第206話 ガブリエルとの競争
ヴァルキュリア隊の訓練場を、後ろ髪を引かれるような思いで後にした俺とガブリエルは其処から少し離れた、とある部屋へと足を踏み入れていた。
「神王様、こちらの部屋は魔族に対する武器防具類を研究・開発する部署になっています。神王様が着られていた神鎧も此方で開発されたものです」
ガブリエルに説明を受けながら室内へと入ると、そこには数多くの天使たちが様々な色のビー玉のような球体を持ちながら議論を行っていた。
床には開発に失敗した武器のなれの果てだろうか…………砕けた槍や剣などが散らばっていた。
最初は議論に集中しすぎて、俺が此処に来たことに全く気付かなかった彼等だったが、ガブリエルの姿を目で確認してからは其れまでの事が嘘だったかのように機敏な動きで俺に跪いた。
「し、神王様、御見苦しい姿をお見せしてしまい、まことに申し訳ありませんでした」
「いや、それだけ集中していたという事だろ? 気にすることはないさ」
未だに跪いている天使たちを立ち上がらせると、台の上に置かれている様々な色の球体の事を聞いてみた。
「ところで、このビー玉のような物は何なんだ?」
「それは特殊な技法で各種属性魔法を水晶球の中に封じ込めてあるものです」
俺の問いに答えてくれたのは目の前にいる天使たちではなく、後ろに控えているガブリエルだった。
「下界に蔓延っている低級悪魔やグール達は簡単に倒せますが、天界に攻め込んできている魔族の中には特殊な武器でしか倒せないものがいます。例を挙げると火属性を吸収する者、物理攻撃が全く通用しない者、反対に魔法属性の攻撃を受け付けない者や、時には身に受けた魔法を増幅して相手に打ち返してくる者など…………」
ガブリエルは俺に説明しながら水色の球体を手に取って、尚も話し続ける。
「更には神王様が下界で遭遇された、主である悪魔が滅しない限り、首を刎ねられても身体を塵になるまで破壊されても復活する異端者の存在などですね」
「確かにメフィスという女悪魔と、ロイスという異端者の少年のやり取りを見ていると驚異的だな。不死身の兵だなんて如何対処すればいいんだ?」
「そこでこの水晶体が鍵になるのです。この水晶体を特殊な武器に埋め込むことによって、火属性の球体ならフレイムソードになり、雷属性の球体ならサンダーソードになったりするわけです」
「でも其れだと相手を焼き尽くしたり、感電させたりするだけで異端者のような不死身の存在には通用しないんじゃないか」
俺が疑問視する視線を開発中の武器に向けると、先ほどまで跪いていた天使が自信を持って1本の剣を持ってきた。
「これはまだ試作品の剣ですが、理論上と致しましては異端者の魂を水晶球に封じ込めることが出来ます」
天使は剣の柄の部分を徐に縦に割ると中から無色透明の水晶球を取り出して俺へと見せた。
「この水晶球を埋め込んだ武器で攻撃することによって、いままで異端者が契約した悪魔を倒さなければ滅することが叶わなかった異端者を封じ込めることが出来、なおかつ…………」
その後も薀蓄とばかり、様々な意味不明な言葉を並び立てる天使は、ガブリエルが止めに入るまで延々と只管喋りまくっていた。
約2時間もの間、意味不明な言葉を聞かされた俺は逃げるようにして研究室を後にするのだった。
「神王様、申し訳ありません。あの者には後で厳しく注意しておきますので…………」
「それには及ばないよ。あの天使は俺の問いに答えてくれただけだからね。問題があるとすれば、話についていけなかった俺の頭の中に問題があると思うから」
自分で自分の頭が悪いことを暴露してしまった…………鬱だ。
「き、気分を変えて、幻獣舎の方を見に行きませんか?」
「幻獣舎?」
「はい、ペガサスやユニコーン、グリフォンなどですね。運が良ければ、オーディン様の愛馬であるスレイプニールを見ることも出来ますよ」
「それは面白そうだな。その幻獣舎は此処から遠いのか?」
「幻獣舎までは、此処から徒歩で5時間程かかります。もし宜しければ、明日の朝一番に御案内いたしますが?」
「う~ん、待ちきれないな。飛んで行った場合はどれくらいで到着する?」
「それだと速度にもよりますが、最速で2時間ほどですね。ただ、御夕食の時間がありますので帰りの時間を計算いたしますと、幻獣舎に居られる時間は1時間が限度かと」
「それで良いよ。折角だから競争しないか?」
俺は『少し不謹慎かも』と思いながら、敢えて言葉を口にしたのだが、ガブリエルも乗り気だったようで。
「面白そうですね。では私よりも早ければ、今日の御夕食の品数を1品追加で如何ですか?」
「それじゃあ、ガブリエルが勝ったら何をしようか」
「そうですね。…………添い寝させていただけますか?」
ガブリエルは頭から湯気が出るほどに、顔を真っ赤に染め上げて俯きながら小さな声で口にした。
「えっ!?」
「い、いえ、なんでもありません。忘れてください!」
「添い寝ぐらいなら構わないぞ。そんなことで良いのか?」
「本当に宜しいのですか!? 本気に致しますよ。良いのですね! もう撤回は聞きませんからね」
(マスター、良いのですか? 添い寝ですよ、添・い・寝)
(? 別に問題ないと思うが?)
(…………マスターの鈍感)
小声で何かをボソッと言ったルゥと、執拗に聞いてきたガブリエルに首を縦に振ることで肯定した俺は、ガブリエルと競争することになった。
そんなに大騒ぎすることでもないとは思うが、たまたま付近を通りがかった天使に合図をしてもらい、俺とガブリエルとの幻獣舎までの飛行競争が始まった。
説明によると、此処から幻獣舎までの距離は凡そ200km。
道のりは一直線とのことで、純粋な速さでの勝負という事らしい。
「それでは…………ヨーイ、ドン!」
たまたま居合わせた天使が天高く上げた腕を振り下ろすことで競争はスタートした。
それから約1時間が経過したところで勝負はあっけなく決まってしまった。
「幾らなんでも早すぎるだろう。まるで弾丸じゃないか………俺も少しは自信があったんだけどな」
スタート直後にどんどん距離が引き離され、30分が経過するころにはガブリエルの姿形は全く見えなくなっていた。
遅れること30分、漸く幻獣舎に到着した俺を待っていたのは盛大な笑みを浮かべたガブリエルの姿だった。
「私の勝ちですね! 約束ですからね♪ 絶対ですよ」
「そこまで言わなくても分かってるよ。それにしても、反則のような速さだったな」
別段息切れするような事はなかったが、なぜか負けても悔しいという感覚が起こらなかった。
その後、ガブリエルや幻獣の世話を担当する天使に案内を受けながらドラゴンやグリフォン、ペガサスやユニコーンなどを見て回った。
残念ながら肝心のスレイプニールの姿は見ることが出来なかったが、有意義な時間が過ごすことができた。
途中、予想していた以上に幻獣に懐かれてしまった俺がペガサスに腕や肩を甘噛みされたり、グリフォンに遊び半分に押し倒されたり、突進してきたユニコーンから体当たりを喰らっている姿を見て、ガブリエルと幻獣の世話係である天使が顔面蒼白で慌てふためいたりしていたが…………。
その後、私室に戻った俺は夕食後にガブリエルとの約束だった添い寝を敢行し、久々に感じる人肌の温もりを覚えながら眠りについた。