第213話 4人の魔将軍
天界軍と魔界軍とが戦う神魔戦争が開始されてから約1時間後、俺は内心ハラハラしながら執務室で戦場を映し出すモニターに目が釘付けになっていた。
モニターのオペレーターを受け持っているウリエルが、随時モニターを通じて前線に指示を与えている。
ガブリエルによれば、目の前のモニターは戦場を映し出すだけのものではなく、テレビ電話のように使用する事も出来るのだという。
魔界軍の先発隊は魔物の大群だったが、その数と統率された部隊に圧倒される。
だが、それに対する悪魔討伐隊の皆も負けてはいない。
2マンセル、3マンセルの編隊を組んで、一体一体を確実に屠っている。
「まだ序盤でしかないと思うけど、この分ならそう苦戦するようなことは無さそうだな」
俺はそう口に出しながら、傍で控えているガブリエル達の方を見るが、その表情は何故か曇っていた。
「どうしたんだ? 此方が圧倒的に有利に見えるが何か心配事でもあるのか?」
「はい。前回の神魔戦争でも最初はこのような流れだったのですが、突如として後方より高出力の魔術が撃ち込まれ前線は壊滅状態となってしまったのです」
ガブリエルがそう言葉を紡いだ次の瞬間、一つのモニターから目が眩むような光と爆撃を受けたかのような轟音が鳴り響くのだった。
そしてそれを合図に次々と眩い光と爆音が鳴り響いてゆき、光が収まったころには其処に魔物の姿も悪魔討伐隊の姿もなく、まるで隕石でも落ちてきたかのようなクレーターが彼方此方に見受けられた。
が、よく見てみれば魔物の物であった腕や足、悪魔討伐隊が持っていた剣が腕ごと地面に散らばっている。
魔界軍の先発隊であった魔物が討伐隊を道連れにして自爆したか、もしくは第3者が此れ幸いと魔物ごと討ったか…………どちらにしても、あまり気分が良いものではないな。
っと次の瞬間、目の前のモニターが衝撃的な光景を映し出していた。
此れまでにも俺が何回も足を運んでいたクロノスの宮殿が崩壊していたのである。
「と、時の宮殿、大破!」
モニターのオペレーターを務めているウリエルがそう叫ぶと、モニターには崩壊して瓦礫の山と化している時の宮殿の跡地に頭から足元までをローブですっぽりと覆った何者かが4人映し出された。
しかもその4人は、まるでモニターを通じて俺を睨み付けているかのようにも感じられた。
突如現れた不審者を取り囲むようにして、悪魔討伐隊やヴァルキュリア隊が布陣しているのがモニターに映し出されるが、4人のうちの1人が腕を払うかのように振った次の瞬間、周囲を囲んでいた皆が吹き飛ばされていく。
中には上半身と下半身が別々の方向に飛んでいく討伐隊の姿も見受けられる。
「腕を振るっただけで皆を吹き飛ばすとは…………。あいつらは何者だ!」
「わ、わかりません。前回の神魔大戦ではあのような強大な力を持った者など…………はっ!? まさか」
「どうした? 何か心当たりでもあるのか?」
知っている事を話してもらおうと思い、ガブリエルに歩み寄ろうとしたのだが、傍にいるクロノスがガブリエルの予想を肯定するかのような発言をする。
「たぶん、ガブリエルの予想どおりだろうね。出来れば外れてほしかったんだけど」
「クロノス? どうしてそんなにも震えているんだ?」
俺の横の椅子に腰かけているクロノスは平然とした態度で腕を組んで、4人の何者かが映るモニターを睨み付けていたが、足元はまるで貧乏ゆすりでもしているかのように小刻みに震えていた。
「やっと………やっと君の仇が取れると思っていたのに、我ながら情けないよ。モニター越しに彼等を見るだけで、此れほどまでに恐怖心を抱くだなんて。魔界において、最高最強の実力を持つといわれる魔将軍が1人いるだけでも驚異的なのに、それが4人も居るだなんて」
「魔将軍!?」
聞けば、あのマントは時空間や結界内を移動する際に魔将軍が身に着ける物らしい。
(そういえば、魔将軍シュバイアが壁の中に姿を消す際にも、あのマントを羽織っていたっけ)
此れには俺の護衛という立場にいるセフィリア、リグルドの両名、それにメタトロンやスラオシャ、ガブリエルにウリエルも顔面を蒼白にして言葉を失った。
そしてモニターに映っている4人は、俺たちの会話が聞こえているかのように此方を睨み付けると、自らの身体を覆っていたローブを脱ぎさった。
其処には光の精霊の世界であるレグリス城の中で遭遇した、土の魔将軍シュバイアと名乗った男、それに水の精霊の世界で遭遇した、時空の魔将軍オルセシスが。
その他にリグルドと同種族である竜人族が一人と、地獄で見た鬼のように、2本の角を頭に生やした者が一人。
そして画面が4人の不気味に微笑む姿を映しだした次の瞬間、目の前のモニターが真っ黒に染まった。
「モニターの復旧急げ!」
「駄目です。此方の操作をまるで受け付けません!」
「なんだと!? 再起動は?」
「出来ません、何者かに暗証番号を書き換えられています」
「こんな…………馬鹿な……」
予想だにしない事態に皆が項垂れていると、此方が何の操作もしていないのに突然モニターが起動した。
「お困りのようですね~~もし宜しければ、力をお貸し致しますが?」
起動したモニターに映っていたのは此方に笑みを浮かべている魔将軍オルセシスだった。
「なっ? 貴様、なぜ……」
「『なぜ此れを操作できるのか』ですか? 簡単なことですよ。貴方たちが裏切り者として処理した神達が、私達のために力を貸してくれただけに過ぎません。簡単でしたよ、神王に不信感を持つ神を操るのはね」
「オルセシス、その程度で良いだろう。そろそろ俺に代われ!」
「やれやれ、ヴュラムは短気ですねぇ~~」
画面に映るオルセシスは『やれやれ……』といった表情で左端に移動すると、竜人族の男が画面に映りこんだ。
「ウリエルの旦那、其処にいるんだろ? 地獄から舞い戻ってきてやったぜ!」
敵である筈の竜人族がスラオシャの名を出した事に驚き、咄嗟にウリエルを見ると、信じられないという表情で画面を凝視していた。
「なぜ貴様が生きている!?」
が、画面に映りこんだ竜人族に叫んだのはウリエルではなく、俺の護衛騎士を務めているリグルドだった。
「ほう? その声はリグルドか。また会えて嬉しいぜ、兄貴」
「貴様に兄呼ばわりされると虫唾が走るわ! この裏切り者め」
「おいおい、酷えな…………まぁ、それはひとまず置いとくとして。ウリエルの旦那よぉ、地獄から舞い戻ってきたぜぇ」
「貴様は確かにあの時、私の目の前で死んだはずだ。なぜ生きている?」
「この俺様がそう簡単にくたばるわけねえだろうが!」
「なぁリグルド、お前の事を兄と呼ぶアイツは一体何者だ?」
俺は画面に映る竜人族に対して敵意をむき出しにして威嚇しているリグルドに話しかけた。
「以前お話し致しました、約200年前に反逆した竜人族こそが私の不肖の弟であるヴュラムなのです。如何にして生きていたのかは分かりませんが、次こそは私の手で冥府に…………」
「天界で平和ボケした兄貴に倒されるほど、この俺は落魄れちゃいないぜ。聞いて驚け! 風の魔将軍ヴュラムたぁ、俺様の事……がっ!?」
「その辺でよかろう、見苦しい」
リグルドの弟であり、風の魔将軍と名乗りを上げたヴュラムは突然画面外から伸びてきた足によって、左端で笑っていたオルセシスを巻き込んで飛んで行った。
「部下が失礼をした、我の名はハーディン。魔将軍を束ねる長にして此れより天界を滅ぼす者だ!」
今、空前絶後たる戦いが開始されようとしている…………。