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「……できました!」
机に広げられた羊皮紙の束を見て、私は満足げに息を吐いた。
お祖父様に戦闘報告の仕組みを教わり、リヒャルトに数字の並べ方を助けてもらいながら――ついに完成したのだ。
「書類の定型……ですか」
眼鏡を押し上げたリヒャルトが、感嘆したように声を漏らす。
「これなら誰が書いても見やすいです。いやぁ……助かります!」
「若い発想は素晴らしいな!」
祖父ディートフリートが豪快に笑った。
「これからも改良を重ねれば、領の記録はぐっと楽になるぞ」
(……前世社畜スキル、役に立った!)
私は胸の奥でガッツポーズ。
そのときだった。
――ドォォンッ!!
鈍い轟音が、城全体を震わせた。
「な、なに!?」
「お嬢様、危険です!こちらへ!」
グレーテが慌てて駆け寄る。
私たちは顔を見合わせ、音の方へ走った。
目に飛び込んできたのは、崩れ落ちた回廊。
使われていなかった西棟の一部が、瓦礫となって無惨に崩れている。
「……魔力不足だ」
祖父が低く呟いた。
「この区画に魔力供給が途絶え、支えを失ったのだろう」
(やっぱり……このままじゃ城ごと崩れる!)
私は振り返り、きっぱりと言った。
「居住区をまとめましょう! 今の城を全部維持するのは無理です。必要な場所を残して、コンパクトに再編すべきです!」
祖父の目が光った。だがすぐに眉をひそめる。
「……待て。行動に移す前に、必ず領主の許可を取れ。領主の裁可なくしては混乱を招くだけだ」
「……わかりました」
正直もどかしい。でも、確かに筋は通さなきゃ。
私たちは領主執務室へ駆け込んだ。
「父上! 西棟が崩れました!」
「おやまあ……」
執務机に座っていた父――レオポルトは、驚いたように目を丸くした。
「ですから!」
私は前に進み出る。
「城全体を維持するのはもう限界です。魔力不足で次に崩れる前に、居住区をまとめて再編しなければなりません。領主一族が率先して動けば、領民も安心して従ってくれます!」
言葉を一気に吐き出す。胸の鼓動が速い。
父はしばし目を瞬き……やがてにこりと笑った。
「なるほど……? まぁ、好きにしなさい」
「えっ……」
あっさり。
あまりにもあっさり。
「おい、レオポルト!」
祖父が机を叩いた。
「もっと領主らしく、吟味して答えぬか!」
「いやぁ、エレオノーラが言うなら間違いないだろうと思ってな」
父は悪びれもせず肩を竦める。
「……」
私と祖父は顔を見合わせ、同時にため息をついた。
(いや、それでいいの……?)
こうして、アイリシア領の「コンパクトシティ計画」は、妙にあっけなく動き出したのだった。




