第196話 竜人族と訓練
俺は驚異的な広さを持つ亜空間倉庫から外に出ると、其の足で悪魔討伐隊が訓練しているという地下訓練場に足を進めた。
クロノスに忠告されたとおり、1人で訓練するよりは2、3人で訓練した方が効率が良いと判断したからだ。
そのため、地下訓練場で鍛錬している思われる、セフィリアとレイモンドを誘いに来たのだが、何故か姿が見えなかった。
悪魔討伐隊の戦闘指導に当たっている熾天使ラファエルに話を聞くところによると、レイモンドの直接の指導役として義姉であるセフィリアが、別の場所で指導に当たっているのだそうだ。
場所を聞いて会いに行こうとも考えていたが、折角の姉弟水入らずのところを邪魔しては悪いと思い、諦める事にする。
セフィリア以外の悪魔討伐隊がどのような訓練をしているのか気になった俺は、休憩時間中なのか、暇そうに寛いでいるウリエルを連れて地下訓練場を見て廻っていた。
以前、俺とセフィリアが戦った10m×10mのステージで2対2、もしくは2対3で高速移動しながら剣で戦う戦士達を見て、ウリエルに彼等がどれくらいの強さのクラスにいるのか聞いてみると…………。
「今、この地下訓練場にいる討伐隊員はF~Bクラスになります。A、Sクラスは壁を隔てた左右の部屋で個別に訓練しています。因みに目の前のステージで戦っている彼等はBクラスですね」
辛うじて目で捉えることが出来る、風のような速度で戦っているのがセフィリアと同クラス!?
改めてステージに目を向けると剣同士が打ち合っている『キィン! ガキン!』という音は聞えてくるものの、戦っている戦士たちの姿は捉えることが出来なかった。
俺が自分の力を過信していた事を、目に見えて証明された事に恥ずかしくなり、目の前のステージから目を離すと訓練場の隅の方で8体の金属製の案山子を相手に剣を振るっている、竜人族の姿が見受けられた。
対戦相手が出払っていて居ないのかもと考えていたが、目の前のステージを取り囲むようにして、何人もの剣士がステージ上での戦いを目に焼き付けているのを見ると、そういう訳ではないらしい。
時折、竜人族の方に眼を遣る男も居るが、何故か直ぐに目を背けている。
「なぁ、あの端で訓練している竜人族は何なんだ? 彼等と共に訓練できないわけでもあるのか?」
俺の横で案内役を務めているウリエルは俺の指差す方向を見つめると、訳を話してくれた。
「彼はリグルドというのですが、他の討伐隊員と比べると体格差や筋力差がありすぎるのです。其の為、打ち合いになったとしても僅か数秒で勝敗が決してしまい、訓練にならないのです」
「別段、皆と仲違いをしているという訳では無いんだな?」
「容姿が容姿ですから初めて見る隊員からは若干脅えられますが、嫌われているという訳ではありません。どちらかというとリグルド本人が皆を傷つけたく無いとして、1人で訓練していると言う訳ですね」
「少し彼と話しをしてみても良いかな?」
俺は監査役であるウリエルに許可を貰い、竜人族リグルドが訓練している場所に歩いていく。
「調子はどうだい? 1人で寂しいだろ、よかったら俺と一緒に訓練してみないか」
俺がこう話しかけると、2m近い巨体を持つリグルドは上から見下ろすような形で返答してきた。
「その気持ちは嬉しく思うが、辞めておいた方が良い。下手をすれば怪我では済ませられない可能性がある」
リグルドは俺が神王だとは知らないのか、目を合わせずにしかめっ面をして返答してくる。
「そういわれると益々戦いたくなってくる。1戦だけで良いから、軽く打ち合ってみないか?」
「好奇心による、怖いもの見たさか? …………どうなっても知らんぞ?」
リグルドは漸く俺に目をあわすと、ヤレヤレと言った表情で8体の案山子を片付け始める。
待つこと数分後、ステージ上から8体の案山子が取り除かれ、俺とリグルドは各コーナーで準備運動をして身体を解していた。
滅多に案山子以外を相手にしないリグルドが対人戦をするということで、ステージの周りには数多くのギャラリーが集まっていた。
集まっているギャラリーの中には俺を見て『あ、あの方って神王様じゃ!?』『いや、まさか!』と会話をしている男たちも居る。
幸いにして、彼らとリグルドとでは距離があるので会話は聞かれずに済んだ様だ。
俺は人差し指を口の前に立てながら、シィーーっと茶目っ気のある表情で口にしておいた。
そういう仕草をするという事は自分達の思っていることが的を得ているという事で…………。
男達は両手で口を押さえながら、驚愕の表情を見せていた。
「用意は良いか? 戦ってみて無理だと思ったら場外へと降りろ。其処で戦いは終わりだ」
「それは其方も同じという事で良いんだよな?」
リグルドはそう返されるとは思っても見なかったようで、口元に笑みを浮かべながら剣を構えた。
因みに此処で使用する訓練用の剣は刃先を完全に潰してある。
それでも竜人族の力によって金属製の案山子は所々、所々凹んでしまっているが。
「余程の自信があると見える。悪い事とは言わんが、過剰の自信は身を滅ぼす事になるぞ?」
それから数秒後、審判を務めるウリエルから闘技開始の合図がおりて戦いが始まった。
俺は先手必勝とばかりに風を纏い、瞬動でリグルドの懐に飛び込むと一気に剣を振るう。
が、リグルドは其の攻撃を読んでいたかのように紙一重でかわすと、反対に剣を打ちつけてくる。
そして俺も其れをギリギリで避けながら、距離をとって加速して突っ込むという戦い方を延々と繰り返し繰り返し行なっていた。
リグルドの攻撃の3回に1回は確実に俺の腕や肩に当たっているが、俺自身傷を負う事が無い不死身の身体を持っているため、何をしても決定打には繋がらなかった。
とは言ってもリグルドの2m近い長身から繰り出される剣戟は重く、何度剣を落としかけた事か。
開始されてから既に30分足らずが経過しているが、一向に勝負の行方は分からなかった。
リグルド本人も俺と此処まで打ち合えるとは思っても見なかったようで、口元に喜びを表す笑みを浮かべながら一心不乱に剣を振るい続けている。
ステージを取り囲む数多くのギャラリーたちも最初は心配そうに見ていたが、時間が5分、10分と経過していくに渡って白熱した戦いに拳を握り締めながら目を輝かせていた。
戦いはこのまま長期戦に縺れ込むかと思われたが、不意に俺が持つ剣が根元から砕け散った事で勝敗は決する事となった。
そして数秒遅れてリグルドが持つ剣も砕け散ってしまった。
其処で数秒差ではあったが俺の負けが確定し、最後は握手で闘技は終了する事となった。
「まさか、制約が掛かっているとはいえ、私と此処まで戦える猛者がいたとはな。これなら先程の自信も頷けるというものだ」
リグルドは戦いに満足したような表情でステージに胡坐をかいて座り込むと、盛大に笑い声を上げた。
『制約』? リミッターと考えれば良いのか?
俺と互角に近い戦いをしていたのが、本来の何分の一かに落とされた力だとすれば期待がもてるな。
「もしも、俺と一緒に訓練をして欲しいと願ったら受けてくれるか?」
「其れは此方から御願いしたいところ。案山子相手に訓練するのは、いい加減厭きていたところだしな」
「言質は取ったからな! 後で『やっぱり止める』といっても受け付けないぞ?」
「私は誇り高き竜人族の戦士。一度口にした事は天地が逆転しても曲げるつもりは無い!」
俺は思い通りの返答が得られた事で後日改めて俺の正体を明かし、リグルドを神騎士に勧誘すると思っていたのだが、不意に現れたガブリエルによって目論見は潰える事となった。
「神王様、此方にいらしたのですか。帰りが遅いので心配しておりました」
熾天使ガブリエルから俺に投げかけられた言葉に一番驚いたのは、先程まで打ち合っていたリグルドで。
目玉が瞼から零れ落ちるのではないかと思えるほどに大きく広げ、驚愕の表情を浮かべている。