第174話 ガブリエルの目論見
なんとか形になったかな?
下界行きを賭けて、悪魔討伐隊の兵であるセフィリアに何とか勝てたまでは良いのだが、最後の最後で『神王』だとバレないようにと被っていた仮面が割れ、正体を晒してしまうと言う結果になってしまう。
割れてしまった仮面は床に落下する事で更に砕け、原型を止めないほど細かい破片となってしまった。
「ま、まさか神王様!? えええぇぇぇぇぇーーーーー!!」
舞台上で勝負に負けて項垂れていたセフィリアは、対戦相手が『神王』である俺だと分かった直後、腰が抜けたのか何時まで経っても立ち上がれずにいた。
セフィリアが発した甲高い悲鳴は瞬く間に訓練場内へと響き渡り、『何事か!?』と悲鳴を聞きつけた天使や、他の悪魔討伐隊の面々が走りこんできて、蜂の巣をつつくような大騒ぎに発展してしまった。
幸いにもミカエルに叱責されたのと、自分の計画が文字通り音を立てて砕け散ったことで項垂れていた熾天使ガブリエルとウリエルが冷静に場を沈静化したため、思っていたよりも大騒ぎにならずに済んでいた。
ガブリエル曰く、俺が此処にいる理由としても『神王』である身分を隠して、御忍びで訓練を見に来たと言う事になった。
その後は何時までも此処にいては、悪魔討伐隊の皆が訓練にならないと言う理由で自室へと当事者のセフィリアを連れて引き揚げる事にした。
「此処なら俺達以外は誰も入って来られないから、ゆっくりと話が出来るな」
「し、神王様? 私如きが口を出すのは恐れ多い事かとは思いますが、どうしてあのような事を?」
セフィリアは決闘の疲労からか緊張からかは分からないが、今にも倒れそうな身体を壁に預けながら、恐る恐る問いかけてきた。
「正直言うと、事の元凶は俺なんだよ。俺が下界に下りたいと口にしたのが、全ての始まりなんだ」
セフィリアは頭に幾つもの、『?』マークを浮かばせながら困惑した表情で見つめてくる。
(関係ないけど俺も男だし、セフィリアほどの強くて綺麗な女性に見つめられるとなんだか照れるな)
(マスター、鼻の下が伸びてますよ)
俺は不意にルゥから指摘を受けて顔を引き締めると、何故セフィリアと対決する事になったのかを詳しく説明した。
「という訳だったんだけど、理解してもらえたかな?」
「はい、大まかなところは。つまりは私と勝負をして勝つ事が出来たら、其処にいるガブリエル様が神王様の下界行きを許可するという話だったのですね」
セフィリアは穏やかな口調で話すも、目線だけは部屋の片隅にいるガブリエルから外さなかった。
「それにしてもセフィリアの強さには恐れ入ったよ。俺も少しは剣の腕には自信があったんだけどな」
「いえ、滅相も無い。そんな事よりも神王様に御怪我がなくて何よりでした」
「俺は身体だけは異常なほどの治癒能力を持ってるからね。並大抵の事では傷を負うなんて事はないさ」
部屋にいるガブリエルもその事を完全に見落としていたのか、更に項垂れる表情になってしまっていた。
「では神王様、お疲れでしょう。今日はごゆるりと休まれてください」
そういえば天使長ミカエルがあの場にいたけど、神々の儀で会ったメタトロンやサンダルフォン等と比べると、どっちが偉いのかな。
というより、此処には一体何人の天使がいるんだ?
俺は部屋の隅で表情が暗くなっているガブリエルが心配になり、大丈夫かどうか問いかける。
「何か怒られてるみたいだったけど、大丈夫なのか?」
「はい。元はと言えば、私の身から出た錆。潔くミカエル様の御叱りを受けてこようかと思います」
「どんな物かは知らないけど、気をつけてな」
「お心遣い、有難うございます」
ガブリエルは背中の翼を器用に折りたたみ、身体を前に折り曲げて深深と頭を下げた。
「それでは私も訓練がありますので、此れで失礼致します」
ずっと恐縮していたセフィリアも、この機とばかりに姿勢を整えて頭を下げてきた。
「今回は迷惑をかけてすまなかったね。また機会があれば手合わせしてくれるかな?」
「わ、私のようなものでよければ、何なりとお申し付け下さい」
「うん。ありがとう」
その後は更に身体を萎縮させたセフィリアが、何回も何回も丁寧な御辞儀を繰り返しながら部屋を後にしていった。
「彼女も自分の身分では到底、お目にかかれない神王様を前にして緊張しどうしだったようですね」
「セフィリアに相対した時の体術というか魔術には見覚えがあるんだけど、彼女は何者なんだ?」
「彼女は『とある理由』で天界へと遣ってきた下界人です。その後は何十年もの間、訓練を重ね、悪魔討伐隊の一員として此処にいます」
「何十年!? 彼女はエルフには見えないんだけど。それに『とある理由』とは何だ?」
「い、いえ、口が過ぎました。さぁ食事に致しましょう。決闘でお疲れになっていると思いますので、御身体を整える物を作らねばなりませんね」
明らかに何かを隠しているかのような素振りで俺の質問をはぐらかすと、食事を作るために移動していった。
数分後、俺が用意された料理を口にしていると部屋の扉をノックする音が聞え、ウリエルが部屋を訪れた。
それから何か一言二言会話した後、『失礼致します』と言う声と共にウリエルとガブリエルは部屋を後にする。
その後、俺が就寝するまでガブリエルが部屋に戻ってくる事はなかった。