第175話 下界への同行者
結局、朝になってもガブリエルが戻ってくる事はなかったものの、テーブルの上には調理して直ぐのようなホカホカの湯気が立ちのぼる、美味しそうな料理が並べられていた。
「恐らくは仕事が忙しいんだろうけど、俺の世話役としての仕事は的確に済ますんだな」
俺は此処にはいないガブリエルに感謝しながら朝食を済まし、下界降りのことを聞くためにクロノスがいる『時の宮殿』に行く事にした。
天界の廊下を歩くたびに人海が割れ、其処にいる天使達の全員が全員俺に対して膝を床について礼を尽くすと言う、現代人の自分から見れば芝居を見ているかのような、大袈裟すぎる行為が『天空の門』に到着するまで続けられた。
「やっと到着した。この天界で俺が一番偉い『神王』という立場にいることは分かるけど、此れだけは一向に慣れる事はできないな」
そう独り言を呟きながら『天空の門』から『時の宮殿』へと続く、長い回廊を進むこと数分後、漸く宮殿に辿り行く事ができた。
「おや? 朝から疲れたような表情をしているね。昨日の決闘の疲労が抜け切れてないのかい?」
「いや、そういう訳でも無いんだけど。廊下を俺が歩くたびに皆が皆、跪くのは如何しても慣れないんだ」
「それは仕方が無いよ。君は天界で一番偉い立場にあるんだから、一刻も早く慣れないとね」
「分かってはいるんだけど、どうもね…………」
「それはそうと、此処に来た理由は下界に下りる詳しい説明を聞くためだね?」
「下界行きの決闘も滞りなく終了したから、もう問題はないだろうしね」
「今、お茶を用意させてるから、それが来てから話をしようか」
それから数分後、メイド服を着たイシュナムの手によって良い香りのする紅茶が運ばれてきた。
「失礼致します。お茶をお持ちいたしました」
「ん、ありがとう。下がって良いよ」
「イシュナムも段々とサマになってきたようだね」
「ありがとうございます」
イシュナムは俺に対して穏やかな笑みを浮かべると、一礼して戻っていった。
「今、彼女には礼儀作法を教え込んでるんだ。此処は色々な神や、下界に降りる討伐隊が訪れる場所だからね」
「そうか。元気でやってるみたいだし、安心したよ」
俺はイシュナムが戻っていった方向を何時までも見つめていた。
「さてと、飲み物も来たことだし説明をしようか」
「あ、ああ頼むよ」
「それじゃ早速だけど、コレとコレだね」
そう言ってクロノスがテーブルの上に置いたのは、少し前に見た七色の光を放つ腕輪と銀色の指輪だった。
「腕輪と指輪はこの前も言ったとおり、精霊の認識を妨げる効果のある物と天界に戻るために必要な物だよ」
俺はもしも、悪魔の攻撃によって腕輪が砕けた場合はどうなるのかと聞いてみたのだが、クロノス曰く『腕輪の素材はオリハルコンで作られているから、余程の攻撃じゃない限り壊れる事はないよ』と簡単な言葉で説明された。
「あとは下界に行くにあたって何よりも重要な物として、悪魔がどの世界のどの場所に現れたかを示すカードが必要になるんだ」
「カード? 其れは何処に行けば手に入るんだ?」
「君が昨日セフィリアと決闘した地下訓練場に降りる階段の傍に、世界の情報を収集して悪魔を討伐するための人員を派遣する部屋があるんだけど、其処で世界名、日付、時間が書いてあるカードを受け取ってきて欲しいんだ。 それがあれば僕の力で君をその場所に飛ばす事ができるしね」
「でも自分で言うのもなんだけど、そんな場所に俺が下界に行くためのカードを取りに行ったら大騒ぎにならないか?」
「其処にいるのが普通の天使なら大騒ぎになるだろうけど、其処を管理しているのは君も良く知っているガブリエル達だからね、大丈夫だと思うよ。今頃は君を何処に派遣するかで揉めていると思うよ」
それでガブリエルは姿が見えなかったのか。
「それに君の立場上、誰かが同行すると思うから単独で下界に行く事は無いと思う」
「誰かって例えば、ガブリエルとかウリエルとかってこと?」
「う~ん、原則として熾天使みたいな神気が強い者が下界に下りることは緊急事態でない限りは禁じられてるからね。行くとすれば、悪魔討伐隊の誰かを護衛として一緒に行く事になるかと思うよ」
悪魔討伐隊の『誰か』なら決闘つながりで俺と面識のある、セフィリアが一緒に来てくれないかな。
「話は以上だけど、これから直ぐにカードを取りに行くのかい?」
「『善は急げ』って言うからね。直ぐ行って貰って来るよ」
「言葉の使い方が違うような気もするけど、カードを手に入れたら同行者を連れて此処に来てよ。腕輪と指輪を君の手に術で外れないように装着するからさ」
「分かった。行ってくるよ」
そう言って俺は下界行きが楽しみと言う事もあり、全速力で教えられた部屋へと向かった。
「失礼するよ!」
「は、はい!?」
俺が部屋に入ると両手に持っていた書類をバサバサと床に落とし、慌てふためく女性天使が見受けられた。
そんな天使が床に散らかした書類を避けるように、部屋の奥から歩いてきたガブリエルが俺に一礼すると部屋の片隅にある個室へと誘った。
「神王様、お待ちしておりました。此処ではなんですので、どうか此方に」
ガブリエルに案内されるままに個室へと到着すると、其処にはミカエルが待ち構えていた。
「神王様、ようこそいらっしゃいました。決闘の事をガブリエルから聞き、驚きましたぞ」
「心配させたようで済まなかった」
「いえ、終わった事を何時までも引き摺っていても仕方ありません。此方に御出でになられた理由は、下界に下りるためのカードを受け取りに来られたという事で宜しいでしょうか?」
「ああ、頼む。それとクロノスから聞いたんだけど、下界への同行者については、昨日対戦したセフィリアを指名させて欲しいんだが構わないか?」
「その事も此処で決めようと思っていたのですが神王様のお望みどおり、セフィリアを貴方様の専属とすることにしましょう」
「ありがとう。よろしく頼む」
「それでは簡単な説明を致しますと、基本的に天界は下界について無闇に拘る事を禁止しているのですが、悪魔が発見された場合は別です。私達は其れをクロノス様の御力で過去へと飛び悪魔を討伐するのです」
「それじゃ今の現状を見て、事の始まりとなった時間枠に飛んで問題を解決すると言う事か?」
「仰るとおりで御座います。今あるカードですと、HR-5329になります。分かりやすく言いますと光の精霊が管理する世界の北の端にある、レグリスという国ですね」
レグリスって確か、悪逆非道な皇女と王妃が国の民を遊び半分で殺している国だよな。
と言う事は2人の内のどちらか、もしくは双方が悪魔憑きの可能性があるという訳か。
「どうなさいますか?」
「じゃ、その世界に行く事にするよ。カードの発行とセフィリアの準備を頼む」
「畏まりました」
ミカエル達は俺に深々と頭を下げるとガブリエルは足早に部屋を出て行き、ミカエルはパソコンのような物を操作してカタカタカタカタッと何かを打ち込んでいる。
その後、神話の世界を思わせるような厳かな雰囲気を醸し出す天界には不釣り合いな、見たこともない最新鋭のコンピューターから発行されたカードを手渡された俺は、セフィリアが部屋に来るまでミカエル達と世間話をして過ごしていた。