第171話 下界に降りる方法
何とかクロノスを説得できた俺は此処に来た最大の理由である、本題を話すことにした。
幸いにもクロノスが人払いをしてくれた御蔭で、大騒ぎになることは回避できた。
「実は此処だけの話なんだけど、下の世界に降りるには如何したら良い?」
「下の世界か。本来は規則上、一旦は天界に身を置いた者が現世に拘ることは禁じられてるんだ。ただ一つの例外を除いてね」
「一つの例外?」
クロノスは『考える人』のようなポーズをとると、徐に話し出した。
「たとえば、とある国の温厚そうな人間がある日突然に人が変わったように非道な行いをするようになったりとか、昨日まで散々苛められていた者が翌日、虐めをした者を皆殺しにしたという事だね」
「確かに聞いていれば、不自然な事が多すぎるな」
「此れを天界の言葉で『悪魔憑き』と呼んで、内密に人知れず始末しているんだ。悪魔や悪霊に身体を乗っ取られた人間は身体ごと浄化しないと、次から次へと『魔』を呼び込んでしまうからね」
「俺自身が其れに参加するには如何したら良い?」
「君は仮にも天界で一番地位が高い人物だしね。おいそれと了承されるとは思えないけど、もしも皆を説得できて現世に降りれるようになった時は、必ずコレを身につけて行動してくれ」
そう言ってクロノスが懐から取り出したのは、七色の虹のような光を放つ腕輪だった。
「この腕輪はその世界を管理する各種精霊の認識を阻害する効果がある。もしも腕輪を装着せずに昔の自分が其処にいる世界に下りたとすれば、精霊は2人の君を探知してしまうという事になる」
「確かに、片や宿屋に泊まって寝ている俺と片や荒野を歩いている俺が認識されては面倒だしな」
「理解が早くて助かるよ。そしてもう一つはこれだ」
クロノスがそう言って、再び懐から取り出したのは銀色の指輪だった。
「其れは?」
「下界に下りた後、再び此処に戻ってくるための道具さ。天使や他の天界に所属する者が一緒に行動すれば、その心配はなくなるんだけど、もし万が一にでも仲間が悪魔に倒される事態にでもなったら、此方から迎えに行かない限り天界に戻ってくる事は出来ないんだよ」
俺が天界に戻らなければ、誰かが心配して何らかの方法で居場所を突き止めて迎えに来てくれるだろうけど、他力本願は嫌だしなぁ。
「もし下界に下りることが決まったら、指輪を渡すから此処に来て。僕の力で指輪が外れないように固定するから」
「今固定してしまったら駄目なのか?」
「この指輪は高濃度の神気に長時間当てられると消滅してしまうんだ。僕達のいる、この場所は天空の門の外だから問題はないんだけど。もしも指輪を持って天空の門の内部に入ったら、ものの1時間もしないうちに崩れ落ちてしまうだろうね」
「神気に当てられて消滅するのなら、下界には俺1人で行かないと駄目って言うことになるのか? だってそうだろ? 神気に当てられるなら天使と行動を共にするなという事なんだろうしさ」
「それは大丈夫。神気って言っても、天使で例えるとすると1000人ぐらいが共に行動しても、どうって事は無いさ」
天空の門の内部の天使がウヨウヨしている空間に指輪を持ち込むと消滅するが、天使1000人と行動を共にしても大丈夫?
「何か矛盾して無いか?」
「説明は最後まで聞きなよ。長生きできないよ?」
クロノスに言われると説得力がないような気もするが・・・・・・。
「今、変なこと考えたでしょ? まぁいいや、続けるよ。下界に下りる天使は世界を壊す恐れを懸念して神気を10%以下にまで抑えるんだ。まぁ、神気を抑えられても、身体には何の影響も出ないから大した問題は無いんだけどね」
「そうか、分かった。じゃあ、その時にもう1回来るよ。イシュナムに宜しく言っといて」
そう言って俺はクロノスに手を振りながら宮殿を後にした。
クロノスの宮殿から『天空の門』を抜けて、自分の部屋に着いた頃には既に時刻は夜7時を指していた。
「神王様、お疲れ様です。お食事の御用意を致しますので、椅子に腰掛けて暫くお待ちになっていてください」
「夕食が終わってから、ガブリエルに相談したいことがあるから少し時間をもらえないか?」
「? 分かりました」
その後は俺のために用意された食事を平らげ、時刻は8時になろうかというところで下界に行きたいという話を持ち出したのだが…………。
「絶対駄目に決まっています! 下界での悪魔退治は私達に任せてください。神王様にもしもの事があれば、悔やんでも悔やみきれません」
「どうしても駄目か?」
「駄目です!」
「悪魔に俺が負けることを想定しているのなら、俺が悪魔より強いという事を証明出来れば良いんだな」
「一体、何をするおつもりですか?」
「実際に下界で悪魔退治を生業にしている者と真剣勝負して俺が勝つ事が出来れば、問題が無いといえるんじゃないか?」
「危険です! 天界の者が下界へと赴く場合、神気を大幅に下げます。その為、天界にいる者と勝負という事になりますと、本来の力で貴方様と戦う事になるのですよ!?」
「力が削られる事はクロノスに聞いて知っている。それでも戦おうというんだ」
と半ば喧嘩腰になってガブリエルと言い合いをしていると、不意にウリエルが部屋に入ってきた。
「何か楽しそうな事を考えてらっしゃいますね。 面白そうじゃないですか」
「ウリエル! 無責任な事を言わないで! 神王様になにかあったら貴方は責任を取れるの!?」
「ガブリエル、ちょっとこっち来て」
ウリエルはガブリエルを手招きして部屋の奥へと行くと、俺に聞えないようにして内緒話をしだした。
「少し危険な賭けだけど、一度戦ってもらって完膚なきに負けてもらえば、もう2度と『下界に行きたい』なんて大それた事は言わないさ」
「神王様に怪我をさせるつもり?」
「訓練用の刃を潰した武器を使ってもらうから良くて打撲、悪くても骨折程度だよ。それに君という、優秀な治療術師もいる事だから心配ないよ」
「それでも万が一にでも、神王様が勝ってしまわれたら如何するの?」
「そうだなぁ~~その時はラファエルやカマエル達も誘って、僕達が神王様と一緒に下界に下りるというのはどうだい? 神王様の態度を見る限りでは、とても折れてくれそうにないからねぇ」
「でも私達が下界に下りることは規則で禁じられてる筈よ」
「それは後でミカエル様に頼んでみるさ。それより如何する?」
「仕方ありませんね。対戦相手はアテがあるのかしら?」
「ああ、ついさっき下界から戻ってきたばかりの奴がいるからソイツに任せるとするよ。 でも相手が神王様だと本気で打ち合い出来ない可能性もあるから、何か良い手を考えないと」
「それなら確か、此処の箪笥の中に…………あった! コレを使えば良いと思うわ」
そう言ってガブリエルが箪笥の引き出しを引っ掻き回して取り出したのは、鼻から上を隠す、眼の部分だけが開けられている白い仮面だった。
「何でこんなものがあるのさ? それにしても君も乗り気じゃないか、どういった心境の変化だい?」
「神王様が御怪我をするのは耐え忍び無いけど、此れで下界行きを諦めてくださるなら我慢します。それに御怪我をされたとしても、治療をダシにして仲も深められますし一石二鳥というものですわ」
「やれやれ、自分から提案を言い出した事とはいえ、心配になってきたね。大事にならなければ良いけど」
2人は興奮するあまり、内緒話であった事を忘れ何時しか大声を発していた。
まぁ、そうでなくても高性能な耳を持っている所為で、最初から最後まで一句逃さずに丸聞こえだったが。
(マスター、大丈夫なんですか? 事の成り行きを見る限りでは、大変危険なようにも感じられるのですが)
(最初から諦めていれば、何事も成功しない。精一杯頑張るだけさ)
(ウリエル様やガブリエル様の口調からして、可也の自信が見られますが?)
(何とかなるだろ。たぶん…………何とかなってくれるといいなぁ)
今になって心配になってきたが、絶対に後には引けない思いで決闘を心待ちにするのであった。
ただ、この時ガブリエル達は大変な事を忘れていた。
ミコトが通常では考えられないほどの、異常過ぎる自己再生能力を持っていることを。