第70話 本戦開始
俺達、決勝トーナメントに出場する8人を観客に紹介した直後、第1試合が始まろうとしていた。
「これより、第1試合を始めたいと思います。第1試合、レイモンド選手、バルック選手、舞台へと上がってください!」
爺さん(レイモンド)は場馴れしているのか威風堂々とした足取りで舞台中央へと進み、騎士見習いのバルックも若干緊張しながらもレイモンドの前に胸を張って立っていた。
「それでは試合を始めます。ルールは予選と同じ場外に落ちるか、戦意喪失した時点で負けになります。 更には武器を壊されたりしても負け、相手を殺めた場合は失格になりますので注意してください」
司会が舞台を降りると同時に、先手必勝とばかりにバルックが勢い良くレイモンドに向かって走って行った。
「相手が場馴れしていない素人の戦士ならまだしも、レイモンド殿相手では分が悪すぎるな・・・。」
「同感だ、ただ気になるのはレイモンド様は攻撃を避ける素振りさえ見せていない事だろうな。 これはもしかすると・・・」
「ああ、間違いなくレイモンド様の悪い癖が出るだろうな」
対戦が始まると同時にフィンケルとタルカスは逸早く勝負の行方を予測していた。
その間にも司会の男性は観客に分かるように大声で中継をしていた。
「お~っとバルック選手、試合開始と同時にレイモンド選手へと向かっていったーーー!!」
しかし次の一瞬で流れが変わることとなった。
レイモンドは目を瞑った状態で半歩、横に移動し突進して行ったバルックは赤いマントに飛び込んでいく闘牛の如く、場外へと一直線に向かっていった。
「ふっ此れで1回戦は終了だな・・・。」
誰もがバルックの場外負けを予測していたが、此処で意味不明な出来事が起きた。
なんと、バルックが場外へと足を踏み出した瞬間にレイモンドが手を伸ばしてバルックを受け止め、舞台中央に向かって投げ飛ばしたのだった。
「踏み込みが甘い! もう一度チャンスを与える、本気で掛かって来い!!」
「やれやれ、やっぱり始まったか・・・。」
レイモンドの何が何やら分からない行為を見て、俺の対戦相手であるタルカスが溜息をついていた。
「どういうことですか?」
「レイモンド様は自分が気に入った相手が居ると、其れが何処であろうと訓練を付けたがるんだよ。 それが例え武道大会でもな」
「そういうことですか・・・。 2回戦の選手であるガルザードは半分、キレた表情をしていますね」
「ガルザードにしてみれば早く暴れたくてウズウズしてる時にあの試合だからな、そりゃ怒りたくもなるだろうな」
観客の歓声もいつしかレイモンドを称えるものではなく、バルックを応援するような物に変わっていた。
「ハァハァ、こ、今度こそ・・・。」
バルックは既に十数度目かのチャンスを与えられ、幾度となく突進を繰り返し息が上がっていた。
「ほれほれ、如何した?もう疲れたのか? 若いのに体力がないのう・・・。」
「い、行きます!! ヤアァァァァァーーーー!」
バルックが体力を振り絞った最後の一撃は運が良かったのか、それともレイモンドがワザと当てさせたのか、横腹に剣先が掠りながら本人はうつ伏せに倒れ意識を失った。
「それまで!バルック選手、頑張りながらも1歩及ばず意識不明によりレイモンド選手の勝利です!!」
誰が見ても1歩どころか万歩ですら届かない状況でありながらバルックを称え、第1試合終了となった。
バルックは目立った外傷はないものの、医療魔術師の手によって体力回復の魔法を掛けられていた。
「それでは舞台を整え終わったので、第2試合を始めたいと思います。
第2試合は黒騎士選手とガルザード選手の試合です、両者舞台へと上がって下さい」
司会が声を発した瞬間に黒騎士は静かに立ち上がり、舞台を降りる途中だったレイモンドにすれ違い様に軽い会釈をし、ガルザードは『待ってました!!』と言わんばかりに左手の掌に右手を打ちつけながら舞台の中央へと上がっていった。
「両者、準備は宜しいですか?それでは武道大会2回戦、開始してください!!」
司会が舞台から降りる前にガルザードが大鉄鎚を高々と掲げながら、黒騎士に向かって突進していった。
「先手必勝! 油断大敵ィーーーーー!!」
黒騎士は猪突猛進のガルザードの方を見ないまま剣を腰の鞘から引き抜き、振り下ろされた鉄鎚をかわすと同時に後方へと受け流し、そのままの勢いでガルザードの二の腕を切りつけた。
「そんな小手先だけの攻撃など俺様の敵ではないわーーーー!!」
ガルザードは二度三度と鉄鎚で襲い掛かるが、その都度黒騎士の剣によって受け流され何度も同じ箇所を斬られて行く・・・。
「ミコトとやら、気づいているか?」
「ええ、黒騎士の剣は全て同じ箇所を集中して斬りつけていますね。 この分なら少なくても、残り2回程度でガルザードの腕が上がらなくなるでしょう」
「ほう、其処まで見ていたか。 此れなら君との勝負に期待が持てそうだな」
「おっ?どうやら勝負が決まりそうですよ?」
俺がそう言った直後、ガルザードの腕から勢い良く血が噴出し持っていた鉄鎚を足元へと落とした。
其れを見計らってか今まで防御に徹していた黒騎士がガルザードの前に移動し、喉元に剣を突きつけた。
「ま、参った!!」
「それまで! 黒騎士の圧倒的な強さにより、第2回戦は黒騎士が制しました!!」
司会が試合終了を宣言して直ぐに黒騎士が舞台を降り、元の席へと何食わぬ顔で座った。
まぁフルフェイスメットなので顔は見えないのだが・・・。
対戦相手だったガルザードは場外にて回復魔法を掛けてもらいながら、舞台上では清掃係が舞台にこびり付いているガルザードの腕から噴出した血を綺麗にふき取っていった。
「舞台の準備が整ったようですね。 それでは第3回戦を始めたいと思います!ログナート選手とフィンケル選手は舞台へと上がって下さい。」
2人の魔術師は選手紹介時と同じ様に宙に浮いた状態で舞台へと上がっていった。
「第3回戦は風の魔術師の対決です。 それでは試合開始!!」
魔術師同士の戦いなので2人とも相手から距離を取り、魔法の詠唱に取り掛かった。
「この試合は如何見る?」
「2人とも空を飛べるので、場外負けはありませんね。 強いて言うならば、魔力が先に尽きたほうの負けという事でしょうか」
「的確な答えといえるが、一つだけ間違っている」
「なんです?」
「確かに場外負けは難しいが風の魔法で力負けしたほうが吹き飛ばされ、魔力が尽きる前に勝負は決するだろうな」
横に座っているタルカスと喋っていると不意に舞台のほうから強風が吹いてきた。
何があったのかと思い、舞台を見てみると2人の魔術師により打ち出された風の魔法が2人のほぼ中央で燻り合っていた。
「これじゃあ、先に根負けしたほうが中央で燻りあっている風の塊をまともに食らいますね」
「いや、フィンケルの勝利だな」
「何故?」
「ログナートの息使いを見てみろ、既に荒くなっているだろう? 其れに対してフィンケルはまだまだ余裕の表情だ。 奴は仮にも近衛魔術師だからな、魔力の量は半端じゃないさ」
タルカスに言われ、舞台の上を見ていると5分、10分と時間が経つにつれ中央の風の塊は少しずつログナートに近づいていった。
それから更に10分後、ついに魔力が切れたのかログナートが風の塊をまともに食らい、宙に浮く暇も与えられずに場外へと落ちていった。
「そこまで! ログナート選手、場外によりフィンケル選手の勝利です」
次はいよいよ、俺とタルカスとの勝負だ・・・。
まだ戦ってもいないが、隣に座っているだけで強さが分かるほどの気を感じていた。
3試合の内容は特に伝えられるような事は無かったので1話に纏めました。
次の話はいよいよ主人公の出番です。