第197話 訓練場所の説明
当初、悪魔討伐隊の地下訓練場に足を踏み入れた理由は、セフィリアとレイモンドに修行を付き合ってもらおうと思ってのことだったのだが、姿が見えなかったので悪魔討伐隊の訓練を見てみようという事に変更し、訓練場内を見ていると竜人族の戦士リグルドが1人で8体の案山子相手に訓練しているのを見かけた。
聞けば体格の違い、力の違いで一般の討伐隊員と訓練が出来ないとの事で、俺が訓練相手に名乗りを上げたのだが、リグルドは『制約』とやらで力を本来の何分の一かに抑えられていたという事だった。
そんなハンデがあるにも拘らず、俺は大いに苦戦し結果的に手持ちの剣が折れたことで勝負に負けてしまった。
俺が短時間で強くなるための訓練相手としても、神騎士としても申し分ないと思い、時間が時間なので後日改めて神騎士に誘おうと思っていたのだが、そんな時に予期せぬ事態に陥ってしまった。
「神王様、此方においででしたか。帰りが遅いので心配しておりました」
俺の帰りが遅い事で辺りを探し回っていたガブリエルが、リグルドを含めた他の討伐隊員が居る前で俺のことを『神王』と呼んでしまったのだ。
『神王』という立場を隠して訓練した方が相手も気兼ねなく打ち込んできてくれるだろうと思い、あえて言わなかったのだが…………ガブリエルにも言わなかった(というか言い忘れていた)のは大失敗だった。
結果として訓練で疲れきっている表情のリグルドや、ステージを取り囲んでいる隊員達は一瞬呆けた表情で固まっていたが、不意に姿勢を正し一斉に片膝で立ち、俺に対しての敬意を表してくる。
俺は其の光景にいたたまれなくなり、迎えに来たガブリエルの言葉に乗って逃げるように訓練場を後にした。
部屋への道中、事態を把握していないガブリエルに何故俺があの場所にしたのかを説明すると、ガブリエルは俺の部屋へと入った途端に謝罪してきた。
「申し訳ありません。そのような事になっていたとは…………」
「いや、俺もガブリエルには何も相談せずに決めてしまった事だから気にする事はないさ」
「はい。御配慮感謝いたします」
その後、用意されていた夕食を摂りながらリグルドの『制約』について聞いてみることにした。
「そういえば、訓練場で相対した竜人族のリグルドが『制約』がどうとか言っていたけど、如何いう事なんだ?」
「竜人族は其の強固な身体や並外れた力を持っているので、訓練時には制約の腕輪を身に着け、最大で本来の5分の1程度にまで能力を下げられているのです。その理由の大半は、天界への反抗を懸念するという事でもあります」
そういえば、水の精霊の世界で出会った竜人族の弟は自分達のことを選ばれし存在と思い込んで、人間である俺のことを蔑んでいたっけ。
兄の方はそうでもなかったんだがなぁ…………俺と勝負した弟の方は今頃如何しているんだろう?
「『反抗を懸念して』って言ってたけど、実際に何かあったのか?」
「はい。今から約200年ほど前になるのですが、1人の竜人族が天界に反旗を翻しました。訓練に明け暮れる毎日に不満が溜まっていったのでしょう。或る日、自身の『制約の輪』を剣で砕き、天界に叛意を抱いたのです」
「竜人族のプライドって奴が辛抱ならなかったのか? それで如何したんだ?」
「常日頃から力の差で訓練相手ににならなかった、他の討伐隊員に本来の力を取り戻した竜人族を止められるはずもなく、最後は私達天使が数人がかりで取り押さえました。その後、其の竜人族は罰として『制約』を10個付けた状態で最前線へと送り込まれたのですが、その後どうなったかまでは分かりません」
先の訓練で俺と互角程度の打ち合いで、やっと本来の5分の1の実力か。
訓練で『制約の輪』を外した状態の竜人族と互角に打ち合えるようになれば或いは。
「神王様、如何なさったのですか?」
ガブリエルは不意に黙ってしまった俺を見て、怪訝そうに俺の顔を覗き込んでくる。
「ガブリエル、ちょっと頼みたい事があるんだが良いか?」
「頼みごとですか? 何で御座いましょう?」
「明日の午前10時頃に竜人族リグルド、神騎士セフィリアの2人をこの部屋に。それと討伐隊で訓練時に使っている剣や槍、斧などを、其々10本ほど。あとは約1年×3人分の食料を用意してくれないか?」
本当はセフィリアと一緒にレイモンドも誘いたかったんだけど、あの後でウリエルに話を聞いたところによると魔力を覚醒させるためには、それ専用の部屋で過ごさなければならないとの事だった。
「ちょ、ちょっと待ってください。何をするつもりなのか、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「あ、そうか。最初から説明しないと駄目だったな」
う~~ん、何処から説明すれば良い物か。取り敢えずは、新たな亜空間倉庫作成からだな。
「今朝、クロノスに良い訓練場所はないかと相談しに言ったんだけど、其の過程で俺の亜空間倉庫が失敗作だったということが判明してね」
「失敗作ですか? 以前、見せてもらった時にはそのような事は感じられませんでしたが」
「クロノスが言うには亜空間の中は縦幅、横幅、高さが同じで尚且つ、内部は外部の『時間』という概念を完全に取り払った場所らしい。其処でクロノスの説明を聞きながら新しく作ったのが此れだ!」
そう言って俺はガブリエルの目の前で『ルーム』の呪文を唱え、亜空間倉庫への入口を出現させる。
「口で事細かな説明をするよりも、中に入った方が早いから」
俺は亜空間への扉を開きながら、ガブリエルと共に内部へと足を踏みいれる。
「以前の亜空間倉庫を見せてもらった時も驚きましたが、ものすごく広いですね。一体どれくらいの広さがあるのですか?」
「クロノスと一緒に大まかに計ったところによると、此処から奥の壁までは約10km弱というところかな。クロノス曰く、縦も横も高さも同じらしいから、一つの世界と考えても良いんじゃないかな」
「10kmですか!?」
ガブリエルは驚愕した表情で目を細めて奥を見ている。
「更にさっきも言ったけど、此処で何日、いや何年過ごしたとしても現実世界では、ほんの一瞬でしかないから訓練場所としては最適だと思わないかい?」
「確かに、天界の者は不老なので何年訓練をしたとしても姿形は変化しませんし、亜空間倉庫から外へと出れば現実で一瞬でしかない。短期間で強くなるには最適の場所ですね」
「それにこの空間は俺の魔力全開で作り上げているから、並大抵の力じゃビクともしないし。『制約』を外した状態のリグルドと訓練するには最適な場所だと思うんだけど」
「分かりました。では此方に準備を任せていただいても宜しいでしょうか?」
「ああ、頼む」
「了解いたしました」
その後、訓練の事も兼ねて色々と今後の事をガブリエルと話しして、気づいた頃には亜空間倉庫の中で2時間ほどが経過していた。