第185話 荒れ果てた大地
ガブリエルによって聞かされた、悪魔本体が存在するという風の精霊が管理する世界、更にレグリスの時のような事態を引き起こす可能性がある、火の精霊が管理する世界での悪魔討伐の2つの内、俺は火の精霊の世界を選択し、セフィリアとともに旅立った。
クロノスによって下界へと送られた俺達は気がつくと、火の精霊に出会った火口付近に立っていた。
「さて悪魔が取り憑いた人間がいると思われるのは、イスラントールとサウスラーズの国だったよな。どっちから行こうか?」
そう言いながらセフィリアの方へ視線を向けると、彼女は此方の声が聞えていないのかイスラントールの方を向いて何かを考え込んでいた。
「セフィリア? イスラントールに何か気になることでもあるのか?」
「私が生前…………というと意味が可笑しくなりますが、悪魔に取り憑かれる前まで所属していた騎士隊がイスラントール騎士団だったんです。其の時の義弟が今は如何しているのかと思ってしまいまして」
そういえば、俺と武道大会の決勝で戦った爺さんも近衛騎士隊の名誉顧問という立場だったな。
爺さんは70代だと言っていたけど、まさかセフィリアと知り合いだなんて、そんな偶然は流石にあるわけないよな。
「『義弟』って言う事は血は繋がっていない弟という事か」
「はい。戦争直前に知り合った、私にとって無くてはならない存在の彼が連れていた子供です。といっても、其の彼とも血の繋がりがない戦争孤児でしたが。剣の道に憧れているという事で共に修行をしていたのです」
「弟に会いたいか?」
其の言葉を言ってしまってから失言だと気がついたが、セフィリアの返答は予想しない物だった。
「私が天界で悪魔討伐隊として修行を始めてから、凡そ50数年の年月が経過しています。私の姿は昔と何ら変わりはありませんが、弟が生きているとすれば70歳の高齢の筈です。そんな彼の前で『私は君の姉です』なんていえる筈もありませんから」
そりゃそうだ。『貴方の孫娘です』というなら納得は出来るかもしれないな。
結婚して子供がいる事が前提だが。
「さっきの質問に戻るけど、対象者はイスラントールに1人、サウスラーズに2人だ。どちらから行けば良いと思う?」
「古巣であるイスラントールも心配ではありますが、まずはサウスラーズの2人を先に討伐してしまいましょう」
「それでいいのか?」
「はい。サウスラーズは其れでなくても驚異的な軍事国家ですから、放っておいてレグリスの時の様な死者の軍団を作られては、為す術が限られてしまいますから」
「ならば良い。そうと決まれば一刻も早く、サウスラーズの地に踏み入らねばな」
俺はセフィリアにそう言い放つとサウスラーズの国境に向けて足を勧めた。
もう一つの隣国であるスコルピオン国境の入口を示す立て看板を左手に見ながら進む事10分、漸く2人の真っ黒な鎧を身に纏った騎士が警護する国境に辿りつく事が出来た。
「其処の2人、止まれ!」
俺とセフィリアが何気ない表情でサウスラーズ国内に立ち入ろうとすると、目の前に居た黒騎士2人が手に持っていた長槍をX字のようにクロスさせて道を塞いだ。
「今現在、サウスラーズ国内は戒厳令中である!」
「此処を通りたければ、通行証を提示せよ」
当然、サウスラーズに立ち入った事がないので、通行証という物は持ち合わせていなかったが、ポケットの中を探っている素振りをしていた。
「あれ? 確か此処に入れておいた筈なんだけど、何処かに落としてきたのかな~~」
2人の黒騎士は一時も俺とセフィリアから目線を離さずに、常に臨戦態勢を布いていた。
「無いのであれば、此処を通すわけには行かぬぞ?」
その後も5分ほど、あるわけの無い通行証を探す振りをしたあと、国内に入る事を諦める素振りをして、スコルピオン国境の看板のある場所まで、来た道を戻った。
「やはり戒厳令を敷かれていたか…………」
「お気を悪くされるかもしれませんが、御質問をしても宜しいでしょうか?」
「ん? もしも通行証のことを聞きたいんだったら、そんな物最初から持って無いよ」
「だったら、何故あのような事を?」
「少しでも情報収集できないかと思っていたんだけどね。いざとなれば、あの黒騎士が俺達から僅かでも視線を外してくれていれば、其の隙を狙って強行突破していただろうけど、そんな素振りは欠片ほども見せなかったし」
「そうでしたか。ならば空を飛んで侵入するか、戻って黒騎士を襲い、突入するしかないですね」
そう言い放つセフィリアの顔は全然困っている様子はなく、どちらかと言えば荒事が好きそうな感じだった。
「騒ぎを起こして国内にいる悪魔達に感付かれては不味いからな、此処は空から侵入しよう。空を飛ぶのは大丈夫か?」
「はい。何も問題ありません」
俺はセフィリアが頷くのを眼にすると、周囲に人の気配がしないことを確認して、ゆっくりと浮遊魔法で宙に浮き出した。
セフィリアの方も全く苦になる表情を見せずに俺に付いて来ている。
俺達はそのまま空中に浮かんだ状態で国境の山道入口から遠く離れると、一気にサウスラーズ国内へと侵入した。
「このまま飛んで行ければ楽なんだけど、飛行系の魔物に襲われることも懸念されるし、誰かに見られても面倒だ。そろそろ降りることにしよう」
空からサウスラーズ国内に侵入して5分が経過したところで、漸く大地に足を下ろした。
イスラントールの国内と比較すると、サウスラーズの国内はまさに地の果てまで草木一本生えない茶色の荒野だった。
「荒れ果てた大地だとは聞いていたけど、此処まで酷いとは」
「サウスラーズはこの世界最大の面積ですが、イスラントール、スコルピオンに比べると大地は痩せていて作物は全く育つ事のない、死の大地です。其の為、食べる物は他の国からの輸入に頼るほかはないので当然の如く物価は高くなり、殺人や窃盗も当たり前のように発生します」
驚愕の事実をセフィリアから聞かされた俺はセフィリアの悪魔探知によって齎された情報を元に、枯れた大地を只管進み続けるのだった。