第209話 魔将軍の力
どっちが俺の護衛を務めるかという熾天使ガブリエルと熾天使カマエルの諍いから30分、急遽ミカエルの仲介の結果、ウリエルとラファエルを伴いクロノスの居る、時の宮殿を訪れたのだった。
「ミコト! 侵入者があったと聞いて心配していたんだよ。怪我はなかった!?」
時の宮殿に足を踏み入れた途端、俺の身を心配するクロノスが走り寄ってっ来た。
「確かに謎の半透明な侵入者はいたけど、別に怪我はないから大丈夫だよ」
「良かったよ。それにしても、君たちが居ながらミコトに危険が及ぶだなんて大失態だよ?」
クロノスは俺の手を取りながら、護衛としてついてきたウリエルとラファエルに睨み付けるかのような厳しい視線を投げかけた。
「面目次第もありません…………」
2人の熾天使は見るからに項垂れ、表情を曇らせている。
「その侵入者の正体の事でクロノスに聞きたいことがあって此処に来たんだ。時間は大丈夫かな」
「君の頼みを僕が断るわけはないだろ?」
その後、イシュナムの用意してくれた紅茶を手にしながら、俺が経験した謎の侵入者の事を話し出す。
因みに俺の護衛として付いてきてくれた熾天使2人は時の宮殿の入口で警備をしている。
「なるほどね。こちらの攻撃を素通りさせる半透明の身体に、天界の中でも最も強固な君の私室の結界を難なく潜り抜けてしまう存在か」
「侵入者の口から魔将軍オルセシスの名前が出た事が、何かのヒントにならないかと思うんだけど」
「そういえば、君は下界で2人の魔将軍に遭ったんだよね。実際に遭ってみて如何だった? 率直な感想を聞かせてよ」
俺が出会った魔将軍は2人。
光の精霊が管理する世界で出会った魔将軍シュバイアと、先の水の精霊の世界での魔将軍オルセシスだ。
「一言で表現するとなると、『勝てる気がしない』というところかな。シュバイアに遭った時は、瞬きをした次の瞬間には殺されているんじゃないかというほどの恐怖心があったし、オルセシスに至っては恐ろしいほどの速度で移動して、もしもあの時に本気だったなら俺はこの場にいないだろうな」
あの時の事を思い出し、俺の身体はブルっと震えが来た。
「たった1年だったけど、亜空間での修業の意味はなかったのかと身をもって思い知らされたよ」
「ふむ。オルセシスが恐ろしい速度で移動したと言っていたけど、どんな具合だった? もしかしてこんな移動の仕方じゃなかった?」
クロノスはそう言い残すと一瞬で俺の目の前から姿を消し、何時の間にか俺の真後ろに立っていた。
「凄いな。まさにその通りだよ」
「これは高速で移動したんじゃなく、空間から空間に跳んだんだよ」
「跳んだ?」
「う~ん、簡単に言うと空間を飛び越えて移動したという事だね。これは時空神である僕だからこそ出来る移動方法なんだけど…………オルセシスがこれを使えるという事は大問題だね」
クロノスは俺の背中でそれだけを言い残すと、何時の間にやら元居た場所で紅茶のカップに口をつけていた。
「それじゃあ、悪魔討伐隊がクロノスの力で過去に行けるように魔将軍オルセシスもまた時空を操る能力を持っているという事か?」
「もしそうだとしたら君は今、此処に立っていることは出来ないだろうね」
「どういうことだ?」
「やろうと思えば、僕の力で何百年もの時間を超える事が出来るんだけど、もしそれをしてしまうと確実に世界はバランスが取れなくなって崩壊してしまう。だけど魔界の軍勢にしてみれば、君一人の命で世界が滅びてしまったとしても何の問題もなく実行してしまうだろう」
確かにやろうと思えば、何年も前の世界に飛んで悪魔を人間に取り憑かせない事が出来るはずだ。
しかし、それを行ってしまうと確実に世界は滅ぶ。
秩序を守る天界からしてみれば絶対にあってはならないことだが、正反対の魔界からしてみれば関係はないはず。
「先日の侵入者の件に戻るけど、恐らく自身の魔力を限りなく無に近くなるまで下げて、分霊となることで結界を潜り抜けたと考えれば辻褄があうね」
「分霊っていうと精霊みたいに身体の一部を一時的に切り離して行動できるっていう事か?」
「うん。身体をもたない分霊なら、どんな空間にも出入りが可能になるし、どんな攻撃も受け付ける事はない」
確かに謎の侵入者の身体には物理攻撃も魔法攻撃も一切、効き目がなかったな。
「でも分霊体だと自分から攻撃することも出来ないから、今回は偵察目的で此処に来たと考えるべきだね」
「侵入者は主からの伝言という事で『此度は軽い挨拶だが、近いうちに必ずや命を貰い受ける』とも言っていたが大丈夫なんだろうか?」
「あまり考えたくはないけど、これまで以上に最前線の戦いが激化する事に間違いないだろうね。一応言っておく
けど、絶対に天界の外に出たら駄目だよ? 奴らの狙いは君を抹殺する事なんだしね」
再三、クロノスから『下界に降りるな!』という釘を刺され、俺はウリエルとラファエルを連れて時の宮殿を後にするのだった。
「今度こそ君は僕が守って見せる! もう二度と友を失うわけにはいかない。時空神クロノスの名において、必ずや成し遂げる!」
クロノスはいつまでもミコトの歩いて行った方を見続け、決意を口にしていた。