第204話 勉強という名の拷問
勉強のシーンは簡単なものにしました。
事実上、クロノスからの下界への外出禁止令を言い渡された俺は私室に戻り、ガブリエルにも事の次第を話した。
するとガブリエルもクロノスと同様の考えだったようで、泣きながら感謝されることとなってしまった。
聞くところによると、本当は俺を下界に降ろしたくなかったということらしいが、セフィリアとの決闘の事もあって約束を違えぬためにも歯を食いしばって我慢していたのだという。
それにもまして魔将軍と出会ったり、メフィスのような上級悪魔に出会ったりと寿命が縮むような思いを続けて、終いには天界から、俺に反旗を翻す神が現れたことで俺に下界行を断念してもらおうとした矢先に当人の俺から『もう下界には降りない』と聞かされ堰が外れたように泣き崩れたということだった。
「やっぱりガブリエルもそんな思いだったのか…………気づいてあげられずに、自分勝手な行為を繰り返してすまなかった」
俺はそういってガブリエルの前で姿勢を正し、頭を深々と下げる。
「い、いえ、神王様が謝罪するようなことでは御座いません。顔をお上げください!」
「こんな俺を許してくれるのか?」
俺がそう言葉にするとガブリエルは目に涙を浮かべながらそっと抱きしめてくる。
「神王様は何も悪くありません。私達がもっと周囲に気を配ってさえいれば、今回のような事態が起こらずに済んだのです。謝罪するのは寧ろ私たちの方です」
その後は尚も涙が止まらないガブリエルをあやして、このことは不問となった。
天使とはいえ、ガブリエルは俺からしてみても絶世の美女だ。
その美女が俺の所為で涙を流している姿をみるのは、心苦しかった。
「お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした」
「い、いや気にしないでくれ」
俺はガブリエルの顔を恥ずかしさで直視できない状況に陥り、頬を指で掻きながら応じた。
ただ下界に降りれないことと同時に問題として浮かぶのは、どう暇つぶしをするかということだったのだが、ガブリエルからの一言で有耶無耶となってしまった。
「では折角なので、軍の統制などについて勉強しませんか?」
「べ、勉強? 俺が?」
「はい。魔族が天界に攻めてきた事を前提とした、兵の動かし方とかですね。実際に兵を指揮するのは私達の仕事なんですが、憶えておいても損にはなりませんよ?」
どうにかして勉強という名の拷問から逃げたかったのだが、何を言っても簡単にかわされてしまい、結局この日から1か月もの間、部屋に缶詰状態でミカエル、ガブリエルの両名からミッチリと教育を受けてしまった。
何度も逃げようと思ったのはいうまでもない事だろう…………。
ちなみにセフィリアとリグルドは俺が拷問を受けている間、特別に悪魔討伐隊Sクラス用の訓練場で腕を磨いていた。
そして勉強が終わり、俺が机で頭から湯気を出して燃え尽きているとガブリエルから気分転換と称して提案が為された。
「気分転換も兼ねて天界巡りなどをしてみるのは如何でしょうか? オーディーン様の直属の部隊であるヴァルキュリア隊や、天界人達の生活風景をみるのも良いかもしれませんよ」
「だけど神王の俺がそんな場所に行くと別の騒ぎが起こってしまうんじゃないか?」
「それは致し方ありません。貴方様の存在は天界にとって周知されたものです」
「それはそうなんだけど、敬われる存在という経験は今までなかったことだしな」
事実、異世界に渡る前の現代世界でも敬われることはおろか、尊敬されることもなかったし。
どちらかといえば『親なし』や『化け物』と言われて馬鹿にされることの方が多かったしな。
「それで御提案なのですが、私が言い出したことですので出来ることなら、私が天界の道案内をして差し上げたいのですが…………」
「ああ、こちらこそ頼むよ。天界で迷子になる最高神というのは笑えないからね」
「はい!」
それじゃあ、早速! と行きたいところだったが時間が遅いこともあり、天界の探索は翌日に持ち越されることとなった。
そして翌朝、俺はガブリエルが何時ものように用意してくれた朝食を済ませると、食休みの後でガブリエルを伴って私室を後にする。
「まずは此処より近い場所にある、ヴァルキュリア隊の訓練風景を見に行きましょうか」
「ヴァルキュリア?」
「申し訳ありません、説明がまだでしたね。ヴァルキュリアはワルキューレ、ヴァルキリーとも言われ、その実態は上級神オーディン様の配下の女性の戦士達です」
「ヴァルキリーなら、なんとなく聞き覚えがあるな」
おもにゲームやアニメからだけど…………。
「彼女たちは最前線にて魔界の軍勢と互角以上に戦える存在で、神王様の知る悪魔討伐隊とは比べ物にならないほどの訓練を日々繰り広げています。その実力はSクラス以上とも言われています」
会話しながら歩くこと1時間、ようやく彼女たちの訓練が繰り広げられているという訓練場へとたどり着いた。
早速訓練場に入ろうと扉に手をかけようとしたところで何故かガブリエルに止められた。
「申し訳ありません。少しお待ちいただけますか?」
ガブリエルはそう言いながら扉に手を触れると、何やら聞きなれない呪文のようなものを紡ぎだした。
聞きようによっては讃美歌のようにも聞こえてくる。
「お手数ですが、扉に手を触れてもらえますか?」
呪文が一区切りついたのか、ガブリエルは不意に目の前の扉に手を触れるように言ってくる。
俺は言われる通りに扉に手を触れると、それを確認したガブリエルがさらに言葉を紡ぎだす。
そしてそれから数分後、訓練場につながるという扉が穏やかな光を放ったかと思えば、俺の身体は扉をすり抜けてガブリエルとともに内部へと吸い込まれた。
「此処は? 今、何があったんだ!?」
「こちらは先ほどまでいた訓練場の扉の先です。先ほど紡いでいた言葉は、訓練場に繋がる扉に神王様の存在を御登録するためのものです」
「登録? 何のためにそんなことを?」
「情けない話ののですが、今から数十年ほど前にヴァルキュリアの訓練場を不埒な考えで侵入する天使や神たちが後を絶たなかったのです。そのため訓練場の扉に女性しか通れない仕掛けを施して制限をしていたのです。先ほど扉に手を触れていただいたことで神王様は扉に登録され、自由に此処に入ることが出来るようになりました」
「ちょっと待て、俺は見ての通り男だぞ? そんな俺が男子禁制のこの場所にいることは問題にならないのか?」
「神王様の場合はどちらかといえば、頑張って御世継ぎを作って頂きたいというのが私達の願いです」
今、とんでもない発言があったような気がするが…………。
「それでは行きましょうか♪」
俺は笑顔になったガブリエルに手を引かれながら訓練場へと足を進めてゆく。
女性騎士がみられるという期待と、俺が本当に此処にいても良いのかという不安を心に抱きながら。