第203話 下界外出禁止令
強烈な威圧感を醸し出す謎の少年が姿を消してから数分後、俺達は回復した討伐隊と共に天界へと戻ってきていた。
そして今俺達がいるのは、クロノスの宮殿の中。
ここで超長生きのクロノスを交えて、少年の正体や世界の異変について話し合っているのだが………。
「それじゃあ、クロノスもあの少年の正体は分からないと?」
「ああ、君が降りた世界から変な波動が起きているのを感じ取った僕はガブリエル達に応援を送るように言ったんだけどね。まさかこんな事態になるとは、思っても見なかったよ」
「そもそも、あの世界に魔将軍が居る事は感知できなかったことなのか? あれほどの強敵がいるのなら気がつくのが普通だろ」
「君がそう言うだろうと思って、僕の方でもミカエル達と話し合って原因究明に努めたんだけどね」
「何か分かったのか?」
俺がそう聞くと、クロノスは両手を万歳するかのように伸ばして肩を竦めた。
「残念ながら手がかりはなし。しかも僕が調査に向かう事を予想していたのか、米粒ほどの情報すら残っていないほどの手際の良さ………別の意味で尊敬に値する」
まてよ? 『情報が残っていない』とはどういう意味だ?
「クロノスの言葉を聞く限りでは天界に内通者か、もしくは裏切り者が居たという風に聞えるんだけど」
「情けない事だけど、予想は大体あってるよ。君が前回、レグリスとかいう国で魔将軍で出会った頃から今回の事を画策していたらしいんだ」
天界の……しかも中枢に裏切り者がいただなんて…………。
「事を企てたのは中級神の1人なんだけど、どうやら君の魂が先代の神王の息子であったとしても行き成り、最高神の位に伸し上がったのが気に入らなかったみたいだね」
「其の中級神とやらは牢の中か?」
俺は一言、がつんと言ってやろうと思っていたのだが。
「残念だけど、内的に始末されたのか。既に牢の中で惨殺死体として発見されたよ。この事で他にも裏切り者が居ると見て調査しているけど、恐らくは捕まらないだろうね」
まぁ、通常の思考の持ち主ならば、そのまま天界に居続けるなんて事は出来ないだろうしな。
そして俺は第2の議題である魔将軍の事を聞いてみることにした。
「話は変わるけど、魔将軍のことについて聞かせてくれないか?」
「僕もそんなに詳しいわけじゃないけど、魔界において最高位の魔王の次に偉い立場が魔将軍と言われているらしいね。軍隊的に例えて言うと、元帥が魔王、大将が魔将軍ってところかな」
「レグリスの地で出会ったシュバイアは自分の事を『魔将軍の末席』と言っていたんだけど、今回の魔将軍オルセシスも含めて何人も居ると言う事になるのか?」
「僕も流石に其処までは知らないよ。まぁ敢えて部分的に強調するとすれば、魔将軍一人一人がとんでもない実力を秘めていると言う事くらいしか分からないね」
レグリスの時みたいにセフィリアの息が絶え絶えになるようなシュバイアの威圧感に常識を超えた速度で移動するオルセシスと…………生半可な訓練をしただけでは、到底敵わない驚異的な存在か。
「なぁ訓「そろそろ、君は自分の立場について考えて見たほうが良いよ」練……」
どれだけ訓練すれば、魔将軍に勝てるようになるか聞こうとしたところで真面目な顔になったクロノスに止められる事になった。
「どうせ君は訓練を繰り返し行なって、魔将軍に勝てるまでになりたいと思っているだろうけど、君は討伐隊のような遊撃隊員とは違って守られるべき立場の人間、もとい最高神である神王なんだよ!? 其の君が自らの命を危険に晒す戦場に、しかも驚異的な実力を持つ魔将軍と競い合って如何するの!」
「ぐむぅ!」
「確かに天界側としては魔界に潜む魔王を打ち倒すのが目標だけど、反対に魔界側にしてみれば神王である君を打ち倒すのが最大の目標なんだよ! 戦いは皆に任せて、君はどっしりと構えてないと下々の神や天使、討伐隊に舐められる事になるよ。自分がどれ程の立場にあるか分かってるのかい!?」
俺はクロノスの言葉に反論しようと思っていたのだが、一言一言が的を得ているので何も口答えすることなど出来はしなかった。
「ハァハァ…………魔将軍に君の事が漏洩した今となっては、出来る事なら君を誰も手出しする事が出来ないような、絶対強固の金庫の中に閉じ込めておきたいところだけど、そうしてしまったら君の自由はなくなってしまうからね。でもこれ以上駄々を捏ねるなら、やむを得ずに最終手段に出なければならないからね」
クロノスは最後に其れだけを言うと、疲れたような表情で椅子に深く座り込んだ。
(マスター、私如きが口を挟むのも恐れ多い事なのですが、心情としては私もクロノス様と同じ考えで御座います)
(ルゥ……)
(私もやっと出会うことが出来たマスターを、このような形で失いたくはありません)
(そうだな。俺は何を勘違いしていたんだろうな)
将棋にしてもチェスにしても、王将を取られたりしたら其れで終わりじゃないか。
俺の此れまでの行いを振り返ってみれば、俺を護衛するセフィリアやリグルドの存在を無視して単騎で敵の前衛に切り込んでいくと言う無謀さだったんだろうな。
「クロノス、ルゥ、身をもって思い知ったよ。俺は戦場に出るべきではないと」
(マスター、出すぎたことを言ってしまい、申し訳ありませんでした)
「どうやら分かってくれたようだね。僕は2度を友を…………同じ魂を持つ君を失いたくはないんだよ。大切な友を目の前で失くし、自分自身は延々と生き続けている苦しさ。何度自らの命を絶とうと思ったことか」
クロノスはそう言葉を口にすると両手で顔全体を覆い、止め処なく流れる涙を俺に見せないように拭い続けていた。
傍で仕事をしている、イシュナムを含むメイドたちも悲痛な趣でハンカチを口に当てながら、俺とクロノスを見ていた。
「クロノス良く分かったよ。これからは下界に降りたいだなんて無茶な事は言わない。不本意ではあるけれど『守られる生活』と言う物を送る事にするよ」
「分かってくれて何よりだよ。さ、お迎えも来てる様だし元気な姿を見せてやりなよ」
そういわれてクロノスが手で示す方向に目を向けると其処には俺を心配そうに見つめるガブリエルの姿と、其の横に俺の護衛騎士であるセフィリアとリグルドの姿があった。
クロノスに窘められながら彼女達に近づくと、そっとガブリエルの大きな翼によって包まれた。
そしてクロノスに続き、本日2度目となる懇願する泣き顔を見せられた俺は言葉を発する事もなく自身の部屋へと戻るのだった。
部屋に戻ったところでミカエル達からの3度目の泣き落としがされたのは言うまでもない……。