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後編

                         ※1※

あらゆる生物は、生まれて死ぬことが決まっている。

その事実に抵抗はなかった。

この話をすると、不可思議な顔をされる事があったが、生まれて死ぬというサイクル。

これほどの理不尽はないだろうと思う。

それも期限が明確に決まっている訳ではない。

「死」が定められているという事は、80年の生存を約束するものではない。

10年や15年で「事故」や「病気」で死ぬ者もいる。

だが、己らがそういう生物なのだと納得すれば、それほど気に病む事でもなかった。

機関から与えられた機械の身体で、与えられた任務を遂行する。それが全てであり、それ以外の事を考える余裕も時間もない。実に合理的だと、影は思っていた。

そして今――不意に己の前に現れた、この斧を振り回す巨漢は、あるいは己を終焉に導く死神かもしれない。

それならば、それで構わない。

最期まで己が己であるために、任務を遂行するだけだ。

目撃者は殺す、邪魔する者も殺す、そして目標を殺し、任務遂行する。


己は一個の殺戮機械(キルマシン)

ほかに何が必要だというのだろうか?


右手に持つナイフを確かめる。

先ほどの銃声で、応援が駆けつけてくるだろう。

逃げ遂せる事はできても、任務遂行には著しく問題が発生する。

可及的速やかに障害を取り除く思考へシフトする。

最早隠密行動をする必要はない。

腰元のホルダーに差していた大口径の銃を左手に握る。

この眼前の男を殺して、邪魔する障害を全て排撃(リジェンクト))。

目標を迅速に葬り去る。それ以外の思考を全て凍結。


そして--石畳が粉砕されるほど蹴りつけ、一跳びに巨漢に飛び掛る。

残影すら視認し難い切り込み。

が。

空中で双刃斧に迎撃。

打ち合わせられた不快な金属音が、夜の静寂を切り裂く。

その金属音の余韻が消えるよりも早く、影の左手の銃が巨漢に向けられる。

空中で狙いをつけて、『BANG!!』

続けざま何度も弾丸を叩き込む。

フルオートのSMG並の連射が正確に巨漢を捉え、強力な反動(リコイル)が影を重力の楔を断ち切る。

たっぷり3秒ほどの空中遊泳の後、着地。

しかし、それは終わりではない。

脚に内蔵された強化筋肉を出力最大で解放、迅雷の刺突で巨漢の心臓を貫くべく、漆黒の弾丸と化して突撃する。



                         ※2※


オフレッサーは相手の技量に驚きを隠せずにいた。

これまでに戦場で相対した戦闘に特化した機械化人間(サイボーグ)とは、コンセプトがまるで違っていた。機械化(フィジカル)強化(エンチャント)された身体での、大火力による戦地蹂躙がサイボーグ兵の役割であり、これまでの経験から、この少年は隠密製に特化した正面戦闘には脆いタイプだと思っていたのである。

だが、その予想は外れていた。完全に。

まるで、これが本来の戦闘スタイルとばかりに、疾風の如き動きと、大口径の重火器をも制御してのけるパワーを内包した、望みうる最高の戦闘機械。

評価を訂正。

大幅、上方修正。

軍の特殊機械化部隊クラスの性能(パラメータ)

本来ならば、生身で勝てる相手ではない。

事実、己の持つ双刃斧が特殊チタン製でなければ、今の攻防で弾丸に撃ち抜かれ、周囲に血と脳漿を撒き散らし、終わっていただろう。

銃撃に対し、遮蔽物として双刃斧を掲げたお蔭で、全部で10発近い弾丸が身体を貫いたが、重要器官は防弾ジャケットと双刃斧で庇う事ができた。

致命傷ではない。

肉が抉られ、弾丸が撃ち込まれた場所が焼けるように熱い。

――が、それだけだ。

それでは、オフレッサーを止められない。

止める事は、できない。


                              (――強い)

                       その想いだけが、オフレッサーを支配する。

                            コイツは、()()()()だ。

                           手加減をする必要は、ない。

                        ――――――大気が震える――――――

                         己の中で、拘束具が弾け飛ぶ音がした。

                            見た目が変わる訳ではない。

                        だが、その身に纏う気配は明らかに変化した。


圧倒的なまでの圧迫感を伴う殺意の奔流が、オフレッサーの裡から溢れ出す。『アンチェイン』の本当の貌が、顕在化する。

考えるよりも早く身体が動く。

双刃斧の柄を石畳に突き立て、握ったグロックのリロードを一挙動で終わらせると、銃口を紫電の速さで駆ける少年に向ける。

「ジルバを踊りな」

暗闇に溶け込んだ少年を肉眼で視認する事はできない。

だが、その気配をオフレッサーは正確に追跡(トレース)していた。

銃声と閃光――銃弾の嵐の中に少年は飛び込む。おそらく、少年の性能(スペック)ならば、回避することは可能であっただろう。だが、少年は己の身を顧みず、敵の抹殺を優先したのである。

少年の顔を掠める銃弾。右耳が引き千切られ、左肩の肉が弾け飛ぶのも構わず、己の身体ごとオフレッサーにぶつかる。

(死中に見出すか……ヤルじゃねぇか、ガキ)

少年のナイフが深々と根元までオフレッサーの体躯に突き刺さった。



                         ※3※

――急所を外したか

必殺の刺突は、巨漢の心臓を貫く事無く、上腹部に突き立てられた。

僅かに弾丸を避ける為に己の軌道をずらした影響。

致命傷ではない。

だが、重傷だ。

刃渡り15cmの戦闘ナイフが根元まで突き刺さったのだ。

無事ではすまない。

常人であれば、これだけでも悶絶、死に追いやれるだけの傷。

だが、あの至近での銃撃すら生き延びた化け物だ。

まだ、終わらない、終わらせてはくれないと暗殺者として育成された本能が訴える。

渾身の力でナイフを捻りながら引き抜き、傷口を大きく抉る。

くぐもった巨漢の苦痛の呻きが上がり『くの字』に巨躯が折れ曲がる。

好機とばかりに左手に内蔵されたニードルガンを心臓にポイント。

防弾ジャケットを着込んでいるようだが、この至近距離ならば致命傷を与えられる。

勝利を確信したその時、巨漢は神速の反応を示した。

身体が跳ね、脚の軌跡が円を描く。

下から上に紡がれる脚線螺旋。

巨漢の廻し蹴りが小柄な影の腹部を捉える。

宙に浮き上がり舞う。

影の左腕が虚空に向け、ニードルを発射する。

強化義体である己の体躯のいくつか重要器官が破砕。

破損信号が脳に伝達。

しかし。

影は空中で体制を整え、クルリと一転し着地する。

ダメージを確認するよりも早く、巨漢へと注意を戻す。

が――

「!?」

着地した己の前に、既に巨漢は移動していた。

咄嗟にナイフで牽制。

しかし、それ以上に早く巨漢の拳が影の腹部へ突き刺さる。

機械化された身体は痛覚を脳に伝えないが、衝撃を消し去るわけではない。

再び宙に打ち上げられる体躯。

さらに、巨漢は休む間を与えず、頭部に廻し蹴りを叩き込む。

砲弾の直撃にも匹敵する一撃。

大口径の銃撃すら耐え切るチタンの頭蓋に護られた脳に凄まじい衝撃が伝わる。

糸の切れた人形のように、小柄な体躯は空中を力なく飛び、地面に叩きつけられる。



                         ※4※

「がはァ……! はッ、げッは……!!」

口から血反吐を吐き出し、盛大に石畳を赤く染め上げながらも、オフレッサーは蹴り飛ばした少年に向かって駆ける足を止めない。その手には、双刃斧が納まっている。

先ほどの少年の放った渾身の打突を食らいながら蹴りを放つ一連の動作中に、手は愛用の凶器を自然に掴み取っていたのである。

考えて反応できる動作ではない。

それは、死線にその身を置き続けた戦士だけが辿り着ける境地。

少年が器用に空中でバランスを取り、着地するポイントへ移動。

追撃。

石畳を粉砕する踏み込みからの拳打。

少年の強化カーボン製のボディに突き刺さり、再び中空へ打ち上げる。

いかなサイボーグとはいえ、空中で自在に動けるモノではない。

踏み込んだ足を中心に螺旋を描き、地面を抉る。

そこから放たれた蹴り。

狙い誤らず、少年の頭部へ叩き込まれる。

常人なら頭部が消し飛んでもおかしくない蹴撃。

――壊れた玩具のように力なく少年の身体が地面に叩きつけられた。

(まだか)

歴戦の戦士の直感がそう告げる。

さらに追撃を、と一歩を踏み出した瞬間、鈍い痛みを感じた。

チタン製の少年の頭蓋を蹴り飛ばした代償。

オフレッサーの右脛を、少年の頭蓋は粉砕していたのだ。

熱い鈍痛がオフレッサーを襲うが、痛みを圧し込める。

砕けた局部が自分の意思で動くのは、約1分足らず。

それ以上は、オフレッサーといえども砕けた骨を自由に動かす事はできない。

勝負を終わらせるべく、疾駆。

もはや、余力はオフレッサーにもない。

力なく倒れる少年の義体の前で、オフレッサーは大きく双刃斧を振りかぶる。

そして、ソレを少年の首筋を目掛け振り落とす。

そこに逡巡はない。

殺すか、殺されるかの状況で、躊躇いを見せるほどオフレッサーは素人(アマチュア)ではない。

地面ごと寸断するつもりで放たれた斧撃。

しかし、その一撃は、少年の左腕を肩から切り落とすだけの結果となった。

少年にまともな意識があるとは思えなかったが、それでも少年は斧が振り落ちる寸前に身を避けたのである。本能的な動きとでも云うのだろうか。

舌打ちと同時に、斧を持ち上げようとするオフレッサーであるが、それよりも早く腹部に石が投げつけられる。今の一撃で叩き壊された石畳の破片と思われる石片は、強化義体の力を持って投げつけられたのだ。常であれば問題としない一撃であったが、腹部の傷口に炸裂した石片は凶器化し、オフレッサーに激痛を与える。

惜しげもなく吐瀉物を撒き散らし、ついでに血もごっそりと吐き出しながら、後退る巨躯。

一瞬、激痛で意識が飛ぶが、同じく激痛ですぐに目を覚ます。

死線を潜った経験がなければ、今の一撃で絶命していたかもしれない。

そんな死を眼前にして。

だが――オフレッサーは怯むことはない。

頬が歪ませ、白い牙を剥いて、オフレッサー(アンチェイン)は嗤った。

少年も左腕を斬り落とされながらも、退く気配を見せずにナイフを構えている。

二人の殺意が混じり合い、己と相手以外の全ての世界を支配する。


間違いなく、そこは二人の――二人だけの世界であった。


                                    静寂


次瞬、電光石火の激突。

二人の得物が切り結び、血の赤を飛ばす。

二合、三合と打ち合うも、お互いに一歩も譲らない。

譲れない。

譲りたくない。

だが、勝負は既についている。

オフレッサーは本能で理解していた。

純粋な近接戦闘に於いて、己に存在するのが勝利か、完全な勝利しか存在しない事をオフレッサーは確信――否、それは最早『信仰』と称すべき域まで昇華している。

オフレッサーは口許の血を舐めとりながら、少年に双刃斧を叩きつける。

肉厚の刀身が生み出す破壊は切るカットではなく斬るスラッシュ

重量と力任せの斬撃が、肉を裂き、骨を筋ごと断ち斬る。

小奇麗なナイフでは、決して辿り着けない圧倒的で完膚なくまでに敵を壊す凄惨な一撃。

一撃(ヒット・アンド)離脱(・ウェイ)

それこそが、少年兵が唯一無二の勝利の方程式。

しかし、隻腕となり、バランスを欠いた身体では、それは叶わない。

ゆえに、純粋な技量勝負。

(血が足りねぇな……長期戦は無理だな)

オフレッサーは少年の小回りの利くナイフを巧みに打ち流しながら、思考を巡らせる。

武器と身長差から生じるリーチの差が、懐に入れさず、かつ間合いの外に逃がさない立ち回りを可能としていた。

そして、徐々に体を入れ替え、場所を移動させる。

そして――グラリと少年の体躯がバランスを崩す。

少年兵は血で足を取られたのだ。

少年の動きが一瞬止まる。

そして、それは一瞬で充分であった。


「――終わりだ」


渾身の一撃が少年の体躯を捉える。

造られた義体の人工繊維が断ち斬られる。

ブチブチという感触が、双刃斧ごしに手に伝わる。

それが強化骨格に達し、双刃斧自体の重量と、それに掛けられた圧力とが、一瞬のうちに骨を粉砕。

少年の小柄な体躯が両断された。

右腕が、地面に落ち――そして、上半身と下半身がサヨナラする。

分断された上半身が地面に落ち、下半身の膝が折れ、崩れ倒れる。

百戦錬磨のオフレッサーだからこそ可能とする技術。

先ほど、己が吐いた血塊まで相手を誘導したのだ。

血というのは存外滑るという事を、少年は知らなかったのだろう。

血の海を泳ぎ、生き残ってきたオフレッサーだからこその『策』とも云えた。



                         ※5※

「こちら、オフレッサー。目標沈黙、回収を頼む」

通信機に任務終了を知らせると、すぐに了解との短い返事が返ってくる。

この少年と遭遇して、まだ1分も経過していない。

長く短い邂逅。

そして永遠の別離。

何のことはない、いつもの戦場(にちじょう)だ。

その場に巨体を座り込ませたオフレッサーは、腹部の止血処理を無意識の内に始める。

名前も知らぬ少年、彼は何を何の為に戦い、そして殺されたのか。

哲学者や小説家なら、それを考えるかもしれない。

だが、兵士であるオフレッサーに、そのような思考はなかった。

己は勝利し、彼は敗北した。

勝利した結果、己は明日を享受し、彼は敗北した結果、明日を失った。


軍靴が近づいてくる音が聞こえる。仲間の応援が駆けつけてきたのだろう。

「曹長、無事ですか!!」

そんな仲間の声を聞きつつ、この傷が癒えるまでのしばしの間の休暇を楽しもう、そう思うオフレッサーであった。



                         ※6※

3日後、ウランフ・オフレッサーは少尉へと二階級特進を果たした。

無論、傷が悪化して死んだのではない。

度重なるテロリストへの対策として設けられたカウンターテロ部隊|《愛国者》《パトリオット》の一員として、地球連合政府宇宙開発省長官ウォレス・カニングを襲撃した機械化兵を撃退した功績と、その名誉の負傷をウォレス・カニング長官自らが『見舞った』意向を汲んだ陸軍統合本部が彼を昇進させた為である。

そしてウォレス・カニング長官のたっての希望で、愛国者(パトリオット)は宇宙軍所属の部隊へと部隊ごと転属をする事となった。地球内部のテロよりも、火星などのテロを危険視したとの報道をされていたが、詳しい事は彼らも知らされることはなかった。


宇宙暦298年7月、人類は未だ星間戦争を知らずにいる。

そして、その歴史に、ウランフ・オフレッサーがどう関わるか、この時点で知る者はいなかった。





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