第83話 狩猟に同行
エルフの集落に滞在して数日が経過した朝のこと。
朝食として庭に生えている果樹から直接果物を捥ぎ取って齧っていると、数人の男衆がそれぞれ槍や弓矢、斧等を手に長老の家の前へと向かって歩いていた。
数日前の不審者騒ぎのことを思い出し、何かがあったと考え齧っていた果実を丸ごと口の中で噛み砕き、俺も男達と同様に剣を装備して長老の家の前へと急ぐ。
用意も整え男達が集まっているところに走りこむと、皆からの疑惑の視線を浴びた。
「お客人?剣を装備してどうかされましたか?」
騒動があったかと思い、急いで駆けつけたのにリーダー的な男から逆に問われた。
ふと見ると危機感よりも寧ろ『今日この日を待ちわびていました』と言わんばかりの歓声すら上がっていた。
「お客人?」
「あ、ああ皆が各々武器を片手に集まっていたから騒動が起きたのかと思って」
「此れですか? これは今から森へ狩りに向かおうと、思っていたところなんですよ?」
男が話していると長老宅からジェニスが弓と剣を手に外へと出て、俺の顔を見るなり驚愕の表情を見せる。
「ミコト殿!?いかが為されました?」
「ジェニス、どうやら客人は騒動が起きたと勘違いして加勢に来たらしい」
「俺の勘違いだったわけだな。 それにしても、ここ数日間はそんな素振りは見せなかったのに如何して狩りなんだ?」
頻繁に狩りをしているなら分かるが、数日間は普通に会話したり農作業などで一緒に生活していたので疑問に思い、聞いてみることにした。
「森での狩りは10日に1度と決められているんです。 一時期は森の動物を絶滅寸前まで追い込んでしまったため、獲物が取れなくなるのを心配し長老様が200年ほど前に、お決めになられました」
そんな風に話していると長老が姿を現し、狩りに参加するために集まっていた住民達に狩りの安全祈願と森への祈りの言葉を捧げていた。
長老は数十分に渡って言葉を紡いだ後、参加者を見回し俺と目が合った瞬間に目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いて固まってしまった。
「み、ミコト殿?如何して此処に?」
同じ内容を3回も説明する気には、なれなかったので長老の直ぐ近くに居るジェニスに説明を任せた。
「なるほど、そのような事が・・・」
「なぁ、もし迷惑でなければ俺も狩りに連れてってくれないか? ここ数日、する事がなくて暇でしょうがないんだ」
「いや、しかし・・・。分かりました、決して無理はなさらないで下さい」
長老は散々考えた末に無理をしないという約定の元、同行を許可してくれた。
狩りの間、俺のガード役としてジェニスがサポートに着く事になった。
寧ろガード役というよりは俺に無理をさせないための監視役と見たほうがいいかもしれないが。
そして狩りが開始され、各々が其々の方向へ2、3人ずつ森へと入っていった。
俺もジェニスの提案で比較的見通しの良い森へと足を踏み込んだ。
色々な事を思っていると横にぴったりと、くっ付く様に歩いているジェニスが話しかけて来た。
「ミコト殿、此れから森に入って狩る獲物はホーンラビットという角の生えた白い獣です」
ラビットっていうことは兎みたいな奴かな?
「ホーンラビットは比較的大人しい獣ですが、色違いの魔物として凶暴なダークラビットという魔物も生息しているため注意してください」
「分かった。 ジェニスも無理はするなよ?」
「はい」
獲物が見つからないまま森に入って数十分が経過した頃、森の広場で向かい合わせに座っている2匹の頭に鋭い角の生えた体長が1m近くもある兎のような外見の白い獣の姿を発見した。
「番ですね。これは都合が良い」
ジェニスはそう言い切ると背中に装備していた弓を手にし、矢を引き絞った。
限界まで引き絞った弓から放たれた矢は200mは離れている、目標の頭部に向かって一直線に飛んで行き深々と突き刺さった。
「ピギャッ!?」
器用に角を避けて頭部に突き刺さった矢は一撃でホーンラビットの命を奪い、もう一頭のホーンラビットが逃げる前に新たに放たれた矢が見事、眉間を打ち抜いた。
ジェニスは横目で俺を見てクスりと笑い、言葉を口にした。
「神様である貴方様のご加護でしょうか、比較的、楽な狩りでしたね。 では獲物を回収して村に戻りましょうか」
「まだ時間は早いようだけど?」
「長老様の決めた規則により、狩りは1人1頭と決められているんです」
「そういうことか・・・。 俺は足手まといだったな」
「御気になさらないで下さい。貴方様の御蔭で2頭捕ることができたんですから」
俺とジェニスは1頭ずつ背中に担ぎ、集落まで凡そ300mというところでソレは襲って来た。
木の陰から黒い何かが俺とジェニスに向かって突進してきた。
「ジェニス、危ない!」
咄嗟の事で反応が遅れたジェニスを手で弾き飛ばすと、先程までジェニスが立っていた位置を黒い何かが恐ろしいほどのスピードで通過していった。
「あれは何だ?ジェニス、大丈夫か!?」
「私は大丈夫です。アレはホーンラビットの色違いであるダークラビットです。 凄まじい速度で相手を翻弄しながら襲い掛かる、黒い悪魔とも影の暗殺者とも呼ばれています」
「村の直ぐ近くだからな、見逃せば悪影響を及ぼすかもしれん。 此処で始末するか」
「ミコト殿、危険です!」
「大丈夫だよ。 アレぐらいの速度なら大したことないし」
俺はジェニスに離れているように指示を出すと剣を構えて魔物の突進に備えた。
数秒後、馬鹿の一つ覚えかのように俺へと向かって猛牛の如く突進してくる黒い兎・・・ダークラビット。
突進してきた魔物を闘牛士のように、ひらりとかわすと目にも留まらない速さで一閃した。
『ズバッ!』
「ピギャーーーー!!」
魔物は断末魔を上げながらも急には停止できないようで、そのままの勢いで俺の後方にあった大樹へと突進する。
木に突進した衝撃で俺が一閃した場所から上半身と下半身に分断された。
物陰に隠れて俺の様子を見守っていたジェニスはあまりにも早業で何が起こったのか分かっていないようだった。
「獲物が1頭増えてしまったな」
「いえ、ダークラビットは魔物ですから、規則には縛られません」
「そうなんだ。 魔物は此処に置いて行くのか?」
「魔物の肉は毒があるため、食べられませんが毛皮や角は価値がありますから持って行きましょう」
そうして俺たちはホーンラビットを元通り背中に担ぎ、ダークラビットの血が地面に落ちないように注意しながら集落への道を歩き出した。
その後、ホーンラビットだけでなくダークラビットまで持ち帰った俺たちに周囲からは驚きの声が長老からは心配の声が集落中に響き渡った。