第55話 平穏を乱す者
元々この物語には組み込む予定は無かったのですが、友人からの提案を盛り込んで増話することにしました。
今日もいつも通り授業が終了し、学園ギルドで小遣い稼ぎをしようと廊下を歩いていると何処からとも無く悲鳴が聞えてきた。
声のするほうへと歩いていくと沢山の人が遠巻きに何かを見ている。
俺も野次馬的な根性で人込みを掻き分け、先頭に踊り出ると其処には高価そうな衣服を身に纏った生徒が1人の生徒を蹴る殴るの暴行を加えていた。
ドカッ! バキッ! ゴスッ!
「も、もうお許し下さい・・・」
「君は、何故、僕が、怒っているのか、分かって、いない様だね!」
暴行を加えている生徒の方も一言一言を言う毎に拳打や蹴りを許しを請うている生徒に浴びせていた。
何故誰も止めようとしないのか周りを取り囲んでいる人垣に眼を遣ると、関わり合いになりたくないのか教師までもが眼を逸らしていた。
俺もあまりの非道さに黙っておれず、喧嘩(というより一方的な仕打ち?)を止めようと暴行を加えている生徒に近づこうとするが、1歩足を踏み出した瞬間に誰かに肩を掴まれた。
「誰だ、放せ!」
俺の肩を掴んだのは誰か確かめようとして振り向くと其処にはルシアが立っていた。
「行っては駄目。」
「如何して!? あのままじゃ死んでしまうぞ?」
俺が声を大にしてルシアに言うと、ルシアは表情を曇らせながら理由を話しだした。
「あの暴行を加えている方はサウスラーズ大貴族の息子のライシャスよ。」
「知っているのか?」
「ええ、何でも自分の地位を最大限利用して、やりたい放題している馬鹿よ。」
ルシアも流石に聞えたら不味いのか『馬鹿』の部分だけ声を小さくして男に聞えないように話していた。
「でも教師は言わば学園の法律みたいな存在だろ? それなのに・・・」
「仕方が無いのよ。 魔法学園とはいえどもイスラントール国内、サウスラーズの大貴族と事を構えればタダでは済まない事ぐらい分かっている筈よ。」
「其れをいうなら相手にとっても同じじゃないのか?」
「同じじゃないわ。 サウスラーズ国は学園のあるイスラントールと隣国スコルピオン、同時に戦争を加えたとしても、まだ戦力に余裕のある軍事国家なの・・・。 ちょっとした諍いで戦争になるといっても過言ではないわ」
ルシアと会話しながら、止めようにも止められない悔しさで下唇を噛んでいると、漸く疲れたのか倒れている生徒に唾を吐きかけて大貴族の馬鹿息子は去っていった。
「次にこんな事があったら絶対に許さないからな! ・・・なんだい君達は?見世物じゃないんだよ!」
一方的に暴行を加えていた男が一瞥すると思い思いの方向へと散らばっていく者と、取り巻きなのか一緒に着いて行く生徒とに別れていた。
問題の男が去って見えなくなってから漸く、暴行されてボロボロになっている生徒に回復魔法を掛けようと教師が近寄ってきた。
「ううう・・・・。」
「今すぐ治療するから動かないで! 安静にしていて」
教師が回復魔法を掛けているものの暴行された傷が思ったよりも深いのか全然、回復してはいなかった。
「駄目だわ。 あの教師の魔力量では、たとえ限界まで魔法を酷使したとしてもあの生徒は治療できないわ。 でもミコトなら・・・。」
ルシアは何かを言いたげな眼で俺の方に視線を這わしていた。
周りにいる生徒も心配そうな目で生徒を見ているものの、魔力に自信がないのか治療に加わろうとはしていなかった。
「ゴホゴホッ!ゲホッ」
そんなとき、治療を受けている生徒が咳き込んだと同時に口から血を吐き出していた。
その様子をみた俺は一刻の猶予もないことを感じ、魔力を解放しながら生徒に駆け寄った。
「君は?」
「Sクラスのミコトです。 俺も回復魔法は得意なので、治療を手伝わせてください」
「Sクラスの生徒か・・・分かった。 じゃあ君は上半身から下半身に向けて治療してくれ、僕は下半身から上半身にかけて治療するから」
俺は言葉に出さずに頷く事で了承すると掌を生徒に向けて『ヒール』と唱えた。
すると教師の回復魔法で数分掛けて掠り傷が治療されるのに対し、俺の魔力量が規格外なのか瞬時にまるで巻き戻しをしているかのように全ての傷が塞がっていった。
「・・・凄いな。 瞬く間に傷が無くなっていくよ」
下半身から治療していた教師もあまりの出来事に言葉を失っていた。
そして俺が治療を開始してから十数秒後、瀕死の状態だった生徒が何事も無かったかのように立ち上がり蹴られたり殴られたりした場所を手で触っては痛みが無い事を確認したいた。
「ありがとうございます。御蔭で助かりました」
「痛いところは無いかい?」
「はい、大丈夫です。 少しフラフラしますが・・・」
生徒は立ち上がったものの足元が覚束ない様子で治療に当たっていた教師に支えられていた。
「流石に回復魔法では血が足りなくなったのは治せないから、たくさん食べて血を増やさないとね。」
「そうですね。」
「しかし、此処までされるとは・・・暴行の発端は何だったんだい?」
「僕にも良く分からないんですが、廊下を歩いていると突然『その目が気に入らない』と言われ、気がついたときには床に倒れていたんです。」
「『目が気に入らない』なんて下らないな理由でこんな酷い事を?」
幾らなんでも無茶苦茶な理由に拳を握り締めて怒りを露にしていると、生徒を支えている教師が不意に話しかけて来た。
「確か・・・・ミコト君でしたね。」
「あ、はい。そうですが何か?」
「君にも、そして此処にいる新入生の皆さんも気持ちは分かりますが、何があっても何をされてもあの方には決して手を出さない事を約束してもらえませんか?」
「しかし!それでは・・・」
「ああ、僕の事なら気にしなくてもいいですよ。 それにこの事で国際問題にでも発展したら立つ瀬がありませんから」
「くっ、分かり・・・ました」
俺は爪が掌に食い込むほどに拳を握り締め歯を食いしばり、無理矢理納得する事にした。
教師も生徒を支えながら何処かへと歩いていった。
「ミコト・・・」
この事から学園ギルドで小遣い稼ぎする気にはなれず、寮に戻る途中でルシアに声を掛けられたが無言で校舎を後にした。