第202話 不死騎士団を束ねる者
とても神界と敵対しているとは思えないほどの、にこやかな表情を浮かべて此方に手を振っていた魔将軍オルセシスは空間に溶け込むようにして姿を消した。
ただ最大最悪の敵が居なくなっただけで地上では未だに、ガブリエルが連れてきた討伐隊とスケルトンやデュラハンの戦いが繰り広げられていた。
スケルトンは倒されても直ぐに復活し、デュラハンに至っては腕や脚を切り飛ばされても直ぐに再生し何事もなかったかのような感覚で起き上がってくる。
因みに切り飛ばされたデュラハンの腕はスケルトンの腕として再利用されている。
「あいつ等に弱点はないのか!? 倒されても倒されても、直ぐに起き上がってくるんじゃ、とても勝ち目なんかないぞ!」
俺がガブリエルやリグルド達に周囲を護衛されながら現状を見ていると、討伐隊の包囲網を潜り抜けたデュラハン何体かが、王女を逃がしたザンカールの街へと直走って行く。
咄嗟に気づいた討伐隊が魔法で倒そうとするも、他の魔物らに防がれて有効打にはならなかった。
「あのままじゃ、ザンカールの人たちが犠牲になってしまう。セフィリア、リグルド、俺達も行くぞ」
「「はっ!」」
「お、お待ち下さい! なにも神王様自らが行かなくとも…………」
俺の身を案じて止めようとするガブリエルを振りきって、俺たち3人はザンカールの街へと飛んだ。
そして数分後、俺がリグルドたちを振りきってザンカールへと到着すると…………あの包囲網を潜り抜けたデュラハンより先に何体か既にこの街に侵入していたのか、街は数多くの死傷者をだして、今にも崩壊寸前となっていた。
目の前では情け容赦なく、デュラハンが1人の泣き喚いている少女に対して剣を振り下ろそうとしている所だった。
俺は咄嗟に我が身を省みずにデュラハンの目の前に飛び込むと、少女を抱きかかえるようにしてデュラハンの剣を背中に受ける。
ガブリエルから出発時に手渡された神鎧で傷つく事は無かったが、まるでハンマーか何かで背中を打たれたような衝撃を受け、俺は少女を抱きかかえたまま、5m近くもの距離を吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた衝撃で、この世界に居る精霊達に俺の存在を感知させないようにする腕輪が一瞬、腕から抜け落ちるが直ぐに宙を舞う腕輪を少女を抱く腕とは別の腕で受け止め装着する。
(危なかった。ごく一瞬でしかなかったから、気づかれてないとは思うけど……)
(マスター、大丈夫ですか!?)
(ガブリエルが渡してくれた鎧に感謝だな。此れが無ければ、今頃は鱠切りにされているところだ。それはそうと、俺が抱きかかえている少女は無事だろうか?)
その数秒後、俺から少し遅れて到着したセフィリアが、俺が吹き飛ばされた現状を見てデュラハンに切りかかっていく。
「し、神王様!? くっ、よくも!」
一旦、デュラハンの相手をセフィリアに任せ、俺は少し離れたところで少女を放し、様子を見る。
少女は未だ泣き喚いているが目立った外傷もなく、吹き飛ばされた影響で軽い擦り傷が身体に残る程度だった。
俺は少女に回復魔法を掛けながらデュラハンと相対しているセフィリアを見ると、デュラハンが剣を持つ腕をセフィリアが切り飛ばし、その背中から隙を見たリグルドが右胸を剣で貫いているのが見える。
デュラハンは腕が千切れ、右胸を剣で貫かれているにも拘らずに血の1滴も出さずに地面に横たわっているが、倒れてから数秒後には何事も無かったかのように起き上がってくる。
「何故だ? 幾ら魔物とはいえ、何故此処までしても倒れないんだ」
この間にもセフィリアとリグルドは力任せに何度も切り刻んでゆくが、どれも決定打には繋がっていないようだ。
と、その時、俺達よりも遅れてガブリエルが飛んできた。
「神王様、お怪我はありませんでしたか?」
「あ、ああ、俺はこの鎧の御蔭で無事だったが」
「それは何よりで御座いました。くれぐれも御無理はなさらないで下さいませ」
「俺のことは如何でも良いから。あのデュラハンには弱点はないのか!?」
「如何でもいいって…………デュラハンの弱点は人で言う鳩尾の部分です。そこに魔族の心臓ともいえる核があります」
ガブリエルの言葉が聞えたのか、セルフィアの剣はデュラハンの弱点である鳩尾に吸い込まれるかのように刺さりかけるが、強固な鎧によって簡単に弾かれてしまう。
因みにリグルドの方はというと、1人でデュラハン3体と力任せに切り結んでいる。
「鳩尾に核があるので貫きさえすれば良いのですが、正面からの攻撃では固い鎧に阻まれて、まず無理です。必ず、背中側から刺し貫いてください」
其れを聞いた俺はセフィリア達と正面で打ち合っているデュラハンの後を取って、ガブリエルに教わった弱点へと深深と剣を突き刺した。
俺の剣によって刺し貫かれたデュラハンは一瞬身体を硬直させると、その次の瞬間には足元からタール状の黒い液体と化して、地面の土へと静かに吸い込まれていった。
弱点が判明した後は今まで苦戦していたのが嘘だったかのように、ザンカールの街に侵入したデュラハンを次々に打ち倒していく。
「これでラスト!」
そして約1時間後には街に入ってきたデュラハン6体を、たった3人で全滅させる事が出来た。
その後は幾ら待てどもアルフェクダの方面からデュラハンやスケルトンが来る事は無かったので、既に全てを討伐隊の手によって倒されたのだと思い、デュラハンが出現する元となった魔法陣が描かれているアルフェクダへと戻ると其処には驚くべき光景が広がっていた。
魔方陣から湧き上がっていた漆黒の泉は既に無くなり、周囲からもデュラハンやスケルトンの姿はなくなっていたが、真っ黒な服を着た小学生くらいの少年が討伐隊の皆に四方八方を囲まれていた。
討伐隊が生き延びた少年を保護しようとしているならまだしも、何故か身体を震わせながら剣を突きつけている。
「何をやっているんだ? この少年は誰だ?」
俺は取り囲まれている少年の様子をみようと身体を乗り出すが、俺が此処に居る事に気がついた討伐隊により即座に引き離された。
「し、神王様!? 危険です。お下がり下さい」
俺の存在に気がついた討伐隊の数人は俺を護衛するかのように剣を構えながら少年から距離を取る。
「あれは漆黒の泉より、最後に出現した者です。最初は我々もその存在に不思議に思ったのですが、何気無しに近寄った、5人の精鋭が腕の一振りにより、一瞬で殺されてしまいました」
「漆黒の泉から出てきたという時点で人間の子供ではないか」
俺達がなおも少年を観察していると…………。
「お兄さん達、僕に対して何もする気がないのなら、目の前から退いてくれないかな?」
少年が目の前の蠅でも払うかのように腕を右から左へと一直線に振ると、それだけで目の前にいた討伐隊が腹を裂かれ、地面に血溜りを作って息絶える。
そして徐に少年が自分の手首を切って黒い血を垂らすと、血溜りの中から真っ黒で不気味な鎧を身に付けた者達が姿を現した。
「この地にはもう用はないから帰るよ。死にたくなかったら僕の邪魔はしない事だね」
血溜りの中から出現した黒騎士も一言も喋らずに黙って少年のあとについてゆく。
そして少年が俺のすぐ傍を通ろうとしたところで足を止め、此方をじっと見つめてくる。
「この肌に痛々しく感じる神気。そうか…………君が新しい神王だね? どうしてこんな所に居るんだい?」
俺は目の前に居る少年が纏う雰囲気に、何をどう足掻いても勝てる気がしなかった。
討伐隊の皆やガブリエル、護衛騎士のセルフィアやリグルドも一歩も動けなくなっている。
「まぁいいや。さっきも言ったけど、長生きしたかったら決して手を出さない事だね。今の僕は機嫌がいいから見逃してあげるよ」
少年はそう言いながら何食わぬ顔で俺の横を通り過ぎると黒騎士と共に空高くに浮かび、恐ろしいほどの速度で北の方へと飛び去っていった。
少年の姿が見えなくなった数秒後には俺自身も含めて全員、腰が砕けたかのように地面へと座り込み、肩で息をしているという現象が巻き起こっていた。