海坊主と案山子(かかし)
出会うことのない海と陸の孤独が、夕暮れの水平線でひそかに交差する物語です。波に揺れる影と畑に立つ番人、二つの静寂が奏でる一瞬の共鳴をお楽しみください。
海坊主とカカシ
波を抱く黒い影と
風を抱く麦わらの影
潮騒の底で佇むものは
大海原の底知れぬ沈黙
畑の真ん中に立つものは
青空のもとの寂しげな祈り
出会うはずのないふたりが
水平線のきわで向きあう
かたや大海をゆらめく幻
かたや大地に繋がれた番人
風が吹けば
カカシの袖がなびき
波が寄せれば
海坊主の影がのびる
遠く離れた孤独がひとつ
夕暮れの風の中で引き合っている。
やがて夜の帳が落ちて
世界が深い藍に染まるとき
水平線は影の中に溶け去り
ふたつの境目は消えてゆく
海坊主は海の底へと沈み
カカシは星空を仰ぎ見る
交わした言葉はひとつもなくとも
静かな温もりだけが胸に残る
朝焼けの光が差し込み
再び世界が分かたれても
風の中に波の匂いを感じ
潮の満ち引きに風の音を聞く
決して触れ合えぬまま
それぞれの場所で立ち続けるふたり
けれどもう彼らは
ひとりきりの孤独ではない
【了】
海と陸。決して交わることのない場所に囚われた二つの孤独が出会う、ほんの一瞬の幻影を描きました。
本来なら接点を持たない海坊主とカカシですが、夕暮れ時の水平線という曖昧な境界線だけが、二人を密やかにつなぎ合わせます。世界の端と端で佇む者同士が、風と波を介して静かに言葉を交わすような、切なくも温かい余韻を感じていただければ幸いです。




