第210話 クロノスの見た未来
俺がウリエルとラファエルを伴ってクロノスの宮殿に出向いた3日後、部屋で暇を持て余していたところに突如クロノスがイシュナムを含む、メイド10人を引き連れて俺の私室へとやってきた。
クロノス個人で俺に会いに来るのは此れまでも何度かあったが、イシュナム達を連れてくるのはこれが初めてだったので『時の宮殿で何かあったのか?』と聞くと。
「そんな流暢に構えている暇はないよ! あと3日、あと3日で魔族が天界門に押し寄せてくるんだ!」
「言っている事が断片的過ぎて、よくわからないんだけど。一体どういうことなのか、最初から順を追って説明してくれないか?」
「そっか、そうだよね。…………僕としたことが冷静さを欠いていたようだ」
クロノスは自分を落ち着かせるようにコップ一杯の水を一気に胃に流し込むと、傍にいるガブリエルに重大な話があると言って熾天使ミカエル、ウリエル、ラファエル、更にはメタトロンとサンダルフォン、スラオシャまでもをこの部屋に大至急集まるように指示した。
「あと、くれぐれも他の天使や神々に気取られないようにね。身内を疑いたくはないけど、どこに目や耳があるか分からないし。何事もなかったような足取りで慎重に、なるべく急いで皆を呼んできて」
「了解いたしました」
ガブリエルは俺とクロノスに深々と頭を下げた後、静かな足取りで部屋を後にする。
「身内を疑うって…………まさか、天界内に裏切り者がいるとでもいうのか!?」
「僕もあまり考えたくはないんだけど、君が神王になってから不可解な点が多すぎるんだ。仮に例を挙げるとすれば、君が悪魔討伐に行った際の2度に渡る魔将軍との遭遇というところだね」
「まさか、あれが誰かに仕組まれたことだと?」
「先の侵入者騒ぎでも同じことが言える。誰かの手引きがない限り、分霊といえども天界を縦横無尽に張り巡らされた結界を魔に属する者が潜り抜けるなんてことは万が一にもあり得ないことだしね」
侵入者と裏切り者という流れで、俺は失礼ながらもクロノスに気になることを聞いてみた。
「こんな事を言ったら大変失礼になるんだけど…………」
「ああ、僕が此処に連れてきたメイドたちの事を心配してるのなら何も問題ないよ。そう聞かれることを懸念して彼女たちの記憶を覗いてみたけど、何にも疚しい点は見受けられなかったから」
「そうか悪いな。クロノスの家族を疑うような目で見たりして」
「僕の宮殿は天空門の外にあるからね。疑われても仕方ないというか、一番疑わしい存在であると言えるからね」
クロノスのメイドたちは俺の疑問に対して少しも嫌な顔をすることなく、部屋の台所でお茶の用意をしている。
メイド達が淹れてくれた紅茶を飲んで色々な話をしていると、ミカエルやメタトロン達を連れてきたガブリエルが慌てることなく、静かに部屋へ足を踏み入れた。
「失礼いたします。クロノス様の仰せの通りに皆を連れてまいりました」
ガブリエルを先頭にしてメタトロンとサンダルフォン、スラオシャが部屋に入り、続いてウリエル、ラファエルと続き、最後にミカエルが部屋に入って扉を閉める。
これには下界での歴史学者でもあった、今はクロノスのメイドであるイシュナムも仕事そっちのけで、7人の熾天使の姿に目を輝かせている。
「熾天使メタトロン以下7名、招致にあずかり参上いたしました」
「うん、忙しいところを集まってもらって悪かったね。早速だけど、先日に僕の『時読み』で明らかになった事を皆に教えておきたいんだ」
「時読み?」
「僕の時空神としての力の一つで、100時間後までなら未来を読むことが出来るのさ。ちなみに君が天界に来る時間を予測することが出来たのも、この能力のおかげだよ」
俺は誰にも聞こえないような小声で気になった『時読み』という単語を口にしたのだが、今から重大なことを口にしようとしていたクロノスが律儀にも答えてくれた。
「っと話が逸れたね。僕が見た未来によると、今から3日後………正確には55時間17分後に、天空門へ魔族による攻撃が繰り広げられる」
クロノスが慌てることもなく、淡々と口にする言葉に部屋に集まっている天使たちは驚きを隠せなかった。
「皆も知っての通り、僕が居た時の宮殿と天空門を繋ぐ通路には特殊な結界が施されていて、不審な輩は天空
門に近づく事さえ出来ないんだけど、僕が視た未来では何の躊躇もなく時の宮殿を破壊して天空門に押し寄せてきている。時の宮殿自体も特殊な結界で覆われているから並大抵の攻撃ではビクともしないんだけど、それが簡単に破壊されるという事は可也の実力者が軍を率いていると考えていいだろうね」
「クロノスが視た未来では天空門はどうなった? 突破されるのか!?」
「気持ちはわかるけど、ちゃんと説明するから慌てないで」
クロノスは目の前に置かれている紅茶で口を湿らせると、続きを話し始める。
此処に集まった熾天使たちも最初は動揺していたが、すぐに落ち着きを取り戻し、クロノスの言葉を一語一句逃すまいと静かに耳を傾けている。
「僕が予見した100時間後の未来では少し凹みはしているものの、天空門が破られてはいなかった。でも何故か天界内部の通路には魔族の姿が確認された」
「天空門は破られてないのに魔族が侵入している? どういうことだ?」
「それで考えたくはないけど僕は天界の中に裏切り者が居て、先の侵入者騒ぎのように誰かが手引きしているんじゃないかと考えたわけさ」
「でも、それだと自分の身も危険に晒されるんじゃないか? 魔族側からしてみれば、一般も裏切り者も関係なく天界の全てが敵なんだろ?」
「彼等にはそんな事、頭にないんだろうね。君を如何にかして神王の座から引きずり下ろしたいという気持ちが先走っているんだろうし」
このクロノスの一言には、今まで冷静さを保っていた熾天使たちが表情を露わにして激怒している。
それでも言葉を口にすることなく、沈黙を貫いているのは流石というべきか…………。
「さて前置きが長くなってしまったけど、君たちには今から55時間以内に裏切り者を見つけだし、拘束してもらわなければならないし、魔族の天界侵攻に備えて準備も整えなければならない」
クロノスはスッと立ち上がると身振り素振りで熾天使たちに指示を与えてゆく。
「何処に目や耳があるか分からないから、他の天使や神々に悟られないように注意して。メタトロンとサンダルフォンの2人でこの部屋を護衛して、ミカエルたちは急いでカマエル達に招集をかけて裏切り者を炙り出して!」
クロノスは最後に俺の部屋で厄介になると告げて、集まっていた熾天使たちを解散させた。
メタトロンは指示通りに護衛として部屋に残り、サンダルフォンとスラオシャは仕事の引継ぎをしなければならないという事で部屋を後にし、ミカエル、ラファエル、ウリエルの3人もサンダルフォンとともに外へ。
ガブリエルは最後まで俺の世話役として部屋に残ると言い張ったが、俺の世話はクロノスが連れてきたメイドで事足りるので、他の皆と同じように捜索隊に加わることとなった。