第81話 侵入者疑惑再び
とりあえず完成・・・
エルフの民に長老から集落の村人に俺が客人である事を知らされた数刻後、長老に一軒の家へと招待された。
「村に御滞在なさる間は、この家をお使い下さい」
「この家は?」
「此処に住むエルフ或る日突然、猟の最中に行方不明となりまして長い間、空き家となっていましたが急遽大掃除を致しました」
長老に紹介され家の中へと足を踏み入れて最初に思った感想は“綺麗”だった。
「うん。気に入りました」
「この村は人間の村とは違い、お金という概念はなく自給自足の生活となっています。
森で果物を採って暮らしている者も居れば、森に生息する獣を仕留めて暮らすものも居ります」
「つまりは自分の食い扶持は自分で稼げという訳ですか?」
「神様におかれましては大変失礼だとは存じますが、それがこの村でのしきたりですので・・・」
長老に言われながら家の周辺を見回すと、家の裏に5m四方の明らかに人の手で耕した跡のある畑が目に入った。
「この畑は? 何か農作物を作っている・・・いや、作っていたんですか?」
「家の住人が作っていましたが、手入れをしなくなったと同時に枯れ果ててしまいました」
勿体無い。そういえば、前の世界で購入した幾つかの種があったよな・・・植えてみるか。
「これで御説明は以上です。何か御不明な点があれば、何時でもお申し付け下さい」
長老は踵をかえして静かな足取りで来た道を戻っていったと思ったら直ぐに引き返して来た。
「如何したんですか?」
「此れを渡すのを忘れていました」
長老から紐が結われている、掌大の赤褐色のメダルを手渡された。
「此れを持っていれば森の結界は無効になります。 くれぐれも失くさないようにお願いいたします」
長老は其れだけを言い切ると何か急ぎの用があるのか、早足で走り去り村の奥へと姿を消した。
長老の後姿を見送り、用意された家へと入り異次元倉庫から数個の果物を取り出し齧りつきながらミラと会話する事にする。
(自給自足か。 まぁ亜空間倉庫に果物が豊富に入っているから、当分の間は食に困らないだろう。 ところでミラ、俺はどれだけの期間この村に滞在すればいいんだ?)
精霊と会話するのにも慣れてきたのか、いつしか宝玉に意識を集中しなくても当たり前のように会話できるようになっていた。
(その事なのですが、風の精霊の現状を人の言い方で説明すると、あくまで『峠を越えた』と言う状態ですので日々風の精霊の具合を見ながら少なくても半年間は居てもらわなければ困ります)
(でも前にも聞いたが、精霊は俺と同じで不老不死な存在なんだろ? どうしてこんな事に?)
(その事は私にも分かりません。 精霊の命を脅かす余程の事態が起ころうとしているのか)
(精霊に外敵は存在するのか? 精霊同士で仲が悪いとか)
(多少の仲違いはありますが、命に拘る様な事は今までありませんでした。
強いて原因を予想するならば他の精霊ではなく、人間による影響が考えられると思われます)
(だけどエルフが森に張り巡らした結界の御蔭で人間は入り込めないんだろ?)
(私の考えすぎなら良いのですが、将来的に悪い事が起こりそうな予感がします)
俺がミラと風の精霊について考えていると不意に窓の方から複数の視線を感じた。
『何だろう?』と思いながら窓を見てみるとエルフの子供達と思われる幼げな顔つきの少年少女たちが背伸びをして外から室内を覗き込んでいた。
視線に気づいた俺が窓に目を遣ると一瞬で事態に気づいた子供達は一目散に窓から離れて走り去ってゆく。
「一体、なんなんだ?」
目で見る限りでは皆同様に逃げ去ったが、窓の辺りから人の気配を感じることが出来た。
俺は窓の外に感じられる何者かに気配を読まれないように足音を消して窓のそっと近づくと、勢い良く窓を開けた。
「キャッ!?」
「『キャッ?』なんだ?」
窓の下から声が聞えたため目を向けると、尻餅をついた状態で地面に座り込み、突然の事で顔を強張らせている1人の少女が其処に居た。
「えっと・・・。君は?」
窓から身を乗り出して話しかけても表情が暗くなるだけで話にはならなかった。
少女と同じ目線で話すため、異次元倉庫から取り出した毒の無い果物を手にとって急いで玄関から外に出て少女の居るほうに駆け寄ると、其処には四つん這いで何とか逃げ出そうとする少女の姿が。
「君。どうしたんだい?」
「ひっ!? ごめんなさい、ごめんなさい。どうか乱暴しないで!」
この少女の反応を見る限り、どうやら俺は怖がられているようだ。
俺は少女にそっと近づき足を折り曲げ、少女の目線と同じにすると、そっと果物が乗った手を差し伸べた。
「君に俺がどういう風に見られているか分からないが、乱暴する気なんて毛頭ないから」
「え!?そうなの? だってみんなが言うには、人間は野蛮で凶暴な生き物だって・・・」
「それは酷いな。 俺がそんなに怖そうに見えるかい?」
「ううん、みえない。どちらかといえば優しそう」
少女はにっこりと笑みを浮かべると俺の手を取って立ち上がり、服に付着した砂埃を掃った。
「私、ニーナ。お兄ちゃんは?」
「俺の名前はミコトだよ。 よろしくねニーナ」
警戒心が解け、俺が手渡した果物に美味しそうに齧りついているニーナと話していると、複数の子供達とともに武装したジェニスを筆頭にエルフの狩人たちが各々の武器を手に此方へと走り寄ってくる。
どうやら先程、窓から此方を覗いていた子供達が唯一逃げ遅れたニーナを救出しようと、村の大人たちを連れてきたようだ。
集団の先頭に居たジェニスは驚いた表情で俺を見て、額に手を遣って項垂れていた。
大人たちも長老から客人として丁重に扱えと言われていた俺の姿を見て困惑の表情を浮かべている。
残るは事情を何にも知らない複数の子供達のみ。
「みんな? 怖い顔して如何したの?」
当事者であるニーナは何も分かっていないようでキョトンとしている。
「何言ってるんだよ! お前を助けに来たんじゃないか!?」
大人たちも事情が分かったようで、中には苦笑いをして見つめている者もいた。
「ジェニス姉ちゃん、コイツだよ。いつもの様にさっさと成敗してよ」
ジェニスは俺にそっと頭を下げると、拳骨を少年の頭に向かって振り下ろした。
「イッテェェェェェ・・・! 何すんだよ!?」
「お前こそ馬鹿じゃないのか!? この方は長老様の大切なご友人だぞ?」
「え?そうなの?」
少年は俺とジェニスと交互に見ながら、信号が赤から青に変わるように顔色を変えていった。
その後、ジェニスを残して大人たちは解散し数人の子供達だけが残った。
「「「「「ごめんなさい」」」」」
子供達も俺に謝った直後、ジェニスに泣きついて何か話した後、其々の親に首根っこを摑まれ思い思いの方向へと走っていった。
「かm・・・いえミコト殿、此度は大変な失礼を致しまして申し訳ございません」
「気にしてないから大丈夫だよ。 子供のすることだしね」
「ジェニスお姉ちゃん。 このお兄ちゃんがどうかしたの?」
丁度、果物を食べ終えたのか口の周りに果汁を付けたニーナが話しかけて来た。
ジェニスはまたもや、疲れたような表情を見せていた。
「ニーナ、お前も居たのか!?」
「うん。友達から『侵入者を見に行くから一緒に来い』って誘われて」
「知り合いなのか?」
「はい、私の実の妹であるニーナです。 重ね重ね失礼を」
「だから気にしなくても良いってば。 さっきの子供達も叱らないであげてね」
その後、かなりの低姿勢になったジェニスはニーナとともに帰っていった。
「お兄ちゃん、またね~~~」
「こら、ニーナ」
俺に手を振りながら歩いていくニーナと、俺に頭を下げながら歩いていくジェニス。
これからの生活が楽しくなりそうだ。