第201話 漆黒の泉より這い出る者
俺が崩れ落ちる城から助け出したメルディン王女が『王』と呼んだ、2人の人間以外の全ての物や者を飲み込んだ漆黒の泉は湧き出してから1時間後に漸く収縮の意図を見せ始めていた。
崩れ落ちる城から助け出した王女についてはリグルドに頼んで隣町である、亜人達と友好的なザンカールへと避難させている。
直径100m程へと規模を収縮させた漆黒の泉からは『ドクンッドクンッ』と、まるで心臓が鼓動するかのような音が幽かに聞え始めていた。
俺の直ぐ横に居るセフィリアも、緊張した顔で事態を見守っている。
それから更に数分後、幽かに聞えていた鼓動音がハッキリと聞えるようになり始めた頃、王女をザンカールへと連れて行ったリグルドが戻ってきた。
「ただいま戻りました。ジン殿に言われたとおり『道で行き倒れていたのを助けた』という設定にして保護していただきました」
「ご苦労だった。ところで、リグルドはこの光景に見覚えはあるか?」
俺がそうリグルドに聞いた次の瞬間、漆黒の泉から幽かに聞えていた鼓動音は耳を劈くような巨大な音量へと変化し始めていた。
そしてその数秒後には黒い篭手に覆われた不気味な腕が何本も何本も生え始めていた。
「アレは何だ!? 漆黒の泉に取り込まれた人間が俺達に助けを求めているのか?」
そう考えていたのも束の間、予想に反して漆黒の泉の中から這い出してきたのは、骸骨剣士と首なし騎士の姿だった。
俺達はこの化け物たちが他の街や村に影響を及ぼす前に撃退しなければと思い、地上に降りようとした次の瞬間、目の前に複数の人間や亜人達が各々の武器を構えて姿を現した。
突然姿を現した者達は皆一様に俺へと頭を下げると、漆黒の泉から出現した化け物に切りかかってゆく。
「彼らは一体…………」
俺が誰に問うわけでもなく、独り言のように呟いた言葉に応答したのは俺が良く知る天使だった。
「神王様、ご無事で何よりでした。お怪我は御座いませんか?」
俺自身、異常すぎるほどの回復能力を持っているので怪我をすることはないが、どうして彼女が此処に居るのか?
「ガブリエル? どうして此処に?」
「神王様達をこの世界へと送り出した後、この地に蔓延る異常すぎるほどの魔力に気がつき再調査したところ、何者かが魔族を呼び出す儀式を執り行おうとしているという事実を突き止めたのです。その結果、私はAクラスの悪魔討伐隊を引き連れ、事の収拾を図ろうと参ったわけです」
「だけど神力が強い熾天使クラスはそう簡単に地上に降りる事は出来ないんじゃなかったのか?」
「この地に蔓延っている魔力を計測した今となっては、そうも言っていられない状態です」
天界側が思っていた事よりも深刻な状態だったという訳か。
「ですが、この現象は異例すぎます。とてもただの人間が引き起こしたとは思えないほどに…………」
俺はガブリエルのその言葉を聞き、唯一漆黒の泉に取り込まれなかった2人を思い浮かべた。
2人が居た場所に目を向けると…………。
其処にはフードとローブで身体全体を覆っている者と、そのローブの者に片膝をついて跪いている若い男の姿があった。
「ガブリエル、何故か彼らだけが漆黒の泉に取り込まれることなく、この様子を見ているんだが何者なのか分かるか?」
骸骨剣士や首なし騎士が延々と湧き出ている漆黒の泉を目にして考え込んでいるガブリエルが俺の言葉を聞いて目を謎の男達の方へと向けた次の瞬間、その表情は凍り付いていた。
「なっ!? どうしてあの者が此処に!」
「どうした? 知ってい「これはこれは、どうして貴女がこのような場所にいるのです?」……!?」
いつの間に移動したのか、俺とガブリエルの目の前にローブで身体全体を覆っている何者かが、何の気配も見せずに姿を現す。
ガブリエルも咄嗟の事で反応が遅れたが、即座に俺の腕を引いて謎の者との距離を取った。
「おやおや、私も嫌われたものですね。今は何もしませんよ? 今・は・ね?」
「魔将軍オルセシス、貴様が何故此処に…………」
魔将軍!? コイツがレグリスで出くわした、シュバイアとかいう奴と同じ魔将軍だというのか。
突然姿を現した事で咄嗟に身動きが取れなかったセフィリアとリグルドも漸く覚醒したのか、俺の左右に展開するような形で護衛についた。
「『何故?』と言われても困りますね~~~」
ガブリエルが魔将軍オルセシスと呼んだ謎の者は飄々とした受け応えで、まるで世間話でもしているかのような雰囲気を醸し出していた。
「おや? 貴女が背に匿っている方はもしかして…………」
ガブリエルの前で自身の顔に手をやって俺を品定めをしているかのように見ていたオルセシスが一瞬で姿が消えたかと思えば、次の瞬間には俺の真後ろに出現し肩に手を置いていた。
「ふむ。情報にあったとおりの人物ですね」
あれだけ亜空間内で訓練していたにも拘らず、眼にも止まらない速度で俺の後ろに出現したオルセシスに俺は冷や汗が止まらなかった。
その気になれば、一瞬で殺されていたとしても可笑しくないだろう。
護衛であるセフィリアとリグルドはおろか、ガブリエルでさえも反応できなかったのだから。
「黒い髪に黒い眼、それに肌に突き刺さるような神気。君が噂で聞く『神王』で間違いありませんね?」
魔将軍オルセシスと呼ばれた者は胸の前で両腕を組みながら、俺の身体を嘗め回すような視線で見つめている。
「何故でしょう? 貴方とは初対面のはずなのに、何処か懐かしいような気がするのは…………」
実力的に絶対敵わないと知りながらも、剣を抜いてオルセシスの居る場所に切りかかるが、既にその姿は消えていた。
何処に行ったかと探していると、漆黒の泉の中央付近に浮いて此方に手を振っている姿が見受けられた。
オルセシスは丁寧に頭を下げると、まるで空間に溶け込むようにして姿が消えていく。
「はぁはぁ……なんだったんだ奴は。魔将軍というのは化け物か!?」
『化け物』には違いないんだろうが。
「申し訳ありません。貴方様を守護する立場にありながら、何も反応する事が出来ませんでした」
見るとガブリエルを始めとして、セフィリアとリグルドが胸に手を当てて深深と頭を下げていた。
「仕方ないさ。魔将軍と呼ばれる存在が一朝一夕の訓練だけでは、とても太刀打ちする事ができない存在である事が分かっただけでも良しとしようか」
「ありがとうございます」
それはそうと、地上はどうなっているのかと目を向けると、其処には壮絶な戦いが繰り広げられていた。
剣や斧で身体を砕かれても、一定時間で再生する骸骨剣士。
腕や脚を切り飛ばされても、すぐさま再生する首なし騎士。
完膚なきまでに砕かれた腕や脚の代わりに、デュラハンの切り飛ばされた腕や脚を使って戦い続けるスケルトンなど、通常では考えられない異常すぎる戦いが繰り広げられていた。
スケルトンの中には一人(?)で左右2本ずつの、計4本の腕を肩口から生やして攻撃するという反則的な者も居たりする。