第56話 思いも寄らぬ出来事
前回に引き続き、書く予定のなかった話です。
翌日、あの生徒を見つけて殴り飛ばしたい気持ちを抑えながら授業を受けていると・・・。
「それでは此れにて本日の授業を終了いたします。ああそうそう、ミコトさんはこのあと理事長室までお願いします」
「起立、礼。ありがとうございました」
「ミコトさん、御機嫌が悪いように見えますが何かあったんですか?」
「いや何でもないよ。じゃあ理事長先生に呼ばれてるから・・・」
心配そうに此方を見つめているマリアと、何かを言いたそうな眼で見ているルシアを振り切って理事長室に向かう事にした。
俺が理事長室へ向けて歩いている頃、教室では・・・。
「ねぇねぇルシアちゃん、ミコトさん何かあったのかな?」
「・・・分からないけど、何か起こっているのは確かね。 それよりも、ちゃん(・・・)付けは止めてと言わなかったかしら?」
「ええ~~~駄目?」
「だ、駄目じゃ無いけど、少し恥ずかしいわ」
「良いじゃない。可愛いよ、ルシアちゃん」
「・・・/////」
普段鉄仮面のような表情のルシアが赤面するシーンを見逃したのは痛かったが、俺は何の問題にも遭遇せずに理事長室へ辿りつく事ができた。
「失礼致します。」
俺はそう言いながら理事長室の扉をノックして室内へと足を進めた。
部屋の中に入って気がついたことは、昨日俺と一緒に生徒の治療に当たっていた教師が理事長先生の前に座っていた事だった。
「よく来てくださいました。貴方が此処に呼ばれた理由は凡そ見当がついていることと思いますが」
「昨日の生徒同士の暴行問題のことですよね。」
「そうです。貴方も噂程度には聞いたことがあるとは思いますが、暴行していた方の生徒はサウスラーズの政治に関係する役職に就いている大貴族の御子息です」
虎の威を借る狐・・・この場合は虎が親になるのか。
「此処は一応は中立な立場にある魔法学園ですが、イスラントール国から援助を受けて学園を経営しているので言うなればイスラントール国家直属の学校といっても過言ではありません。」
「そこで私が昨日君に忠告した、決して手を出さない事というのが暗黙の了解になるんだ。」
ずっと黙って理事長先生の前に座っていた教師が不意に話しかけて来た。
「片やサウスラーズという大国の政治を担う大貴族の御子息と片やイスラントール国家に属する魔法学園では何かことがあっては戦争に発展する・・・いや発展させようとしている節があります。」
「でも如何してそれほどの危険を冒してまで入学を許可したのですか?」
「いえ、此方で調査した限りではあの方へ入学許可証を送ってはいません。 恐らくは大金を積んで許可証を買い取ったのでしょう」
「そこで君にお願いしたい事があるのですが・・・。」
「お願いですか?」
「これから卒業までの間に恐らく、昨日の様なことは何回も起こるでしょう。 そこで先程言ったお願いなのですが、ミコト君に怪我人の治療を頼めないでしょうか?」
「治療を?俺がですか?」
「はい。本来は回復魔法で治療とはいっても数回、十数回にわけて完治まで持っていくのですが、昨日のミコト君は一瞬で怪我の痕跡を残さずに治療してしまいました。 恥ずかしながら其処まで魔力の高い魔術師は私達教師も含めこの学園・・・いやこの国には存在しません。 親御さんから預かっている御子息を死体にするわけにはいきませんから、少額ですが報酬も御用意いたしますので頼まれてくれませんか?」
決して“報酬”という言葉に吊られたわけではないという事だけ明記しておこう。
「・・・分かりました。俺の力で1人でも多く救えるのなら協力します」
俺がそう応えた直後、昨日の教師が俺の手を握り締めてきた。
「ありがとうございます。 それでは私は宿直がありますので、そろそろ失礼しますね」
散々俺と握手を交わした教師は納得が行ったかのように理事長室から退室して行った。
俺も事が済んだと思い退室しようとするが・・・。
「ああ、ミコト君にはまだ用事がありますので残ってもらえますか?」
「? 分かりました。」
部屋を出て行こうとする俺を呼び止めた理事長先生は一呼吸置いてから話しかけて来た。
「ミコト君は先程『どうして許可証を発行したのか?』と聞いてきましたが、調査の結果ミコト君にも許可証を発行した記録は無いのですが如何いうことですか?」
「え、え~と、それには少し手違いがありまして・・・」
「確か、あの許可証は同じクラスのマリアさんと同じ村に住む男性に送った筈なのですが?」
此処まで調べられては言い逃れが出来ないと思った俺は包み隠さず本当のことを言う事にした。
「実はこの近くの街道で盗賊に襲われていたマリアを助けたのですが、その時にマリアと一緒に乗っていたマリアの幼馴染・・・その許可証の本当の持ち主が盗賊から逃げてしまったんです。 そして俺が護衛として魔法学園まで一緒に来たんですがマリアが入学する際、幼馴染の分も一緒に提出してしまったんだそうです」
俺は話しながら理事長先生の方を見ると何となく結果が分かったのか薄ら笑いを浮かべていた。
「そこで目的地の場所を聞くために学園構内を歩いていた女性に道を聞こうと近寄ったのですが、有無を言わさぬほどに強制的に入学式を執り行っている講堂に引っ張り込まれまして・・・」
「ワザとでは無い事は分かりました。」
「あの~俺は退学になるんでしょうか?」
「如何してそう思うのですか?」
「だって不正行為で入学したわけですから・・・」
「しかし故意で入学したわけではないのでしょう? それに今ミコト君が居なくなっては生徒の治療に支障がきたしますし、私が黙ってさえ居れば分かりませんしね。」
「それでは良いのですか?」
「はい。安心して勉学に励み、時には私達に力を貸してくださるようお願いいたします」
理事長は其れだけを言い、学園TOPが一生徒に頭を下げるという他の誰にも見せられない行為を堂々と俺の前に曝け出した。
理事長室を退室時『此処であった事は誰にも話さない』という事をお互いに約束し帰路についた。