第173話 下界行きを賭けて決闘
相変わらず戦闘描写は苦手ですが、なんとか形になりました。
自分の部屋で鼻頭から額までを、眼のところだけ空いている白い仮面で隠して自分が『神王』だとばれない様に口調をも変えてガブリエルに道案内されるまま、地下訓練場へと辿りついた。
其処には昨日見た、熾天使ウリエルと訓練場の舞台の上で柔軟体操をしている女性、それに『神々の儀』で見た、天使長ミカエルと何やら言葉を交わしている時空神クロノスの姿までもがあった。
「クロノス様!? 何故、此方にいらっしゃるのですか? それに、どうしてミカエル様まで」
クロノスが其処にいることに逸早く気がついたガブリエルが、驚愕の表情を見せながら問いかける。
が、クロノスが口を開く前にクロノスの前で膝をついて畏まっている熾天使ミカエルがガブリエルを睨みつける。
「ん? ああ、なんだか面白いイベントが行なわれるって小耳に挟んだものでね」
「ガブリエル………これは一体如何いうことだ? ウリエルから事を聞いて吃驚したぞ」
クロノスの前にいるミカエルがガブリエルを睨むような目線で威圧感のある声で話しかけてくる。
「申し訳ありませんミカエル様。あの御方の予ねての御要望で」
そういってガブリエルは舞台上で柔軟体操している女性に気取られぬように目線を一瞬だけ俺に合わせ、目の前で睨み付けているミカエルに謝罪した。
「ふむ、御顔を隠しているということは何か事情があるようだな。詳しい報告を後ほど、ゆっくりと時間を掛けて話してもらうぞ?」
「…………はい」
ガブリエルは今から刑を執行されようとしている、罪人の様な青い顔で表情を曇らせながら返事をした。
ミカエルは舞台上の女性からの視線が届かない場所で俺に軽く頭を下げると、地下訓練場を後にしていった。
一連の会話が為された後、俺はガブリエルに促されるまま訓練用の剣を持って舞台へと上がる。
「貴方がウリエル様が仰られていた『自信過剰の愚か者』ですか。その自信、ガブリエル様の目の前で粉々に打ち砕いて差し上げます」
「ふん、出来もしない事を易々と口にするべきではないな」
「なんですって、もう一度言って御覧なさい! 剣の錆びにしてあげます」
ガブリエルは彼女を本気にさせるために何処まで言ったのか、今すぐにでも飛び掛ってきそうな感じを醸し出していた。
その後、俺と彼女との睨みあいが続く中、視線を断ち切るかのようにウリエルが舞台へと上がり、ルールを説明しだした。
「闘技訓練のルールだが、急所への攻撃は禁止とする。勝敗については戦意喪失もしくは、舞台の外に出た時点で失格とする。他になにか質問等はあるか?」
「使用するのは訓練用の剣だけでしょうか? 魔術・体術等の使用は可能ですか?」
「先に言った通り、急所への攻撃を行なわない限り有効とする」
「わかりました。質問は以上です」
「よし! それでは此れより、悪魔討伐隊所属セフィリアvs挑戦者ジンの闘技訓練を開始する!」
因みに『ジン』とは俺の偽名として、ガブリエルに考えられた物だったりする。
というより、俺に一言の相談もなかった所為で、言われるまで分からなかったのは言うまでも無い。
「では双方構えて、礼。はじめ!」
ウリエルは開始の合図として、垂直に伸ばした腕を勢い良く振り下ろした瞬間に先手必勝とばかりにセフィリアが剣を振り上げて襲い掛かってきた。
『ガキンッ! ギギギギィーーーー!』
俺は咄嗟の事で反応が僅かに遅れたが、セフィリアの攻撃を受け止める事ができた。
だが、『彼女の何処にこれほどの力があるのか?』と思わせるほどに其の攻撃は重く、剣を持っている腕が一瞬、震えるほどだった。
「どうやら口先だけでは無いようですね。ですが、油断大敵ですよ!」
セフィリアは俺との鍔迫り合いをしながら隙を見て、蹴りを放ってくる。
俺は咄嗟に蹴りを避けるが、体勢を崩したところで横薙ぎに剣を振るってきた。
1の攻撃が避けられても、2、3の攻撃が連鎖的に逃げた俺を襲ってくる。
「最初の元気は如何しました? 防戦一方じゃないですか。少しは本気を出してもらわないと面白くないですね」
セフィリアは俺から距離を取ると、持っていた剣を杖代わりにして呆れた表情で立っている
「まったく、神王様の御光臨を見逃したばかりか、このような事につき合わされるとは、私も運がありませんね。『八つ当たり』ではありませんが、少し付き合って頂きましょうか」
自分と相対しているのが神王だと分かった場合、どんな表情を見せてくれるんだろう。
一瞬だけクロノスの居る方に眼を遣ると、此方を見ながら明らかに笑いを堪えているような表情を見せていた。
「何処を見ているのです?」
そんな声が聞えた次の瞬間、俺は攻撃を受けて数mの距離を吹き飛ばされた。
「闘技中に余所見とは感心できませんね。私も舐められたものです」
「あれほどの距離を一瞬で!?」
俺とセフィリアとは、かなり離れていたはずだ。
其れをほんの一瞬、眼を離しただけで移動してくるとは…………。
「『瞬動』という言葉を聞いたことはありませんか? 属性で言えば風の魔法ですね」
確か『火の精霊』の世界での武道大会でフィンケルが一瞬で移動する術を使っていたな。
だとすると、セフィリアはあの世界の魔術師兼戦士ということになるのか?
その後、小一時間にも渡って剣を打ち合っていたが一向に勝負はつかなかった。
其処で俺は、数々の難敵を打ち破ってきた魔法剣が訓練用の剣で出来るか試してみることにする。
「ルゥ以外に出来るかどうか…………」
「何をブツブツと言ってるか知りませんが、此れで終わりにします」
『魔法剣』が使えなければ俺の負け、もし使えることが出来れば…………。
願いが叶ったのか徐々に俺の腕から、剣に魔法が流れて行っているのが感じられた。
「これで!」
咄嗟の事だったが魔法剣はなんとか完成し、中段に剣を構えて瞬動で目の前に出現したセフィリアの剣目掛けて勢い良く剣を振り下ろす。
「な、なにっ!?」
流石に剣の強度が足りなかったのか、俺が振り下ろした剣とセフィリアが持っていた剣は略同時に砕け、攻撃を受けたセフィリアの身体は衝撃で吹き飛ばされるようにして舞台を滑っていく。
そして場外まで残り2mというところで、半ばから折れた剣を舞台の石畳の隙間に突き刺して蹲った。
「この攻撃は一体…………何があったというの!?」
セフィリアは折れた剣で身体を支え、何とか立ち上がろうとするも両膝が哂い、立ち上がることは出来なかった。
俺は酷だと思いながらも勝敗を決すべくセフィリアが使用したのと同じ、風の魔法で彼女の目の前に高速移動すると、彼女を場外へと蹴り出した。
その時、セフィリアは最後の抵抗とばかりに身体を支えていた折れた剣を投げた。
その拍子に俺の顔を覆っていた仮面に折れた剣が吸い込まれるようにぶつかり、細かな皹が生じた。
「それまで! セフィリアの場外により、勝者ジン!」
場外で尻餅をついて茫然自失となっていたセフィリアが即座に起き上がって舞台に戻るも時既に遅く、審判であるウリエルによって俺の勝ち名乗りが上がっていた。
「あぁ、勝ってしまわれた。こんな筈ではなかったのに」
「申し訳ありません、ガブリエル様。私の力が後一歩及ばずに」
セフィリアは舞台上でガブリエルに対して、土下座をするような格好で謝罪する。
「面白かったよ。いつでも下界に降りれるようにしておくから、事が決まったら『時の宮殿』に来てよ」
クロノスもそう言いながら、右手を振って地下訓練場を退出していく。
そして俺は項垂れるガブリエルを余所に舞台上のセフィリアに近づくと右手を差し出した。
「どちらが勝っても可笑しくない試合だった。 また機会があれば、再戦してくれるか?」
『ピシッ………』
「此方こそ良い勝負でした。どうやら天狗になっていたのは、私の方だったようですね」
『ピシピシピシピシッ………』
俺の差し出した右手を、蹲っていたセフィリアが握りしめたと同時に俺の顔を覆っていた仮面は完全に砕け散り、白い破片となって舞台上に散らばった。
「ん? 仮面が………って貴方は神王様!?」
「バレたか。まぁ良いや、もう終わった事だし」
「えええぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!?」
その後、『天界中に響き渡るのではないか?』と思われるほどの大絶叫を上げ、其の場で固まったセフィリアと、その悲鳴とも言える声を聞きつけた他の悪魔討伐隊の面々が、何故神王である俺がこのような所にいるのかと大騒ぎになったことは余談である。
俺が勝利したのに、ガブリエルやウリエルも何故か元気がないようだった。