第195話 幾らなんでも…………
新しく亜空間倉庫を形成した事で、前に使っていた亜空間倉庫は完全に消滅してしまったと割り切る事にして新規の亜空間倉庫へとクロノスと共に足を踏み入れる事にする。
「正常に空間形成されたなら、内部は時間が停止している筈だから中に入る前に時計を見て時刻を確認しておく事をオススメするよ」
クロノスにそう言われ、亜空間倉庫に入る直前に部屋の壁に設置されているデジタル時計を見ると、『14:37:03』に丁度なろうとしているところだった。
「14時37分か。この亜空間の扉から外に出てきた時に時刻にズレが無ければ、空間魔法は無事に形成されている事になる」
「運命の瞬間か…………なんか久々にドキドキするな」
俺は高鳴る左胸を右手で押さえ、心臓の鼓動を手で感じながらクロノスと共に『ルーム』で出現させた扉の中へと足を踏み入れた。
記念すべき第1歩目の感想はといえば、天井も奥行も横幅も、端が見えないほどの広さを持つ空間だった。
クロノス曰く、『亜空間倉庫は正立方体が基本』との事だが、空間が広すぎて正立方体になっているかどうか全く分からなかった。
「あれだけの高魔力で形成したから、此れまでに類を見ない広さになってしまったようだね。いやはや、君の潜在魔力には驚かされることばかりだよ」
「クロノスが言ったような天井の高さも奥行きも横幅も、広すぎて正立方体になっているかどうか分からないんだけど魔法は成功したのかな」
「えっと…………うん! 空間の波動を見る限りでは、確実に成功しているようだね。少し内部を探検してみようか」
「でも侍女たちに帰りが遅いと、心配されないのか?」
俺がそう問いかけると、クロノスは苦笑しながら俺の肩に手を置いてきた。
「此処に足を踏み入れる前にも言ったと思うけど空間形成が成功していれば、僕達は時間の流れに逆らった空間にいる事になる。亜空間倉庫内は時が停止した世界なので此処から出ない限り、時間は進まない」
そういえばそんな事を言っていたような。
「納得した? 言い換えれば、この中で何百年過ごしたとしても外にいる侍女たちから見れば、僕たちが中に入ってから一瞬で出てきたとしか思わないわけ」
俺は漸く納得したとクロノスに言うと、最初の提案どおり何処まで広いのか確認してみる事にした。
そしてクロノスと一緒に延々と変化しない亜空間の中を歩き続けて30分が経過していた。
身体が不死身な事を含めて体力も無限なため、疲れる事はないのだが全然変わらない景色に厭きて来ていた。
「これだけ歩き続けて、まだ端が見えないなんて異常すぎるよ」
「俺に言われても困る。魔力をMAXにして空間を形成しろって言ったのはクロノスだろ?」
その後も延々と愚痴を繰り返し、時には前の世界での出来事や恋の話、俺の魂の前世でもある先代の神王の息子の話、前回の神魔大戦の事などを話題にしながら歩き続け、約2時間近くが経過した頃に漸く、奥の壁に手をつけることが出来た。
「やっとか幾らなんでも広すぎだよ」
「その台詞、此れで25回目だ」
俺はクロノスの発言にツッコミを入れると、歩いてきた道を振り返るかのように壁に背中を向けるようにして座り、一息ついた。
「一体、どれ程の距離を歩いてきたんだろうな。万歩計でも持ってれば良かったよ」
「距離ねぇ。ちょっと計算してみようか」
「戻りながら、1歩1歩数えていくのか? え~っと、歩幅が約40cmと考えると」
「そんな面倒臭い計算をしなくても、簡単に導き出せる計算方法があるだろ? 子供の頃に学校で習わなかったのかい? 『速度×時間=距離』の公式を使えば大体の距離はわかるよね」
そういえば、そんな物があったな。
「僕達の歩行速度が大体、時速5kmだと考えて、掛かった時間が凡そ2時間。此れで計算すると、5(速度:km)×2(時間:h)だから、距離にして約10kmってところかな」
10km!? 広いなんてものじゃないぞ!
「幾らなんでも広すぎだ! ある意味失敗なんじゃないか?」
「いや逆に考えれば、此れだけ広いのなら自由な訓練が出来るよ。それに10kmって言葉で示すと遠いように思えるけど、時速100kmで走れば5分で此処まで来る事が出来るし、距離を実感できないなら塗料を持ってきて何かを描くのも良いかもね」
確かに俺が本気で暴れたとしても誰にも迷惑を掛ける事にはならないだろうし、時間も無限にあるか。
「それに君の魔力MAXで作られた空間だから、君が最大出力で魔法を放ったとしても此処が壊れるなんて事は皆無に等しいだろうしね。どんな訓練をしようとしているかは知らないけど、何の柵にも囚われない自由な空間と思えば良いんじゃないかな」
俺が行なおうとしている訓練をクロノスに話してみることにした。
「笑わないで聞いて欲しいんだけど、一度に複数の属性の魔法を使うって事は可能なのかな?」
風魔法で空を飛びながら火魔法で攻撃できれば便利だと思い、笑われるのを覚悟で聞いてみることにしたのだが。
クロノスから返ってきた言葉は意外なものだった。
「笑うなんて事はしないよ。可能性からいえば、完全に否定する事はできないし」
クロノスはそう口にすると虚空を見つめながら腕を組み、ブツブツと独り言を言い出した。
「確かに魔法を強化するのも大事だけど、もし仮に上級悪魔によって魔法を封じられたりしたら如何するつもり? 自分自身の剣の腕のみで戦わなきゃならないんだよ? まずは協力してくれる人を此処に連れてきて一緒に訓練することが大事だと思うよ。この中にいる限り、時間は限りなく無限にあるのだから」
俺はクロノスに諭されると亜空間の入口に向けて足を進めるのだった。
余談だが、クロノスに説明されたとおりに時速100kmで5分間高速移動した結果、4分と少し経過したところで入口付近の壁に顔面を強打してしまい、距離が10kmも無かった事が判明した。
俺が壁に激突した様子を見ていたクロノスから、指差されながら盛大に笑われた事が、最大の屈辱だった事は言うまでも無い。
その後、前の倉庫から取り出した果物を新しい亜空間倉庫に入れ、クロノスと別れた。
因みに亜空間から出て時刻を確認したところ、デジタル時計は『14:37:03』を指していた。