第208話 護衛を巡っての諍い
謎の半透明の侵入者が現れた翌日から、目に見えて此れまでとは全然違う、俺の警備態勢が始まった。
恐らくは侵入者が口にしていた『今は何もするつもりはない』という言葉が決め手だったのだろう。
その日から何をするにも俺から決して目を離さない熾天使の姿が、必ず一人以上は見受けられることとなった。
護衛騎士としてセフィリアとリグルドの両名が居るには居るのだが、上位魔族を相手にしての護衛では荷が重いという事で俺の護衛から外れ、実戦さながらの訓練を悪魔討伐隊とともに行っているのだという。
そして今日俺はクロノスの宮殿に謎の侵入者の事を何か知らないか聞きに行こうと思っているのだが…………どうしてこんな騒ぎに発展してしまっているのだろうか?
事の始まりは何時ものように朝食を終え、世話役のガブリエルに今日の予定を話すところからだった。
「半透明の侵入者が何処から此処に入り込んだのか、その正体は何だったのか分かったのか?」
昨日の用は済んだとばかりに部屋を後にした侵入者を追いかけたまではよかったのだが、結局は煙に巻かれてしまい正体はおろか、侵入経路ですら見いだせなかったのだ。
「目下捜索中ではありますが、手掛かり一つすら見つけられず…………誠に申し訳ありません」
「正体と此方の攻撃をまるで受け付けない身体の秘密はわからないが、侵入者の口ぶりから魔将軍オルセシスの部下であることは確かなんだ。その点を重点的に調べ上げてくれ」
「分かりました。お話は変わりますが、今日の御予定は如何なさいますか?」
「そうだな~~侵入者の使った術にも興味があるし、クロノスの所にでも行ってこようかな」
「なら、私が護衛として御同行いたしたく思います」
何時ものように護衛兼案内役としてガブリエルが同行しようとするのだが、部屋から足を一歩外に出したところで思いもよらない出来事が巻き起こった。
「その役目、ガブリエルに成り代わり、私が御拝命いたしましょう」
其処にいたのはガブリエルと同じ熾天使で、名は確か…………。
「カマエル、神王様の護衛は私の役目のはずです」
「そうは言うが先の侵入者騒ぎの折では、護衛として何の成果も挙げられぬままに神王様の身を危険に晒したではないか!」
「あれは……いえ、あの時あの場にいなかった貴方が此処で何を言おうと説得力はありません」
「いや、攻撃よりも補助重視の戦い方をするガブリエルでは神王様を御守りすることは出来ん!」
2人の熾天使は神王である俺が目の前にいるのにも拘らず、激しい口論を続けている。
いっそのこと『2人で俺を護衛すれば良いのでは?』と思っているのだが、当人たちにはその気はないようだ。
しかも此処は俺の私室という限られたスペースではなく、たくさんの一般天使たちが行き交う天界公共の通路。
皆、何事が起こっているのかという興味本位で天使たちが足を止め、ガブリエルとカマエルの口喧嘩を見ている。
事の次第は俺の護衛を誰が務めるかというものだったので、俺はしばしの間茫然としていたものの2人を止めようと足を踏み込んだところで俺を止めるかのように第3の熾天使が姿を現した。
「神王様の御前で何を醜いことを繰り広げているか、馬鹿者ども!」
それはガブリエル、カマエル等を含む、すべての天使たちを束ねる熾天使ミカエルだった。
ミカエルの姿が目に映った瞬間、ガブリエルとカマエルの騒ぎを眺めていた他の天使たちは慌てて立ち去り、罵り合いを続けていた2人も慌てて跪いている。
「ガブリエル、神王様を守護する立場にありながら、この体たらくはなんだ! 事もあろうに神王様の目の前で下らぬ騒ぎを起こそうとは………。カマエルもカマエルだ、貴様に命じておいた冥界の報告書はどうなっているのだ!」
「返す言葉もございません」
「私も冷静さを欠いておりました」
やはりガブリエルたちにとってミカエルとは強大な存在なのか、つい数分前まで言い争いをしていたとは思えないほどに元気をなくしていた。
「神王様、愚かな部下の不手際をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。2人には此れから罰を与えますのでお許し願えますでしょうか?」
「あ、ああ、それは別に構わないんだけど。俺はこれからクロノスに話を聞きに行こうと思っているところなんだ。2人を連れて行くのなら代わりの護衛を用意してくれないか?」
「そうでしたか………それではラファエルとウリエルを護衛としてお付けいたしましょう」
そしてそれから数分後、ミカエルの命を受けたラファエルとウリエルが改めて俺の護衛となり、やっとクロノスの神殿に行くことが出来た。
私室から足を踏み出して此処に至るまで、凡そ1時間。
漸く足を踏み出すことができそうだ。
後日、2人にミカエルから課せられた罰がどんな物だったかという事を聞くと、2人揃って『思い出させないでください』と口を揃えていうのだった。
余程精神的に答えたのか、ガブリエルの綺麗な頭髪の中に幾つかの白髪を見つけてしまった。
それを隠すことなくガブリエルに告げたところ、更に元気をなくしてしまったのは言うまでもないだろう。
(マスター、元気をなくしているところに追い打ちをかけて如何するのですか)
(此処まで落ち込むとは思ってもみなかったんだよ。悪いと思ってるよ)
(本当ですか~~~?)
その後、ルゥにまで責められることになったのは言うまでもない…………。