第183話 神騎士
地獄見学ツアー(?)から帰ってきた翌朝、何時ものように私室で朝食を摂っているとガブリエルが突然、話しかけて来た。
「神王様、お手数かとは存じますが、後ほど大事なお話がありますので御時間を頂けないでしょうか?」
俺は口一杯に食べ物を詰め込んでいた状態だった為、無言で首を縦に振る事で了解した。
「ありがとうございます。では此れより、2時間後に」
ガブリエルはそう言うと頭を深深と下げ、部屋を後にした。
部屋に食べ物と共に残された俺はというと『大事な話』という事について考えていた。
(下界で魔将軍という敵に遭った事で、もう下界に下りないでくださいと言われるのか? いや、其れなら時間を取るまでもなく口頭で話せば済む事だし。それ以外の事となると、グールに刺された事か?)
(マスター、考えていても始まりません。潔く2時間後を待ちましょう)
ルゥからはそう言われるが俺の心境から言うと、スラオシャの審判の間で罪を言い渡される罪人のような感じに陥っていた。
色々な事を考えながら食事をキッチリ終わらせた俺は、机の上で頭を抱えながら唸っていた。
それから約2時間が経過した頃、部屋の扉をノックする音が聞えてきた。
「神王様、失礼致します」
ノックする音が聞えてきた数秒後にはミカエルを始めとしてラファエル、ウリエル、ガブリエルと続き、最後に緊張した顔つきで首をキョロキョロさせながらセフィリアが覚束ない足取りで部屋に入ってきて、俺の目の前に膝をついて跪いてくる。
神話の中で聞く、セラフ大天使が揃って俺の前で跪くという行為を目の当たりにして俺の方が腰が引けていたが。
「この度はお忙しいところ、時間を割っていただき、ありがとうございます」
全員が揃ったところで先頭で跪いていたミカエルが話を切り出してきた。
「話というのは他でもありません。先日の神王様自らが悪魔討伐に出かけられたことについてです」
やっぱり予想していた通りだったか。
「神魔戦争から数百年もの間、行方を眩ませていた魔将軍が姿を現したという事をセフィリアからの報告書で聞き、驚きました。まるで神王様が御光臨なされる、この時を待っていたかのように」
やっぱり魔将軍についての事だったか。次の言葉は『金輪際、下界には降りないでください』かな?
「以上の事から近いうちに、天界vs魔界の神魔戦争が新たに展開する恐れがあります。其処で此度の御時間を頂いた意味になるのですが、神王様直属の神騎士隊を作ろうかと思っているのですが宜しいでしょうか?」
「へっ? 神騎士?」
「はい。天界に攻め入られた時には、我等が全力をもって神王様を御守りいたしますが、其の際に悪魔達とは交戦せずに、神王である貴方様を守護する神騎士隊を御作りになられてはどうかと」
「それなら俺に反対する理由は無いな。人選は如何いうことになるんだ?」
「僭越ながら私が顧問として、ガブリエル、ラファエル、ウリエルが指導役に。神騎士となる者は我等も探しますが、神王様も悪魔討伐隊や天使などと言った中から気にいられた者を組み込んでも構いません」
「誰でも良いのか? 何処から連れてきても?」
「いえ、オーディーン様のヴァルキュリア隊以外でお願い致します」
ヴァルキュリアって、戦乙女の事か…………本当にいるんだな。
神騎士という言葉を聞いて、ふとガブリエル達の後ろで跪いているセフィリアに眼を遣ると、熾天使達の神気に当てられたのか青い顔で身体全体を振るわれていた。
セフィリアは共に剣をあわせ、下界にも一緒に降りて悪魔を討伐したりしてたし。うん、決めた!
「神騎士となる者はヴァルキュリア以外からなら、俺が勝手に連れてきて決めても良いんだよな」
「はい。構いません」
「じゃあ、ガブリエル達の後ろで控えているセフィリアを最初の1人として神騎士に任命する」
俺がセフィリアを指差しながら、こう言うと熾天使達は一斉に彼女を睨むような視線を浴びせる。
「私が神王様の神騎士にですか!? そのような恐れ多い事が私に勤まるかどうか」
「セフィリアの実力は、下界で共に戦った俺が一番良く分かっている。他の者が何と言おうが、俺はセフィリアを諦めるつもりはない。今日、この場で返事を聞かせてくれ」
聞き方によっちゃあ、恋人に告白するように聞かれても可笑しくないな。
俺は火照る顔を引き締めるように表情を固くしてセフィリアの返事を待っていた。
「御拝命、賜りました。未だ修行中の身で何処まで御力になれるか分かりませんが、仰せの通りに神騎士を務めさせていただきます」
「では、他の騎士に関しましては我等が候補を出しておきますので、では後ほど」
そう言ってミカエル、ラファエル、ウリエルは騎士隊の編成の手続きがあるとかで俺に対して深深と一礼した後に部屋を出て行った。
部屋の中にはガブリエルと、今になって身体に震えがきているセフィリアとが残されていた。
「大事な話っていうから、てっきり『金輪際下界に下りるな!』とか言われるんじゃないかと思ったよ」
「私も神王様の身を案じて、出来れば下界に下りないで欲しいとは思っているのですが、来るべき神魔戦争に備えて経験を積んで欲しいというのが、ミカエル様のお考えのようです」
ガブリエルと会話していると俺達の他に部屋に残っていたセフィリアが意を決して声を放った。
「あ、あの、本当に私如きが神王様の神騎士になっても宜しいのでしょうか?」
「セフィリアは反対なのかい?」
「私は悪魔討伐隊となって、54年しか経っていない若輩者です。討伐隊の中には、私なんかが足元にも及ばない方々が犇いています。そんな方々を差し置いて、私が最初の神騎士というのは」
「そう自分自身を卑下するものではない。何十年、何百年天界で修行したとしても其れが必ず強者とは限らないだろう? 人の居ないところで鍛錬をサボっている者もいれば、1分1秒を大切にして一生懸命強くなろうとしている者もいるだろうしな」
「神王様の仰るとおりですよ。貴女の努力が実を結ぶ時が来たのです。胸を張って、神騎士に指名してくださった神王様を裏切らないように頑張りなさい」
「は、はい! ありがとうございました」
そうしてセフィリアはミカエル達とともに部屋に入って来た時の表情を一転させて、元気よく部屋を後にした。
後日、セフィリアが俺の神騎士になったという事を周りに知らしめる為に、俺が下界に行く時に着ていた神鎧に似た白い鎧を『神々の儀』を行なった会場で、沢山の天使達が見つめる中で大袈裟に目立つようにガブリエルがセフィリアに送っていた。
其の鎧を着たセフィリアに手を叩いて心から祝福する者が8割、ムスッとした顔で嫌々ながらに手を叩いている者が1割、会場の巨大な柱の影でセフィリアを睨みつけるような表情でヒソヒソと何かを噂している天使や神達が数人見受けられていた。
恐らくはセフィリアが俺直属の騎士に選ばれたのが気に入らないのだろうな。
来るべく神魔戦争に備えて、仲違いをしている暇は無いというのに前途多難なことだ。
後日、ミカエルにより選ばれた神騎士候補10人がラファエル、ウリエルの元で本格的な訓練をし始めたようだ。
ただ、話に聞くところによれば自分の悪魔討伐隊に於ける、ランクに胡坐をかいていたようで今のままの実力で言えば、セフィリアの足元にも及ばないのだそうだ…………。