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回転灯

作者: 藤紫
掲載日:2026/08/15

錆びついた回転灯が、のろのろと回っている。塗装が剥げて、白はくすんだ灰色に近く、青は色褪せて水色よりも儚く、赤だけが妙に生々しく残っていた。


「お客さん、見ない顔ですね」


店主はカミソリを研ぎながら、鏡越しに客を見た。


「昔、この辺に住んでて、この店にも来たことがあるよ。40年ぐらい前かなぁ」


窓の外は、抜けるような青空だった。雲ひとつない、そら恐ろしいほど澄んだ青。あの日もこんな空だった、と店主は思う。


「子供の頃、いたずらで床屋の回転灯を倒したことがあってね…ここだったかなぁ」


客が笑いながら言う。その笑い声に合わせて、白い泡が頬の上でふわりと揺れた。店主の手が、一瞬止まる。


「あの日もこんな青く晴れ渡った気持ちのいい日だったんですよ」


店主はタオルを取り替えながら、遠くを見るような目をした。


「40年前ですか……。あの頃、オヤジが変な宗教にハマってましてね。風もないのに回転灯が倒れたのは神のお告げだとか言い出して…。今思えば、もう、……”くるって”たんでしょうね」


鏡に映る店主の顔は、蛍光灯の白い光の下で、いつもより青白く見えた。


「ある日、突然カミソリを持って暴れだしたんですよ。母を捕まえて。振り払おうとした母の腕から、真っ赤な血が噴き出して、白いエプロンに散った。あれは今でも忘れられません」


店主の手元で、カミソリの刃が窓からの光を弾いて、ぎらりと銀色に光る。


「オヤジは血だらけの手で回転灯を抱きしめながら『これが神の血だ』って喚いてました。青いガラスが、あちこちに散らばって」


客の顔から、少しずつ血の気が引いていく。頬の白さが、蛍光灯の下でますます青ざめて見えた。


「母はそれから、腕にずっと傷痕が残ってましてね。何年経っても、赤黒い線が薄れることはなかった」


外の回転灯が、白、青、赤の順に、規則正しく光を巡らせている。あの日から一度も止まったことのない、静脈と動脈と包帯の色。


店主はカミソリを客の頬に近づけながら、静かに呟いた。


「――お客さんの顔、どっかで見たことがある気がするんですよ。子供の頃の、あの日の……」


窓の外の青空は、変わらず眩しいほど晴れ渡っていた。

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― 新着の感想 ―
回転灯の白・青・赤が、過去の出来事と重なっていく描写が不気味でした。最後の客への言葉で、それまでの会話の見え方まで変わるような余韻が残りました。
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