第184話 火の世界へ
セフィリアの俺《神》の神騎士任命式の翌日、俺は彼女を伴って悪魔討伐隊の部屋を訪れていた。
名目としては神魔戦争に備えての修行としてだが、本音をいえば下界に下りたいと言うだけなのだが。
「神王様、お待たせいたしました。今回は火の精霊が管理する世界です」
「火の精霊の世界というと、魔法学園や火山が国境となっている世界か?」
「はい。まだ確信は持てませんが、イスラントール国に1人、サウスラーズ国に2人、悪魔が取り憑いたと思われる形跡が見受けられます」
イスラントールか、最後に武道大会で戦った近衛騎士顧問のレイモンド爺さんは元気かなぁ。
「下界を調査した者によると、イスラントールとサウスラーズ国は、まさに一触即発の場面に陥っているようなのです。恐らくは、どちらかの国にいる悪魔が同胞を増やすべく、裏で色々と暗躍しているのだと思われます」
『イスラントール』という地名がガブリエルの口から発せられた瞬間、俺の後ろで跪いていたセフィリアが身体をピクッと反応させていた。
セフィリアはもしや、あの世界に何か関わりがあるのだろうか…………。
「『同胞を増やす』とは如何いう意味だ?」
「戦争で死した人間の身体をグールが操り、死なない兵士を作り上げるのです。そして死者で満たされた国は悪魔にとって絶好の領地となり、更に多くの悪魔達が召喚される地となってしまうのです」
戦争や事故などで亡くなった身体に悪魔が入り込み、致命的損傷が与えられるまで決して滅ぶ事のない、事実的人形の国と成り果てるわけか。
以前行ったレグリス国も、後1歩遅ければ同じ道を歩んでいたという訳か。
「それともう一つ。風の精霊が管理する世界でも、悪魔の存在が確認されました。此方も緊急を要する事態になっていますが如何致しますか?」
風の精霊の世界というと世界樹が魔力を吸われ枯れかけるという事件があった世界だな。
「其方はどういう事象なんだ?」
「此方は悪魔に取り憑かれた人間ではなく、悪魔本体が存在している様なのです」
「悪魔本体というと、魔将軍的な存在が其処に居るということか」
レグリス国の城で出くわした魔将軍シュバイアと名乗った男のことを思い出した途端、背筋が凍る様な恐怖心が身体を過ぎった。
「いえ、魔将軍ほどではありませんが、調査ではかなり上位の悪魔というだけしか」
片や死者の国を作ろうと暗躍している世界と、片や悪魔本人(?)が存在している世界か。
此処は悪魔にこれ以上、好き勝手をさせない為にもサウスラーズに行く方が得策だな。
「決めた! サウスラーズ国にいる悪魔を一刻も早く討伐する事にするよ」
「了解いたしました。では風の精霊の世界については、悪魔討伐隊を派遣することにしましょう」
「ああ、頼む」
こうして俺はサウスラーズ行きを確定し、下界に下りる為のカードを手に時空神クロノスの宮殿へとセフィリアを連れて足を進めるのであった。
「そういえばセフィリア、ガブリエルが『イスラントール』と口にしたときに何か動揺していたようだが、何かあったのか?」
俺がそう聞くとセフィリアはクロノスの宮殿まであと少しというところで足を止め、俯いてしまっていた。
我ながらデリカシーに欠ける事を言ってしまったと思い、謝ろうと近づくとセフィリアの口から真相が話された。
「私は元イスラントールの騎士だったのです。ある時、国に攻め入ってきた敵国の兵士に家族を殺され、気が動転していたのでしょう。其処で悪魔の口車に乗り、身体を乗っ取られてしまいました」
セフィリアが悪魔討伐隊になる前のことか。
「悪魔に取り憑かれて幾程の年月が経過していたのか、気がつくと赤い液体で身体の隅々まで染まった身体を天使様によって押さえつけられて、手首には魔錠が装着されていました」
「もういい…………」
「私は意識が無かったとはいえ、自分の犯した重大な過ちを犯しました。其の為に決して消える事のない罪を担うべく悪魔討伐隊へと志願したのです」
「もういいって言ってるだろう!」
俺は俯いて涙を流しているセフィリアを優しく抱きしめると、そっと後ろ髪を撫でていた。
見る人が見れば、必ずといって良いほど誤解するシーンから数分後、漸く我に返った俺とセフィリアは顔を真っ赤にしてお互いの顔を見れないようになっていた。
「で、では、クロノス様の元へ行きましょうか」
「そ、そうだな。あまり待たせると悪いからな」
(マスター、顔が赤いですよ~~~)
(分かっている。頼むから、それ以上は言わないでくれ!)
(一見して無敵なマスターも、色恋沙汰には弱いのですね)
その後、ルゥに散々からかわれながらもクロノスの宮殿に辿りつくと、先程のセフィリアとの遣り取りが筒抜けだったらしく、クロノスの従者として働いているイシュナムを始めとして、他のメイドたちや天使達、果てはクロノスにまでからかわれる次第となってしまっていた。
セフィリアもイシュナム達、メイド衆に『神王様の腕の中はどうだった?』と散々聞かれ、アゥアゥと動揺している。
「ミコトもすみに置けないな。駄目だよ、女性を泣かしちゃ」
「何で其の事をクロノスや皆が知っているんだ!?」
「暇つぶしに姿見の水晶を見ていたら、こっちに歩いてくる君とセフィリアの姿が見えたもんでね。何をしているのだろうと気になってみてみたら、君とセフィリアが廊下で抱き合って泣いているものだから興味が湧いてしまってね。皆を呼んで観賞させてもらったのさ、いや~~良い物を見させてもらったよ」
「そ、そんな事は如何でも良いから、下界に送ってくれよ」
「まぁ、あんまり君を苛めると後が怖いからね。良いさ、カードを見せてよ」
俺は散々クロノスの従者の玩具にされているセフィリアを呼び、セフィリアに預けていたカードをクロノスへと手渡した。
「はい、確かに。あと、精霊認識疎外の腕輪と天界帰還用の指輪を付けてと。それじゃ送るから気を楽にして…………じゃ、気をつけてね」
クロノスがそう言った次の瞬間には俺とセフィリアの姿はクロノスの宮殿から消え失せていた。
「ほらほら、何時までも呆けてないで仕事仕事。やらなきゃならない事は山ほどあるんだからね」
「「「「「はぁ~い」」」」」
そして後日、クロノスによってガブリエル達を含めた天使達を集めて、俺とセフィリアの抱き合っていた映像の大試写会が繰り広げられたのは別の話。
後から事を知って、顔から火が出るほど恥ずかしかったのは言うまでもない。
セフィリアに至っては、顔から火が出そうなほどに真っ赤になっていたが。