第211話 クロノスの逆鱗
クロノスが俺の部屋に避難してきて、既に1日半が経過していた。
その間にもガブリエル達は天界中を文字通り飛び回り、不審な者や不可解な行動をとっている者を次々と捕縛していった。
ガブリエルの代わりとして俺の護衛についたメタトロンとサンダルフォンも、部屋の内外で俺に害をなす不審者がいないかと目を光らせている。
そんな中、クロノスが予言した天界が襲撃されるというタイムリミットまで残り10時間を切ったところで、ミカエルが部屋へと足を踏み入れた。
「神王様、これより捕縛した者達の取り調べを行おうと思っているのですが、許可を頂けますか?」
「思ったよりも早かったね。ミコトを裏切ろうとした愚か者を何人捕えたんだい?」
ほんの数分前まで俺との会話の中で常に笑顔を絶やさなかったクロノスが突然、相手を睨み付けるような冷たい表情を浮かべると、ミカエルを問いただし始めた。
「はっ! 結界発生装置周辺を頻りに屯していた者と、最前線に人員を送るワープゲート近くにて落ち着かない表情を浮かべていた者。それとクロノス様の時の宮殿内において、ゲートに何らかの細工を施していた2人の合計4人を捕縛いたしました」
「合わせて4人か。その4人は僕が事前に睨んでいた存在かい?」
「…………はい。残念ながら、その通りでございます」
クロノスは『やっぱり』と小声で呟きながら腕を組んで難しい顔をしている。
「どういう事なんだ? 何か知っているのか?」
俺は自分だけが仲間外れにされていたような気分に陥り、クロノスに問いかける。
「少し前にミコトが光臨したことを祝う『神々の儀』が執り行われたでしょ? そんな中で君に対する不快感を表情に表していた奴等が居たんだよ。恐らくは君が神王になったことを快く思っていない者達だね」
「そんなのが居たんだ…………全く気が付かなかったよ」
「それで? その4人は今何処にいるんだい?」
「先ほどクロノス様が仰られていた『神々の儀』が執り行われていた会場にて、カマエル達の監視のもとで拘束してあります」
「分かった。それじゃあ行こうか」
そう行ってクロノスは椅子に座っている俺に手を差し伸べた。
「えっ!? 俺も尋問に参加していいのか?」
クロノスは差し出した手を引っ込めて『やれやれ』と万歳するような仕草で溜息をついている。
「どうせ僕が止めても参加する満々だったんでしょ? それなら最初から参加させた方が後腐れがなくて良いからね」
(流石はマスターの事をよく存じ上げられている方の事はありますね)
(ルゥも乗らなくていいから…………ん? まてよ、それは俺の思考が読みやすい、単純な性格をしているという事か?)
(い、いえ、そのような事を言っているのでは。申し訳ありません)
(いいよいいよ。昔から知人に『何でも思っている事が顔に出やすい』と言われ慣れてるから)
「それじゃあ、話もついたことだし行こうか」
そして一応念のためにとミカエル、クロノス、メタトロン、俺、サンダルフォンという並びで縦一列になって
『神々の儀』が執り行われた執務室へと足を進める。
部屋を出てから周囲に気を配り、歩き続ける事およそ30分。
執務室の重厚なる扉をメタトロンとサンダルフォンが開くと、其処にはミカエルが拘束したと言っていた不審者だろう。
偉そうな衣を身に纏った4人が、カマエル達を相手に罵倒し続けていた。
その内の一人は言葉を発する事もなく、執務室に足を踏み入れた俺を蔑んだ目で睨み付けて来る。
「貴様ら天使ごときが神である我らを拘束するとは何たることか! 今すぐに我らを自由にしろ」
「その通りだ! 『神』と『天使』どちらが偉いかは火を見るより明らかであろう。違うか!?」
カマエルやガブリエル達はそんな言葉を投げかけられながらも、何処吹く風で無表情で聞き流している。
というか、日頃から笑顔を絶やさないガブリエルが表情を無くしたら、あんなに怖い顔になるんだな。
「不審者って、まさか神だったのか!?」
「そりゃそうさ、ミカエルやカマエル達のような神王直属の熾天使を除いた一般的な天使は、基本的に神に忠実で裏切るなんて事は100%無いに等しいからね。あるとすれば低級神、中級神の裏切りぐらいだね」
俺がクロノスとともに拘束されている4人に近づくと、先ほどまで無表情を貫いていたガブリエルが膝を折って跪いてくる。
「神王様、クロノス様、お忙しいところを御出でいただき、有難うございます」
拘束されていた4人もガブリエルが『神王様』と口にした時点で怯えるような表情をする者、無表情ながらも脂汗を流している者、親の仇でも見るような目で此方を睨み付けて来る者など、様々な表情を浮かべている。
「さてと、どうして神王を裏切るような真似をしたんだい? 事の次第によっては、ただじゃおかないよ」
クロノスは口元こそ笑みを浮かべているものの、目は全くと言っていいほど笑っていなかった。
「神王様だと? 何処にそのような者がおる! 儂の目の前におるのは、たかが数十年しか生きておらん人間の餓鬼しか居らぬではないか」
面と向かって問いかけに答えたのは、俺が執務室に入ってきた時から睨み付けていた初老の神だった。
「…………ねぇ、それ本気で言ってるの?」
クロノスは俺と暴言を吐いた神の視線を遮るようにして座りなおすと、此方に背を向けて再度問いかける。
「本気も本気じゃ。先代の神王様も何を如何罷り間違って、あんな餓鬼を神王にしたのか…………ひっ!?」
「ミコトの事を馬鹿にするだけでは飽き足らず、今は亡き先代の神王までもを罵倒するなんてね」
「く、クロノス様、落ちついてください」
「黙れ!!」
俺の方からは縛られている神達の正面にしゃがみ込んだクロノスの背中しか見えないが、拘束された神が涙と涎で顔を汚している事と、周囲を取り囲む熾天使たちの表情から見るにクロノスがどんな顔をしているか気になるところだ。
「君は神王に仕える神という立場にありながら、最大の罪を犯した。それは最高神であるミコトを…………更には賢王とまで呼ばれた、先代の事をも愚弄する始末。貴様には『死』すらも生易しい! 存在ごと消え去るがいい」
クロノスは他の3人の拘束された神が怯える中で、左手を罵倒した初老の神の顔に押し付け、右手をその横に跪く別の神の顔へと押し付ける。
すると次の瞬間、顔面を押さえつけられている2人の神は片方は時間を巻き戻されるかのように、もう片方は時間を早送りされているかのように顔の表情が変わってゆく。
「ぐ、グロノズざま、お、お許しを…………」
「た、たすけ…………」
それから十数秒後には幼少時にまで若返った子供と、今にも寿命を迎えそうな老人が、クロノスに顔面を抑えられている場面が目の前に映し出された。
どんどんと若返っていく神の方は身体を右に左にと捩りながら抵抗するが、少年の姿をしたクロノスの何処に此れほどの力があるのかと思うほど、ビクともしなかった。
そして其れから更に数秒後、一人の神はその存在を完全に消滅させ、もう片方の神もミイラ化した。
「さて、次は誰の番かな? お前か? それとも貴様か?」
クロノスは舌なめずりをしながら、残った2人を睨み付けてゆく。
2人の股の部分からは黄色いシミが広がり、執務室の床に水溜りを作りだしていた。
「い、嫌だぁーーーー!!」
「知ってることは何でもお話しますので、其れだけは御勘弁を!!」
先の服だけを残して存在が消滅してしまった神の事を思い出して、泣きながら謝罪する2人の神たち。
一人だけ恐怖心からか幼児退行したような神もいるが…………。
その後の調べで残った2人の神は、先のクロノスによって存在が消された初老の神に『儂が神王になった暁にはお前を副王にしてやる』と言葉巧みに唆され、魔族に俺を殺させようとしていたらしい。
更に以前の謎の侵入者も初老の神によって手引きされていたらしい。
お前たちが事の原因ならば『数時間後に侵攻してくる魔族を止めろ』とクロノスが言ったのだが、其れは謎の侵入者騒ぎ際に既に決めてしまった為、取り返しがつかないのだという事だった。
聞けば、悪魔討伐の際の下界の偽情報も彼らの仕業だったらしい。
その後は罰として2人は後の反乱防止策として家族や親戚もろともに天界での記憶、神気、神力を完全に封印し、下界へと追放処分となった。
この所為でオーディーン神の部下であるヴァルキュリア隊から一人欠員が出たが、クロノスの指示で戒厳令が敷かれることとなった。
泣いても笑っても魔族が攻めてくるまで残り時間は4時間。
裏切り者を捕縛した御蔭で天界内部侵攻は止められたが、天界の危機である事は何一つとして変わらなかった。
因みにクロノスに『あの2人の神に何をしたのか?』と聞いてみると、この世に生を受けてから今日に至るまでの年月を左手で吸い取って存在を消したのだという。
その逆に右手で掴んでいた神には年月を増加させ、一気に齢を取らせたのだという…………。
その理由としては俺と先代の神王を馬鹿にされた怒りで我を忘れて、加減するのを忘れたのだという事だった。






