、どこにもそんな荷物は見当たらなかった。サラさんの手には一応大きめのバッグが持たれているが、さすがにこれだけのはずはない。
「あの、荷物は昨日送ったので、夕方には着くはずです」
「あー。なるほど」
俺が先にリビングに入り、後から遅れてサラさんも入る。日本の家が物珍しいのか、サラさんは辺りを落ち着きなく見渡している。
「そこに座って。今、飲み物入れるから」
右手でサラさんにソファーに座るように促し、自分は台所の方に足を向ける。
そこでふと思う。さて、飲み物は何を出せばいいのだろう、と。イギリスから来たサラさんには紅茶が一番馴染みのある飲み物だろうけど、だからこそ出しづらい。コーヒーは……どうなのだろう。勝手な偏見かもしれないが、イギリスの人はあまりコーヒーを飲まないというイメージが俺の中にはある。そうなると、後は――
結局、俺は二つのガラスのコップに麦茶を注ぎ、サラさんの元に戻った。まぁ、無難な判断だろう。
「はい」
サラさんの前にコップを一つ置き、そのまま彼女の反対側に腰を降ろす。
「あ、ありがとうございます」
「お口に合うか分からないけど」
「麦茶ですよね。大丈夫です。飲んだ事あります。現在の日本では非常にpopularな飲み物だとか」
「まぁ、そうだね。簡単だしね」
コップを口に運ぶ。うん。いつもの普通の麦茶だ。
俺が麦茶を飲む様子を見て、サラさんもコップを自分の口へと運ぶ。のどが鳴る前に、サラさんが一瞬目を瞑る。美味しくなかったのだろうか。
「どう、かな?」
「苦くて変わった味です。けど、嫌いじゃないです、この味」
良かった。
心の中でほっと胸を撫で下ろす。どうやら、我が家の麦茶はイギリスから来た少女のお気に召したらしい。
「ご自宅で作られてるんですか?」
「まぁ、そうだけど、そんな大層なものじゃないよ。お茶のパックを入れた水をヤカンに掛けるだけだから」
「そうなんですか」
俺の言葉を聞き、サラさんが興味深そうにコップの中を覗く。
「サラさんの家ではよく何を飲むの?」
「ウチでは紅茶をよく飲みます。その日の気分で茶葉や味を変えてみたり。でも、緑茶や抹茶もたまに飲みます。父が好きなので」
「へぇー」
俺なんてコーヒーか麦茶がほとんどで、緑茶は年に数える程、抹茶なんて今まで生きてきた中で数える程しか飲んだ事がない。
「サラさんも日本は好きなの?」
「はい。母の母国ですし、それを抜きにしてもとても魅力的な国ですから」
自分の国をそう言ってもらえると、何だか自分の事を褒められているように嬉しい。
「日本に来たのは初めて?」
「はい。だから、昨日の夜はワクワクし過ぎてなかなか眠れませんでした」
そう言うと、サラさんはその顔に苦笑を浮かべた。
「「ただいまー」」
買い物に出掛けると出て行ってから三十分後、両親が帰宅する。
「おー。若い二人で仲良くやってるか」
騒がしくリビングに入ってきた父さんに向け、口元に人差し指を立てて「しーっ」と告げる。
「おっ。なんだ、サラちゃん寝ちゃったのか」
ソファーに横になって眠るサラちゃんを見て、父さんが慌てて口を両手で押さえた。
「あらあら。客間にお布団敷いてくるわね」
父さんの後ろから室内を覗き込んだ母さんが、踵を返し、廊下の奥に消える。
「お前、寝てるサラちゃんに変な事してないだろな」
「してねーよ。大体、そんな心配するなら、いきなり二人きりにするなよな」
「ははは。冗談だって。お前にそんな度胸ない事は父親である父さんがよく知ってるからな」
なんだ、それ。舐めてんのか。喧嘩なら買うぞ。
とはいえ、肉弾戦だとこの冒険家顔負けの肉体を持つオヤジには負けるから、何か知能的な将棋か何かで勝負はお願いするが。
「お布団敷けたわよ」
父さんの背後から母さんがひょこっと顔を出す。
「じゃあ、祐二、後は任せた」
「は?」
俺が抗議の言葉を発する前に、父さんはとっとと二階へと上がって行ってしまう。
「ちょ、ちょっと……」
「祐くん、女の子を抱っこする時は優しくよ」
「いや、なんで俺が……? 力仕事なら、俺より断然父さんだろ」
「うふふ。お父さんも気を遣ったのよ。ほら、年が大分離れてるとはいっても、お父さんも男性だし」
「それなら、俺なんてもっとダメだろ」
年齢は……離れているけど大分ではないし、当然俺は男性だ。
「祐くんは……ねぇ?」
何やら意味深な笑みを浮かべる母さんだったが、俺にはその真意が全くもって分からなかった。
「……」
改めてソファーに眠るサラさんを見る。まるで人形のように美しい姿だが、だからと言って、人間の女の子としての魅力が和らいでいるかと言うとそうでない。
はぁー。
心の中で一つ溜め息を吐き、決心する。仕方ない。俺が運ぶか。
眠るサラさんに近づき、少し考える。さて、どう抱き抱えたものか。ここでの判断が、俺の今後の人生に大きな影響を与えないとも限らないし、出来れば慎重に行きたい。
「祐くん、鼻息荒いわよ」
「うっさい」
集中。集中だ。
心を落ち着かせ、サラさんとソファーの隙間に自分の手を入れる。服越しでも伝わる女の子の感触が、俺の男性としての本能をくすぐる。
いかん、いかん。冷静に、平静に。
手が変な所に当たらないように細心の注意を払いながら、サラさんを持ち上げる。いわゆる、お姫様抱っこの態勢だ。サラさんは余程疲れているのか、俺が抱き抱えても身動ぎ一つしない。
それにしても、軽っ。これなら、運ぶ事自体は然程手間ではなさそうだ。運ぶ事自体は……。
「おー。さすが男の子」
母さんがからかっているのか本当に感心しているのか分からない声を上げたが、聞かなかった事にする。悪いが、今の俺に突っ込みや怒りといった感情を言葉にする余裕はない。
サラさんを抱き抱えたまま、リビングを出て客間に向かう。
畳の部屋の中央に敷き布団が敷いてあり、そこにサラさんをゆっくり降ろす。意外とこれが難しく、この一動作に一番神経と筋肉を使った。
「ふぅー」
体力的には全然疲れていないが、精神的にどっと疲れた。
「ありがとう、祐くん」
後から部屋に入ってきた母さんが、横に置いてあった掛け布団をサラさんの体に掛ける。その眼差しは、まさに愛おしいものを見る時のそれだった。
「行きましょうか。サラちゃんも周りに人がいると、寝にくいでしょうし」
眠るサラさんを残し、客間を後にする。俺が出てから少しして背後で襖が閉まる音がした。
「で、どうだった?」
リビングに入るなり、母さんがいきなりそんな事を聞いてくる。
「どうって、なんだよ?」
「もう分かってるくせにー。サラちゃんとよぉ」
「別に、普通に会話しただけだって」
「えー。いい雰囲気にはならなかったの?」
自分の息子とホームステイに来た人様の娘さんとの間に、この人は何を期待しているんだか。
ソファーに腰を降ろす。疲労のためか、自然と先程より深く腰掛けてしまう。
「可愛いでしょ? サラちゃん」
「そりゃ、まぁね」
嘘を吐いても仕方がないので、正直に答える。というか、あの容姿に対して〝可愛くない〟という答えを返せる奴がいるとしたら、目が悪いか頭が悪いか余程の美人だろう。
「じゃあ、頑張らなきゃね」
「何をだよ?」
「何って……ね?」
〝言わなくても分かるでしょ?〟といった感じで、俺を上目遣いで見てくる母さん。
全く訳が分からない。
「まぁ、いいわ。時間はたっぷりあるものね」
本当に、一体なんだって言うんだ。
とにかく、ウチの両親が何か企んでいる事は間違いなかった。それだけは断言出来る。
控えめなノックの音が二度三度響く。
「はーい」
自室で寝転がり雑誌を読んでいた俺は、返事をするとベッドの上に体を起こした。
母さんや父さんなら、ノックとほぼ同時に扉が開くはず。となると――
「サラです。今、お時間いいですか?」
ベッドから立ち上がり、扉に向かう。扉を開けると、サラさんが立っていた。その表情は何か気掛かり事があるのか暗い。
「大丈夫だよ。どうかした?」
「あの、先程はすみませんでした。お話の途中で寝てしまって。しかも、その、お布団まで運んで頂いたそうで……」
余程恥ずかしかったらしく、最後の方は声が小さ過ぎて言葉になっていなかった。
「なんかゴメンね」
「いや、決して嫌だったわけじゃなく……」
そう言ってもらえると、例え嘘だとしても助かる。
「よく眠れた?」
「はい。お陰様で」
言いながら、その視線はちらりと俺の背後に。
「中入る?」
「え? あ、いいんですか?」
「特におもてなしは出来ないけどね」
苦笑を浮かべ、室内に戻る。俺は部屋にあまり物を置かない性質なので、急に人を上げる事になっても別に慌てない。
「お邪魔しまーす……」
恐る恐るといった様子で、サラさんが室内に足を踏み入れる。
「どうぞ」
勉強机の椅子をそっと彼女に差し出す。
「あ、どうも」
サラさんが椅子に座るのを見届けてから、自分はベッドに腰を降ろす。
「やっぱり日本とイギリスじゃ全然違う?」
辺りをキョロキョロと見渡すサラさんに、声を掛ける。
「いえ、私、男の子の部屋に入るの初めてで……。すみません」
「あ、そうなんだ」
サラさんの発言で改めて自分が今女の子と自室で二人きりなんだと自覚し、途端に恥ずかしくなる。
暫し、沈黙が室内を覆う。
「そう言えば、サラさんはいつまでこっちにはいるの?」
沈黙に耐え切れず、ふと思い付いた話題をサラさんに振る。
「五日程、こちらにはお世話になろうかなと思ってます。あまり長居をしても悪いですから」
「五日か……。どこか見て周りたい所とかないの?」
「見て周りたい所ならいっぱいあります。フジサン、アキハバラ、スモウ……。でも、今回は目的が違うので、全部また今度です」
「目的?」
俺が聞き返すと、サラさんははっとなって口を押さえた。
「……なんでもありません」
今の反応、どう見てもなんでもないわけないのだが……。まぁ、本人がそう言うなら別にいいか。
「ウチの父親とサラさんのお父さんって知り合い、なんだよな? どうやって知り合ったんだ?」
少し強引だが、話題を別のものに換える。いつかは聞こうと思っていた事だし、このタイミングで尋ねても問題ないだろう。
「え? あっ。祐二さんのお父様がイギリスに旅行に来た時に、飲み屋で食事をされてて、そこで初対面のウチの父と意気投合をなされたらしく、そのままウチで飲み直そうって事になって……」
なるほど。その光景がありありと目に浮かぶ。あの人なら、初対面の人間だろうと関係なく馴れ馴れしく接しそうだ。
「その節はウチの父がご迷惑をお掛しました」
ダメ親父に代わって、深々と頭を下げる。
父親がその時何をして何を話したか全然知らないけど、日頃の行いを見てれば迷惑を掛けたであろう事は容易に想像がつく。
「いえ、そんな。……それに、あの出来事があったお陰で、今こうして祐二さんとも会えたわけですし……」
「へ?」
何か今、聞き捨てならない言葉を聞いたような気が……。
「あ、いえ、その、なんでもありません! 私、下で何かお母様のお手伝いしてきますね」
「あ、ちょっと……」
言うが早いか、サラさんは慌てた様子で部屋から逃げるように出て行ってしまった。
「……」
後に残されたのは、立ち上がり、不自然に片手を伸ばした間抜けな男が一人……。
何だかな……。
頭に片手を置き、再びベッドに腰を降ろす。そこでふと気づく。自分の口元が僅かに綻んでいる事に。




