食事とは……。
2012/07/28修正
魔術を魔法に変更。
魔法は魔術全体の技術としての総称として扱います。
黒魔術…攻撃魔法中心
白魔術…補助回復魔法中心
法術…防御・結界魔法中心
錬金術…練成・付与魔法中心
魔女術…全般(飛翔魔法はここにしかない)
皆さんは古事記の伊邪那美をご存知だろうか?
いや、伊邪那美である必要はない。ギリシア神話のハーデスの妻である女神ペルセポネーでもいい。
どちらかを知っていれば、恐らく『食事』というものの重大さを理解して頂けるだろう。
また、知らずとも、宗教等を見ても食事等には禁忌が多いし、生命維持には不可欠なことも合わせてその重要性は語るまでもないだろう。
ここでいう『食事』は伊邪那美やペルセポネーのものと同様の意味を持っていた。
すなわち、異なる世界に属する者であっても、その食事をすればその世界の者になるということである。
考えてみれば、当たり前のことかもしれない。日本人は国を馬鹿にされても怒らないが、食を馬鹿にされると激怒すると聞いたことがあるし、『同じ釜の飯を食う』という言葉があるくらいだ。同じ食事をするということは、その世界の者になるという意思表示であっても何ら不思議はないのだから。
私が目を覚ました時、整えられたベットに寝かされており、傍には興味深そうに私を見やる妙齢の美女がいた。
「ここはどこだ?貴方は誰だ?俺はどうして?」
未だ混乱の収まらぬ頭で、久方ぶりに見る人の姿に歓喜しつつも、矢継ぎ早に質問してしまう。ああ、どうでもいいことだがこの時の私は自分を『俺』と言っていた。『私』になるのは百年に及ぶ師匠の調教と言う名の教育のせい……いや、おかげである。
「落ち着け。そう焦らんでも答えてやる。体も安定したようじゃしな。まあ、一応これを飲んでおけ。その後、汝の置かれた状況をゆっくりと説明してやろう」
そう言って、薬湯らしきものが入った湯のみを渡してくる。銀色の美しい髪と傾国と言えそうな美貌に目を奪われ、色々なものを飲み込んで言われるがままにそれを口にする私。美人に弱いのは男の悲しい宿命である。
とはいえ、流石に本題を忘れはしない。ぬるい程度の熱さであったので、一息に飲んでしまう。味は思わず顔をしかめる程苦かったが、えてして薬の類は苦いものである。その苦さを我慢しつつ、説明をと顔を向けると、美女は苦笑して口を開いたのだった。
まず美女は、魔女なのだそうだ。『禁忌の魔女』と恐れられる最強の魔女「シーリーン・フェルティナード」と。正直、一瞬頭おかしいんじゃないかと思ったが、目の前の美女はそうであってもおかしくない雰囲気と得体のしれない魅力を備えており、私は不思議と納得してしまった。
次に美女改め魔女は、ここがいかなる場所かを語った。ここは『禁域』と言われる場所で、本来何人も立ち寄れない場所であるとのことだ。しかも、私が先程迷い込んだ広場は禁域の中でも『聖域』と称される神聖な場所であり、あの巨木は『世界樹』というそうだ。ここらへんで、私の思考能力は現界を迎えた。『禁域』に『聖域』、そして世界樹である。宗教か神話にしか出てこないような場所にいると言われても困るし、実際にそんなものが存在すると言われても、現代日本人としての感覚を持っていた私には容易に受け容れられるはずがなかったからだ。
「そういうことじゃなくて、ここは何県?いや、何という国なんだ?!」
苛立った私は、気が付けば叫ぶように尋ねていた。いや、今思えば私は全て理解していたのだ。目の前の美女が魔女であることも、彼女が何一つ嘘を言っていないことも……。なぜなら、私はすでに『世界樹』のありえぬ威容を見ており、かつ彼女が話している言葉が日本語でないことに気づいていたのだから。早い話、私は現実逃避していたのだ。
「『ケン』?なんじゃそれは?国を聞かれても困るのう。ここはどこの国にも属さぬ禁忌の領域じゃからな」
「どこの国にも属さない?そんなこと……!」
「あるのじゃよ、この世界では。のう、汝はもう理解しているのだろう、稀人よ。汝の混乱も困惑もわからんわけではないが、いい加減、現実を受け容れよ。ここは汝の生まれ育った世界ではない」
いたわるように憐れむようにしながらも、魔女は容赦なく私に現実を突きつけた。
だが、当然受け容れられるはずもない。
「異世界とでも言うのか!そんな事あってたまるか!」
私は叫ぶと無我夢中で、外へ出た。そして、逃げるように駆け出した。いや、事実私は逃げていたのだ。容赦のない救いのない現実から。実ったはずの夢の未来が失われたことから。
気づくと私は、再びあの巨木のある広場へと辿り着いていた。急に走ったせいか、喉の渇きを感じ泉の水を飲もうとして、私は自身から最後通牒を受けることになった。
「この顔は……!嘘だろ!」
水面に映る現在の自分であるはずのどこか見覚えのある顔。それは私の10歳の頃の顔だった。どう見てもせいぜい10代前半、とても成人男性には見えない容姿だ。そして、極めつけは水面に映る双月だ。紅と蒼の二つの月というありえぬ天体現象は、どのような細工をしたところで、実現不可能だ。少なくとも科学と物理法則に支配された元の世界では……。
「本当に、異世界だっていうのかよ……」
「そうじゃ、汝は『稀人』。異世界からの迷い人よ。しかし、逃げだした先がこことは汝は余程の繋がりが深いのじゃな」
悲嘆にくれる私の声に答えたのは魔女であった。箒に乗って宙に浮き、その銀髪をたなびかせ、漆黒のローブに身を包んだその姿は、まさに魔女に相違なかった。
「繋がり?いや、そんなことより俺は帰れないのか?」
魔女の言葉も気になったが、何より重要なのは帰還できるかである。私は勢い込んで尋ねた。すでに全ては手遅れであったというのに。
「普通なら戻れるというより、そもそも戻っていないとおかしいのじゃ。たとえ『稀人』であろうと『禁域』に長時間いることはできぬ。ここは世界の根幹であり、妾にとっての永遠の牢獄なのじゃから」
「戻っていないとおかしい?どういうことだ?」
「言葉のままの意味じゃよ。ここに存在できる者は、精霊か妖精、若しくはそれに準じた存在であるか、妾のように世界から弾かれた者だけよ。汝はいずれでもなかった。当然、汝を排除すべく『帰還の霧』が働いたのじゃがな」
「『帰還の霧』?まさか、あの突如発生した呑み込むような霧が?」
「そうよ、それじゃ。が、汝はそれを拒み歩き続けた。本来なら、それでも時間経過で戻されるのじゃが、あろうことか汝は偶然にも運悪く『聖域』に辿り着いてしまった。この世界の大元である世界樹のもとに」
「世界樹、この巨木が……」
「いかに『帰還の霧』といえど、『聖域』を侵すことはできぬ。汝はそれによって、一時的に帰還を免れたのよ」
魔女の説明で、突然霧に包まれたことや晴れたことに対する疑問が氷解する。なるほど、あの感覚は間違いでもなんでもなかったというわけだ。私は内心で首肯するが、一方で新しい疑問も湧いてくる。なぜ、若返ったのか?いいや、何よりもなぜ未だに帰還していないかである。魔女は一時的にと言った。つまり、一度逃れたとはいえ、『帰還の霧』は『聖域』以外なら有効に働くのだ。それは魔女の家も例外ではないはずだなのだから。
「俺はなんで戻ってないんだ?貴方の家は、『聖域』のように『帰還の霧』とやらを防ぐ仕掛けがあったのか?」
私はすでにこの時ある疑惑を持っていた。これは一縷の望みをかけた問だったのだが、魔女の答はにべもなかった。
「そんなものあるはずなかろう。妾はここに閉じ込められておるじゃからな。防ぐ理由がないし、そもそも妾には働かぬのじゃ。大体、汝を妾の家へ連れて来たのも、『聖域』では『帰還の霧』が働かぬからじゃ。じゃというのに、汝はすでに十日間この禁域にとどまっておる。
むしろ、妾が聞きたいわ。汝、一体何をしたのじゃ?」
魔女の問いかけに私は愕然とした。己が十日間も寝ていたこともそうだが、何よりも疑惑が確信に変わったからだ。私はそのままたどたどしく口を開いた。発した声はなぜか震えていた。
「黄金の実、黄金の実を食べた!まさか、あれが?!」
「黄金の実じゃと?!まさか世界樹の実を食ったというのか?!ありえぬ!徒人が食せば、その内包するマナに耐え切れず、脆弱な肉体が弾け飛ぶのじゃぞ」
魔女の洒落にならない言い様に、背筋を冷たい汗が流れる。まさか、毒や衛生以前に人が食べられるものじゃなかったとは思いもしなかったのだから。
「でも、俺は生きているぞ?どういうことだよ?」
「ふむ、確かにそれが事実とすれば色々納得できる……。それに、この『聖域』で黄金の実をつけるのは世界樹以外にないしのう。考えてみれば、周期的にもあっておるし、前回より確かに百年目じゃ。
とはいえ、古龍ですら一片で足り、それ以上は過剰になるものじゃぞ。一つの実を丸々全部食べて無事であるはずがない」
考え込む魔女を余所に、私は一つ思い当たり、根本的な疑問があった。
「なあ、黄金の実は過剰なほどの大量のマナがあったから、やばいんだよな?」
「ああ、そうじゃ。それがどうしたというのじゃ?」
「そもそもマナってなんだ?」
「生きとし生ける者が持つ万物の源よ。大地、植物、動物、ありとあらゆるものにマナは宿っておる。というか、汝こんな当たり前のことも知らんのか?」
「ああ、俺の世界にはそんなものなかったからな」
「何じゃと!汝はマナがない世界から来たと言うのか?!」
「ああ、存在した可能性は否定できないが、少なくとも俺は知らないし、一般的にも知られていないはずだ」
「ぬう、こちらではある程度の年以上なら子供でも知っておる常識じゃぞ。
ということは、汝は真にマナがない世界から来たと言うのか……。
いやいや、待て!それでは何ゆえ、汝はそれ程大量のマナを……!」
ありえない言葉を聴いたと魔女はの表情は言っていた。そして、考えを口に出しながらまとめている途中で私にとって聞き捨てならないことを言いかけ、何かに気づいたように驚愕と戦慄とともに言葉を止めた。
「な、なんだよ。原因がわかったのか?」
「のう、なぜ世界樹の実が一片以上は、古龍でも危険なのか分かるか?」
古龍はおろか、今や己のことすら理解できない私は、当然首を振るしかない。
「簡単なことじゃよ。それ以上は自身の器を圧迫するからじゃ。遥かなる時を経た古龍だからこそ、その許容量は凄まじいが、それでも世界樹の実全てのマナを受け容れるなど身に余る。大体、他の者のマナを取り入れることは本来禁忌じゃ。まして世界樹は強力な属性を持つ。古龍といえど下手をしなくても自我を失いかけぬし、下手をすればマナが反発しあって肉体が弾け飛ぶのじゃ。じゃから、精々最盛期の力に戻す程度にしか食わんのじゃ」
「なるほど」
「じゃが、汝の場合は違う。そもそも、マナがない世界から来た汝にはマナの器がない。というか、汝には元より生きるのにマナなど必要ないのじゃからな。当然といえば、当然じゃ。
じゃが覚えておるか?この世界ではマナは存在するのに絶対に必要なのじゃ。これはこの世界における絶対の法則よ。だというのに、汝にはマナがない。
ではどうすればよいのか?短時間ならば生存は不可能ではなかろう。世界はそこまで狭量ではないからのう。じゃが、長期に渡れば別じゃ。世界の法則に真っ向から矛盾する存在を世界が許すはずがない。ましてやここは、この世界の根幹じゃぞ。見逃すはずがあるまいて。死ぬどころか、存在ごと抹消されてもおかしくはない」
「なっ!それはあんまりだろ?!俺が何をしたっていうんだ!」
「汝は世界の助けである『帰還の霧』を拒んだではないか。知らぬとはいえ、汝は己の意思で帰還を拒んだのじゃ」
「そ、それは……」
「そのままであったら、汝は間違いなく消滅していたであろう。が、汝はここで偶然にも世界樹の実を食した。本来なら、絶死の所業であるが、今回ばかりはそれが汝を救った。汝はマナを持たないがゆえに世界樹の属性と反発するはずの自身のマナすら持っていなかったからこそじゃな。結果、汝は世界樹の大量のマナをもって、世界樹の属性で肉体はおろか魂までも染め上げ、自身の肉体をこの世界に適応する作り変えたのじゃろう。若返ったのはそのせいじゃ。生命維持が最優先で、元の肉体と同程度に組成する余裕がなかったのじゃろうな」
「今の俺にはマナがあるっていうのか?」
信じられない、いや信じたくない私はかすれた声で、魔女に問う。
「そうじゃ、感じぬか?汝の中を流れる生命の奔流を」
言われて、なんとなく目を閉じみれば、確かに感じる。己の中を激流のごとく流れる生命の奔流を。そして、すぐ傍に己とは異質で大きな大河の如きそれを感じた。なんとなくだが魔女のそれだと思った。目をあけてみれば、やはりの方向には魔女がいた。目が合うと魔女は理解したかと言うように頷いた。
なんとはなしに再びマナの奔流を感じたくなった私は再び目を閉じた。そして、周囲に感覚を伸ばすとどうだろう。なんと多くの生命に囲まれているのだろうか。その凄まじいまでの衝撃に私は愕然とした。私は今までこの世界においては盲目にも等しかたのだと思い知ったのだ。
そして、私はおろか魔女すら遥かに超えるマナの奔流を唐突に認識する。大きすぎるが故に、己と同質であるが故に感じ取ることができなかった、全てを包み込むような大海の如きそれこそが……。
「貴方だったのか……。世界樹よ、貴方が俺を救ってくれたのか?」
世界樹の実が意思あるかのように己のもとに流れ着いたのは偶然ではないのだろう。知らずとはいえ、世界の救済を拒否してきた私に最後の救いの手を世界樹はのばしてくれたのだ。
《我が子よ、生きなさい》
幻聴ではない。それは確かに世界樹の声であった。魔女が驚愕の表情で瞠目していることからもそれは明らかだ。私の見開いた目から自然と雫が溢れる。それは世界樹への感謝の涙だったのか、それとももう二度と帰れない故郷への別離の涙だったのか、若しくはそれ以外の何かだのか、分からない。今もあの時の涙がなんだったのかは分からないが、それでいいと思っている。それを深く考えてはいけないような気がするからだ。
「世界樹に感謝するのじゃな。本当に運のいい男よ」
感嘆するように言う魔女。その声音に羨むような色があったのは気のせいだったろうか。
「ああ、本当に頭が上がらない……」
最後にもう一度世界樹の方に顔を向けて、私は深々と礼をした。絶大な感謝を込めて、また来ると約束して。
「さて、汝の謎も解けたことじゃし、禁域から出してやりたいとこじゃが……」
好奇心を満足させ、私への興味を失ったのだろう。魔女は先程とは一転して、冷めた面倒そうな表情で呟く。
「何か問題でもあるのか?」
「ある!汝、その強大なマナを制御できるのか?存在の組成に大半を使ったようじゃが、それでも汝のマナは妾に及ばぬとはいえ、大魔女クラスに匹敵するのじゃ。そんなマナを外で暴走させてみよ。下手をせずとも、街の一つや二つ吹き飛ぶぞ!」
想像したくない未来を言われて、私は蒼白になる。が、私とてネット小説やラノベの類は読んだことはある。思いついた対処法を提案してみたのだが……。
「え、マジで?……隠すとか封印するとかなら?」
魔女の返答はにべもなかった。
「本当じゃ!こんな事で嘘はつかぬわ!隠蔽や封印、確かに普通ならそれもありじゃが、汝は駄目じゃ」
「え、なんでだよ?」
「汝の属性は世界樹のものじゃ。四大属性や特殊属性、光闇などとは比べ物にならんくらいのレア中のレアじゃ!しかも、マナ量も大きすぎる。要するに、妾の腕をもってしても、属性を隠蔽するにしても、魔力を封印するにしてもどちらか一方に専念するほかないのじゃ。
さらに言えば、どれだけ頑張って隠蔽や封印に手を尽くしても、限度というものがあるのじゃ。分かる奴ににはわかってしまうし、マナの制御が不十分なら漏れだすマナから調べることもできるからのう」
「ということは……」
「そうじゃ、汝がこの禁域の外に出るにはマナの制御が必須というわけじゃ。マナ量はともかく属性は絶対に隠さねばならぬ!バレたら、よくて種馬、悪ければモルモットにされるからのう」
「うげっ……。でも、いくらなんでもそこまでやるか?」
「やるといったらやる!あ奴らはそこら辺躊躇がないからのう」
誰が好き好んで、そんなものになりたいと思うだろうか。嫌すぎる未来に思わず呻く私だったが、いくらなんでもそこまでとも思ってしまった。
しかし、実際には魔女の言は大げさでもなんでもないものであったことを私は多大な後悔と共に後に知ることになる。
「とにかくじゃ、汝には妾が満足できるレベルまでマナの制御の術を覚えてもらう。並行して、この世界の常識や言語等も仕込んでやる。有り体に言って面倒極まりないが、このまま放り出せば汝は間違い無く世界の害悪となるであろうからな。それは妾としても、望むところではない」
「そこまで言うかよ」
流石に歩く爆弾みたいなことを言われると、気分が悪かったので、私は一応反論を試みたのだが、次の言葉で黙らざるをえなくなるのだった。
「当然じゃ。汝のような稀人が考えなしにどれだけこの世界に悪影響を及ぼしたか、知っておるか?ある者は異界の技術を考えなしに広め、急激な技術革新を促し、その奪い合いによる世界大戦を引き起こした。また、ある者は魔道のあるべき姿を歪めて伝え、魔女狩りなどという忌まわしいものを流行らせた。妾や同胞の血と涙がどれほど流れたか汝には分かるまいよ」
「世界大戦?魔女狩り?マジで?」
「それらも含めてきっちり教えこんでやるからのう。覚悟しておけ」
世界大戦と言う未曾有の危機、中世ヨーロッパで魔女狩り、それらの悲惨さは私もそれなりに知っているだけに、稀人何をしてるんだと思ってしまう。そんなことがあれば、魔女の危惧も仕方のない事だろう。ここは素直に従うべきだろうと私は判断し、神妙に頷いた。
しかし、一方で是が非にでも学びたいものがあった。先程の属性やマナに魔道の話。何よりも目の前で飛んでいる魔女という生きた証がある以上、それが存在するのは明らかであった。そう、ファンタジー・RPGでお約束のあれ。すなわち『魔法』である。
「分かった、心しておくよ。
で、一つ頼みがあるんだけどさ。魔法って教えてもらえる?」
「うん、魔法か。当然、教えてやるとも。マナ制御の為の良い訓練になるじゃろうしな。攻撃に特化した黒魔術、補助回復に特化した白魔術、堅牢な防御と治癒に特化した法術、どれがいいかのう?
ふーむ、考えてみれば、弟子をとるのは初めてじゃな。どうせなら、全部徹底的に仕込むかの……。
おお、よく考えれば、こ奴の属性は『世界』じゃ。もしかしなくても、魔女術を使えるのではないのか?魔女術を使う男、魔女ならぬ魔男か。これは面白い!」
よく分からぬ方向で、再び魔女がその好奇心というか興味を燃え上がらせる。学ぶ側にとっては喜ばしいはずものなのだが、魔女の怪しげな笑いと眼の色がどうしようもなく私を不安にさせる。
どうしてこんなことになったんだかと、思わず過去に思いを馳せる。が、返ってきたのはもう届かない夢の残骸と、その為に尽力してくれたもう二度と会うことのできない人々の笑顔であった。胸に言い表せない鈍痛を感じ、けして塞がれぬ傷跡が刻まれる。失ったものは大きく、二度と手に入るものではないことを嫌というほど実感させられる。同時に一方で、魔女術という言葉からある可能性も見出す。世界は違えど夢の残滓には届くかもしれない道を。
「魔女術?それって霊薬とか秘薬とかの調合もその中に入るのか?!」
「なんじゃ?いきなりどうしたというのじゃ?」
私のあまりの勢いと豹変ぶりに驚いたのだろう。魔女は目を丸くして私を見ていた。
「いいから入るのか、入らないのかだけでも教えてくれ!」
「何をそんなに必死になっておるのかしらぬが、まあ答えよう。入るぞ…「よしっ!」…何がいいのじゃ?」
私は余程必死だったらしい。困惑しつつも魔女が口にした答に私は歓喜した。薬剤師と言う職業は私の夢への手段であって、夢そのものではない。というか、この世界にいる以上、私の夢というか目的はけして果たされることはないだろう。それでも、たとえ最早意味のないものであっても、それに繋がっていることを学べることは私に大きな喜びをもたらした。
「俺は元の世界で薬剤師、いやこっちだと薬師かな?それを目指す人間だったんだよ。
だから、世界は違えどそれについて学べるのが嬉しかったんだよ」
「なるほどのう……。ふむ、ではマナの制御に目処がついたら、錬金術の類も仕込んでやろう。魔女の秘薬や霊薬に錬金術の魔法薬、これだけ扱えれば、この世界でも薬師として一生食うに困ることはないじゃろうからな」
この時、どれだけ浅はかな事を言ったのか、私は理解していなかった。これこそが、私の後の百年にもわたる長期の修行期間の元凶であり、その内容を更に苛烈なものにする要因となることを……。