第186話 魔に侵されし村
サウスラーズ国内へ空から侵入した俺とセフィリアは、通常では決して出す事の出来ない速度で草木一本、生えていない荒野を只管走り続けていた。
「悪魔が憑依している人間が住む村というのは、この方角で間違いないのか?」
セフィリアから悪魔に取り憑かれた人間の妖力が高まっているという報告を受け、途中に山や河川、集落があろうとお構いなしに、目にも留まらない速度で走り続けるのだった。
「この速度を維持して走り続ければ、そろそろ見えてくると思います」
そうセフィリアに言われ続けて走る事10分、一つの村が目の前に薄っすらと見え始めていた。
(マスター、変です。村の中に人間の気配が全くしません)
(気配がしないという事は、既に村人全員が悪魔の手に掛かってグール化してしまったと?)
(私には悪魔の気配を探知する事は出来ないので、詳しい事を申し上げる事は出来ませんが)
「ジン殿? どうかなさいましたか?」
ルゥと念話をするために突然黙り込んでしまった俺を見て、セフィリアが話しかけて来た。
「いや、ルゥが『村から人間の気配がしない』と言って来たんだ。もしかすると既に村人全員、グールに成り代わっているかもな」
「ルゥ殿とは確か、ジン殿の剣に宿る精霊のことでしたね。まだこんなに離れているのに気配が探知できるとは凄いですね」
「その代わり、悪魔の気配は探知できないそうだから、それはセフィリアに頼むぞ」
「分かりました。私では念話は使えませんから、ルゥ殿に宜しくお伝え下さい」
セフィリアの言葉を聞いてか、ルゥからも『セフィリアに宜しく』と念話が返ってきた。
そんな遣り取りの中、俺とセフィリアは規模の割には人気の全く無い、一つの村へと辿りついた。
其処は沢山の家が立ち並ぶものの人の話し声や、生活していたかのような気配は全く無く、まさにゴーストタウンと化していた。
「ルゥの言うとおり、人の気配は全然しないな。悪魔の気配はどうだ?」
「村の奥にある、大きな屋敷から身を刺すほどの強い妖気が漂ってきています。恐らくは其処に元凶がいるのでしょう」
セフィリアが感じた悪魔の元へと足を進めようとした次の瞬間、近くの廃屋から少年が飛び出してきた。
「君達が何者で、何の用があって村を訪れたかは知らないけど、村の奥へと進ませる訳にはいかないよ。此処で引き返すなら、害を与えるつもりはないけど…………どうする?」
「はっ!? ジン殿、その男から離れてください!」
俺の後ろからセフィリアの慌てているような声が聞えてきた。
恐らくは目の前の少年がグールだから気をつけろと言っているのだろう。
「引き返さぬと言うなら何だって? お前等みたいな、グールの仲間入りになるとでも?」
俺が『グール』という言葉を発した瞬間、此方を警戒していた少年が腹を抱え、盛大に笑い出した。
「僕がグールね。どうやら君達は普通の人間ではないようだね。此れは面白い事になってきた」
腹を抱えて笑っていた少年が何かに合図を送るかのように右腕を天高く掲げると、村の中にある廃屋から次から次へと手に剣やナイフ、斧等の獲物を持った男達が姿を現した。
中には国境で見た、黒い鎧を着込んでいる男の姿も見受けられる。
「さてグール君たち、餌の時間だよ!」
右腕を掲げていた少年がそう言い放つと同時に、腕を勢い良く振り下ろすとグールが一斉に襲い掛かってきた。
「ヴオオオオオォォォォーーーー!!」
一見すると普通の村人と見間違えるグールは、手に持っていたナイフを出鱈目に振り回しながら俺に襲い掛かってくる。
前回のレグリスの時と同様に、剣で五体をバラバラにして身体から抜け出た黒い靄を炎の魔法で浄化するという行為を延々繰り返していると、村に入って最初に話しかけて来た少年がグールに色々と指示を出しているところが見受けられた。
「なるべく身体に傷を付けないで殺してよ? こいつ等は色々と使い道がありそうだからね」
グールたちも少年の言葉に素直に頷いていることから、この少年はグールより上位の存在だと思われるのだが、セフィリアの話によれば、悪魔に取り憑かれているのはこの村の中では1人の筈なのである。
ならば、グールに指示を出している少年は何者かと言う事になるが…………。
「戦いの最中に考え事とは余裕だねぇ。そんなに僕の正体が気になるのかい?」
「いつの間に!?」
先程まで遠く離れた廃屋の屋根でグール達に指示を与えていた少年が、まるで瞬間移動をしたかのように俺の目の前へと姿を現した。
「『グールなんかには負けない』って自信があるんだろうけど、隙を見せちゃいけないな。油断してると……死んじゃうよ?」
そう言った少年はまたしても俺の目の前から姿を消し、次に俺の真後ろへと姿を現したかと思うと俺の腹には1本の剣が突き刺さっていた。
「これで1人。あとはあの女の子か、勿体無いけどしょうがないよね」
俺の身体に剣を突き刺し、仕留めたと思っている少年は踵を返し、セフィリアの居る方へと向かおうとする。
少年の目がセフィリアに向かっている隙に、身体に突き刺さった剣を引き抜き少年に向かって斬りつける。
…………が、其れを予測していたかのように身を捩った少年によって左腕を斬り飛ばす結果に終ってしまった。
「おおっと。まだ生きてたのかい? しぶといね」
「先程言った台詞を、そのまま返す事にするよ。隙を見せちゃいけないな」
「確実に心臓を突き刺したと思ったんだけどな。良く見れば傷が塞がってるし、君は何者だい?」
「少し治癒能力が高めの一般人さ。そういう君も何者なんだ? グールじゃないだろう?」
「質問を質問で返すのはマナー違反だって習わなかったかい?」
少年は俺に斬り飛ばされた腕を拾い上げると、切断面に付着していた泥や土を払い、何を思ったか斬られた場所へとくっつける。
すると不思議な事に何事も無かったかのように腕が元通り繋がっていた。
と其処へ全てのグールを始末したセフィリアが俺と少年の間に割ってはいるかのように身体を滑り込ませた。
「ジン殿、お怪我はありませんか? この者は危険です。離れてください」
少年はセフィリアが此処に来た事を不審に思い、辺りを見回すようにして首をキョロキョロさせている。
「あっちゃあ…………あれだけ居たグールが全滅したって嘘だろ? あの御方が怒ると怖いんだぞ?」
「こう言ってはなんだけど、敵対してるとは思えないほどの軽い奴だな。セフィリア、コイツは本当に何者なんだ? グールを指揮していたようだけど、コイツも悪魔なのか?」
「僕は悪魔じゃないよ。言うなれば、あの方の忠実なる僕って奴かな。自分で言うのも恥ずかしいんだけれどね」
セフィリアに質問を投げかけた筈が、いつの間にやら立ち直っていた男に答えられた。
「この者は自分から悪魔に魂を捧げた異端者です。恐らくは悪魔の契約に基づいて、強大な力を手にしたのでしょう」
「あーーー! 僕が言おうと思っていたのに、先に言うなんて酷いじゃないか」
「なんか此奴と話してると調子狂うな。まぁ其れは其れとして自分から悪魔に魂を売るなんて、どうかしている!」
「僕のことを他人に兎や角言われる筋合いは……「此れはどういうことです!?」……げっ!?」
少年が俺の言葉に対して頬を膨らませながら抗議をしていると、村の奥から1人の髪の長い女性が姿を現した。
「この有様はなんですか? 納得が行く説明をお願いしますね」
俺の目の前で駄々を捏ねていた少年は女性の登場と共に顔を青くして、しゃがみ込んでしまった。
一体、この女性は何者なのか?
そして悪魔に魂を捧げたという少年の秘密とは一体…………。