第57話 俺が被害者に?
俺が理事長先生から治療の依頼を受けてから既に半年が経過していた。
治療回数もゆうに200回を超えている。
大貴族の馬鹿息子のライシャスは日に日に暴力が度を過ぎて行き、クラスで行なわれる魔法授業の実習でもワザとクラスメイトに魔法を当てたりと、とても悪戯では済まされない部類に入ってきていた。
その度に治療に駆り出され、多い時には1日4人もの生徒を治療していた事もあった。
此処まで見ていると自分のクラスより上のクラス・・・Sクラスの魔力が高い生徒には手を出していないようだったが、その予想に反してとうとう俺自身に被害が回ってきた。
とある日、何時もの様に生徒を治療して寮に戻る時にライシャスの取り巻きと思われるガラの悪い生徒に学園の廊下で呼び止められた。
「おい!そこのテメエだよ。 無視してんじゃねえよ!」
「あ、俺のことか・・・何か用か?」
「『あ、俺のことか』って此処にはお前しか居ねえじゃねえか! 俺たちを舐めているのか?」
「そんな汚らしい奴等を舐めて腹を壊したら如何してくれるんだ?」
仕事を増やすためだけ(・・)に存在しているような奴等をからかう様な発言を繰り返していると
「戯言も大概にしないと穏便な僕でも怒るよ?」
全生徒の半分以上も怪我させて何処が穏便なんだか・・・。
「それで? 俺に何か用でも?」
「用がないと態々呼び止めたりはしないさ。 君は色々と活躍してるみたいだしね・・・君の存在が僕にとって邪魔にしかならないんだよ!」
ライシャスがそう言うや否や手合図をし、取巻きのガラの悪い生徒達が俺に殴りかかってきた。
ドガッ! バキッ! ゴスッ! ガシッ! バゴッ!
まるで子供達が寒い日に執り行っている押し競饅頭の中央に俺が立って周囲が全員ライシャスの取巻きというような状況になっている。
音からすれば痛そうに聞えるが、暴行を受けている当の本人である俺は蹲ってもいなければ、殴られたところを手で押さえてもいない。
「なんで・・・此れだけ痛めつけているのに・・・こいつは・・・ピンピンしてるんだ?」
「分からん・・・俺、手が痛くなってきた。」
自分的にはコイツ等みたいな取り巻き連中は雑魚でしかないので幾ら殴られようと痛くも痒くもないが、ただ殴られているだけでは面白くないので、パッと見には分からないように最弱の力で小突いておく。
時折、取り巻きの奴から酸っぱい匂いや『グエッ!?』やら『ウゲェ!?』などの不可解な声が聞えてくるが気にしないことにした。
そんなやりとりが数分続き、俺が倒れる前にライシャスの取巻き達の体力が尽きていた。
「もう駄目だ・・・。」
「コイツは化け物か?」
「ライシャス様、申し訳ありません。」
まるで開花するかのごとく、俺を中心に取巻き達が倒れたり蹲ったりしていく・・・。
俺を取り囲んでいた奴等が全員倒れ、指示をだしたライシャスの方に眼を向けると苦虫を噛み潰したような表情で此方を睨みつけていた。
「なんとも情けない連中だね。 もういい!後は僕がやるよ」
倒れていたり蹲っていた取巻き達もライシャスから発せられる途轍もない魔力に表情を曇らせていた。
ある者は匍匐前進でもしているかのように逃げ出し、体力が尽きて動けなくなった生徒も他の取巻きに引っ張られながら移動していた。
「凄い連携の良さだな・・・あっという間に誰もいなくなった」
「皆、僕の凄さが分かっているのさ。 君も覚悟する事だね」
(マスター注意してください。一般の魔術師に比べて魔力が桁違いです)
ルゥの心配事を形にしたかのように、周囲の気温が2~3度下がったように感じられる。
「僕を怒らせた君が悪いんだ。僕だって人殺しにはなりたくないから急所は狙わないであげるよ」
そう言ってライシャスが組んでいた腕を俺に向けた瞬間、幾本もの鋭利な氷柱が凄まじい速度で俺に向かって飛来してきた。
氷柱は寸分の狂いも無く俺の両手両足を貫き、壁に縫い付ける。
急所を狙わないと言っていたのに、その内の何本かは鳩尾や左胸に突き刺さっていた。
(全く・・・俺じゃなかったら間違いなく、人を殺しているところだったぞ?)
「此れに懲りて二度と僕に歯向かわない事だね。」
無数の氷柱に全身を貫かれた俺の姿に満足したのか笑いながら寮のある方向へ歩いていった。
(マスター? 大丈夫ですか?)
(ルゥ、アイツは?)
(もう居ませんよ。 何処かに歩いていってしまいました)
(じゃあ、そろそろ動いても大丈夫だな)
(あ、ちょっと待ってください。 誰かが此方へ走ってきます)
(こんな時間にか? 一体誰だ!)
其れもそのはず、授業が終了し生徒の治療が済んだ時点で空は暗くなりつつあったのだ。
「ミコトさーーーーん!!」
「ミコトーーーーーーー!」
(マスター、どうやらマリアさんとルシアさんのようですね。)
(あの2人か、また面倒な事に。)
此れから起こる事を懸念していると俺に足早に駆け寄り、項垂れた表情で俺を見つめていた。
「ミコトさん、帰りが遅いから心配して来て見れば変わり果てた姿に。」
「ライシャスが満足そうに笑いながら歩いてたから、もしやと思ったけど・・・」
2人は氷柱に貫かれたままの俺を見て完全に勘違いをしているようだった。
薄目を開けて2人を見てみればマリアは口に手を当て涙を流しているし、ルシアに至っては俺に背を向け悲しんでいるのか両肩を震わせていた。
「2人とも、気持ちは分かるけど勝手に俺を殺さないでくれないか?」
「「キャアアァァァァーーー!!」」
どう贔屓目で見ても無事に見えない俺が2人に話しかけると声が掛けられた事を予想だにしていなかったのか、絹を裂くような悲鳴が夜の学園に響き渡った。
それから数分後・・・・。
「ミコト。 心臓に悪いから、あまり驚かさないでよ!」
「2人が勝手に俺が死んでいると勘違いしたんだろ」
「あんな状態になっていれば誰だって勘違いしますよ!」
回復能力があるので、たとえ心臓に氷柱を刺されても俺は死なないがマリアとルシアに言うわけにはいかず、自分自身に回復魔法を掛けながら一本一本氷柱を身体から引き抜いていく・・・。
身体の傷は魔法で跡形も無く治療されるが服はそういう訳にも行かないため、見た目にはかなりボロボロな状態だ。
その後は2人に協力してもらい、人の目を気にしながら寮へと戻る事が出来た。
此れでとりあえず、ライシャス編は終了です。
次話からは少し話が飛びます