第212話 神魔大戦開幕
魔界側の天界侵攻まで残り3時間を切った頃、俺とセフィリアとリグルド、そしてスラオシャやメタトロン達を含む全ての熾天使達は『神々の儀』を執り行った執務室へと足を運んでいた。
ミカエル曰く、この執務室は天界において最も強固な結界が施されている場所であり、入口も目の前の大扉一つしか無いなので、万が一に天空門を破られたとしても対処ができる場所なのだという事だ。
「しかし出入り口が大扉一つだと、逆に言えば不味いんじゃないか? ミカエルたちを信用していないわけではないけど、もし突破されることにでもなれば…………」
「御心配には及びません。もし仮に我らが破れてしまった場合、神王様には玉座に備え付けられている緊急脱出用トランスポートで即座に天界を脱出していただきます」
「皆が戦っている最中に俺だけ逃げろというのか!? そんな」
「神王様が御無事であれば、天界はすぐにでも再建が可能です。神王様には御不便をおかけ致しますが、万が一の際は御覚悟をお決めくださいませ」
「それとも神王様は我らを信用することは出来ないと?」
「そんな訳ないじゃないか! そんな訳…………」
此れまでの間、ずっと世話をしてきてくれたガブリエルに目の前で微笑まれると何もいう事が出来なくなり、次の句が口に出せないまま玉座へと腰を下ろした。
「まぁまぁ、君の言いたいことや考えている事も理解できるけど、此処は僕たちに任せてよ」
「クロノス……」
「それに前にも言ったけど、君をもう二度と目の前で失いたくない。あんな悲しい思いをするのは二度と御免だ」
クロノスが言っているのは、俺の魂の元の持ち主である先々代の神王の事だ。
前に聞いた話によれば、2代前の神王は自分の立場も弁えずに、皆が止めるのにも拘らず悪魔の大群へと剣を取って突進し、魔将軍によって命を絶たれたのだという。
その時に後方で天界軍を補佐していたクロノスに目線で別れを言ったのだそうだ。
その後は既に息子に神王を任せ、隠居をしていた先代の神王が改めて玉座に座り、俺が転生するまで皆を支え続けたのだという事らしい。
その俺の前世の神王を倒した魔将軍は打倒したのかと聞いたところ…………。
「魔将軍はあと一歩の所で倒すことが出来なかった。あと一撃で倒れるというところまで追いつめたんだけど、奴はあろうことか味方の魔物を喰らい、其の身を人とも獣とも取れない姿に変貌させた。だけど、その事が逆に僕たちに好機をもたらす結果となったんだ」
「好機?」
「そう魔将軍という存在は大きすぎて封印することは出来なかったけど、其の身を魔獣に落してくれた御蔭で予てから開発を続けていた神具で彼の地に奴を封印することが出来たんだ。数百人を超える天使たちの犠牲の元にね」
「!?…………じゃあ、もしかすると水の精霊の世界で魔方陣が描かれていたのは封印を解くため?」
「実際にその魔方陣を見たわけじゃないから断定は出来ないけど、確率は高いだろうね。嘗て天界を壊滅寸前にまで追いやった奴を復活させることが出来たなら、魔軍にとってかなり有利になるだろうしね」
「その封印場所を知っているのはクロノスを含めて何人いるんだ?」
「先代の神王が亡くなった今となっては、その場所を知るのは僕一人だけさ。大丈夫、絶対に見つからない場所に封印してあるから」
「『絶対』って言いきれるところが逆に心配なんだけど…………」
そんなこんなでクロノスの話に苦笑している間にも、次々と天界軍配置完了との命が知らされてくる。
天空門はそう容易く破られるような代物ではないが、此方もS・Aランクの悪魔討伐隊を筆頭に、オーディーン率いるヴァルキュリア隊と自ら戦闘に志願したトールなどを含む上級神、更に各々の武器を装備した天使に最後の要として俺を守る13人の熾天使と時空神クロノスと神騎士セフィリアとリグルド。
更には地獄界の閻魔に話を付けて、普段は亡者を監視している鬼たちも時間差で戦列に加わるらしい。
ちなみにBランク以下の悪魔討伐隊とレイモンド爺さん(既にクロノスの手によって、20代前半くらいにまで若返っているが)を含む、セフィリアとリグルド以外の神騎士は魔族を1対1で相手にするには未熟という事で、天界最奥の部屋へと身を寄せている。
クロノスのメイドである、イシュナムを含む10人や非戦闘型の天使は特殊な方法でしか開けることが出来ない、ヴァルキュリア隊の訓練場へと避難しているが、其処も絶対安全とは言いきれないだろう。
そして魔界軍侵攻まで残り1時間になったところでメタトロンが徐に空中に指を走らせると、トランスポートの部屋の時にように目の前の空間にキーボードのような物が映し出された。
「あれは一体どうなっているんだ? まるでSF映画でも見ているかのようだ」
「天界が管理する世界には色々あるからねぇ。未だ原始時代のような生活をしている世界をはじめとして、君が言うような近未来的な発展をしている世界まで色々とね。その中から天界に必要な技術を用いて利用してるんだ」
クロノスの説明を聞きながら、なおも空中のキーボードに指を走らせているメタトロンを見ていると。
操作が終了したのか、キーボードから手を離して報告をしてくる。
「前線への悪魔討伐隊、及びヴァルキュリア隊の配備完了しました。更には万が一天界内通路に侵入された事を懸念して、カマエル以下7名の配置完了です」
メタトロンはそう口にすると、直立不動のままで次の言葉を待った。
「うん、ご苦労様。あとは魔族軍が何処までの戦力を揃えてきているのかだけど…………」
クロノスが戦場を危惧していた丁度その頃、最前線で配置についている討伐隊の戦士がはるか遠方に見える地平線に何やら蠢くものが居ることに気が付いた。
「何者かの姿を肉眼で確認、至急照会を…………ぐぁっ!?」
前線の異常に気が付いた戦士は最後まで言葉を発する事なく、周りにいた悪魔討伐隊十数名とともに黒い炎に包まれて骨も残さずに消滅する。
他の討伐隊の面々も咄嗟の事で判断が追いつけなかったが、すぐに魔族天界侵入の信号弾を打ち上げた。
その信号弾の光は前線から遠く離れた、俺がいる部屋まで届いていた。
「どうやら魔族軍が侵攻してきたみたいだね。みんな、準備は良い?」
「「「「「はい!!」」」」」
皆はそう返事すると、サンダルフォンとラファエルは執務室の外で守護につき、メタトロンとスラオシャ、ガブリエルは俺の近くでセフィリア、リグルドとともに配置についた。
更にはウリエルがモニターの調整をメタトロンに成り代わり、執り行っている。
「魔族の汚らわしい手に、一触なりとも神王様を触れさせはしません」
クロノスは先ほどまで、メタトロンが操作していたキーボードの前にある椅子へと腰かけると、突然巨大なモニターが空中に浮かびあがった。
そこには人の何倍もの大きさのある獣が映りこんで、既に悪魔討伐隊の面々と戦闘状態となっていた。
「どうやら魔軍の第一陣は魔獣みたいだね。魔将軍が未だ出てきていない事が一体何を意味するのか」
こうして多くの者が恐れていた神魔大戦は、此処に開戦した。