第168話 俺の魂の秘密
この話でガブリエル以外の熾天使を出す予定でしたが、どうやら次回に持ち越しになりそうです。
翌朝、眼を醒ました俺を待っていたのは、テーブルに置かれていた美味しそうな香りのする料理と、部屋の入口付近で此方に対して頭を下げているガブリエルの姿だった。
「神王様、おはようございます。よくお休みになられましたでしょうか?」
「あ、ああ、ガブリエルか。おはよう」
綺麗な女性が眼が覚めて直ぐ傍にいるという光景に戸惑いはしたが、『そういえばそうだったな』と気分を落ち着かせた。
「朝食を用意してありますので、お顔を洗った後でお召し上がり下さい」
「昨日の御飯も美味しかったけど、今日のも良い香りがするね」
「有難うございます」
俺はガブリエルに言われるとおりに洗面所へと向かい、寝ぼけ眼をシャキっとさせると朝食が冷めないうちに口へと運んだ。
「では食事中ではございますが、これからの御予定を説明させていただきます。現在の時刻は午前7時です。これから朝食を終え、午前10時から『神々の儀』を執り行う予定です」
「神々の儀? 皆の前で俺が新しい神になったことを挨拶するのか?」
「いえ、神王様は椅子に座っておられるだけで結構です。時折、天使や他の神々の挨拶に対して相槌を打ってくれるだけで結構です」
「良かった。俺って凄い口下手だから大勢の前で何かを発言しろと言われたら、緊張で倒れてしまうところだよ」
「くすくすっ、神王様ったら御冗談ばかり」
一応は本当の事なんだけどな…………俺ってそんなに神経が図太く見られているのか?
そうこう話している間に食事が済んだので、少し気になっていることを聞いてみる事にした。
「なぁガブリエル、少し聞いておきたい事があるんだけど良いかな?」
「何でございましょう? 私に答えられる事ならば、なんなりと」
「精霊の話では、先代の神が俺を後継者として選んだと聞いていたんだけど、天界には俺以外の神々が沢山いるわけだよな? 天界に来たばっかりの俺が此処で一番偉い神になっても良いのか?」
「そのことを話すには先々代の神王様まで遡らねばなりませんね。あまり時間がないので簡潔に申し上げますと、先代の最高神様までは指名制だったのですが、数千年前に繰り広げられた神の軍勢対悪魔の軍勢の争い、後の神魔戦争に於いて本来の神の後継者である先代の御子息はお亡くなりになられ、先代の神王様も病に臥されました」
『神』対『悪魔』の戦争か。
戦争の規模がどれくらいだったのか想像もできないな。
「その後、長い年月をかけて探し続けた結果、貴方様の魂が今は亡き、先代の御子息の生まれ変わりだと言う事が判明し、密かに我々の手で御守り続けていたのですが、悪魔達も我々の行動から事情を知って始末しようと考えたらしいのです」
「俺の魂が先代の神王の息子? 間違いないのか?」
ガブリエルは黙って首を縦に振り、肯定を促した。
「貴方様を亡き者にしようとする、悪魔の攻撃を知った私達は今度こそ御守りするべく、陰ながら守護していたのですが、私達の力が後一歩及ばず貴方様の乗る飛行機を落とされてしまったのです」
「あの子供の頃の事故は悪魔の攻撃だったと?」
「はい。目の前で墜落していく飛行機を見て『また護れなかった……』と思っていた私達に先代の最高神様から、ある言葉が告げられました。その言葉とは先代の神王様が命の灯火が消えそうな貴方様に秘術を用いて、御自分の残りの寿命を全て捧げると言うものでした」
「じゃあ、俺は本来なら家族もろとも、あの飛行機事故で命を落としていたという事なのか」
「その後は貴方様も知っての通り、人の身でありながら神の力を得た貴方様は驚異的な回復力で度重なる悪魔の猛攻から身を護る事が出来たのです」
「悪魔の猛攻?」
「はい、悪魔に身体を乗り移られた者達からの事故を装った攻撃の数々です。下界では『何者かの放火』や『飲酒運転による事故』、『無差別通り魔事件』等で報道されていたと思いますが」
「俺が運が悪くて数々の事故に巻き込まれていたと思っていたのは、全て俺への攻撃だったと?」
「私達も悪魔に取り憑かれた人間の魂を浄化するなどして事故を防いでいたのですが、悪魔の数が多すぎて対処し切れませんでした。今となっては言い訳になってしまいますが、貴方様の身を護れなかった事を此処に謝罪いたします」
ガブリエルはそう言いながら、俺に対して深深と頭を下げてくる。
それじゃあ、俺はそうとも知らず自分で命を投げ出そうとする愚行を続けていたのか。
悪魔から俺の身を護ってくれていた彼等を蔑ろにしていたんだな。
「頭をあげてくれ。俺はそうとも知らず自分で自分の命を投げ出そうとする愚ろかな行為をしてしまった」
自然と両眼から溢れ出た涙を手の甲で拭いながら、跪いているガブリエルの目線の高さまで腰を下ろす。
「皆が頑張って俺を護ってくれていたにも拘らず、申し訳ないことをした。このとおり許してくれ」
俺はガブリエルに対して跪いた姿勢から土下座をするようにして謝罪した。
「お、おやめ下さい! 神王様が私如きのような者に頭を下げるなど、もってのほかです」
ガブリエルは俺の手を取って、ゆっくりと立ち上がらせると服に付いた埃を取り払った。
「いいですか? あのような真似は金輪際、御止めになってください。いいですね?」
その後も互いに謝罪しあうという、傍から見れば可笑しな行動の後、部屋をノックする音が聞え、1人の天使が姿を現した。
「神王様、そろそろ『神々の儀』の御時間でございます。身支度を整えて執務室へとお越し願います」
「分かった。今いく」
「それでは失礼致します」
時間を知らせにきた天使は頭を下げながら部屋を退出していく。
「それじゃ時間も迫っているようだし、執務室とやらに行くとするか」
っと、扉を開けて外に出ようとする俺をガブリエルは静かな口調で呼び止めた。
「お待ち下さい。『神々の儀』にあたっては此方に御着替えになさってください」
そう言ってガブリエルが手に持ってきたのは、所々に金の刺繍や銀の刺繍が施してある赤いマントと上下共に真っ白な騎士服のような物だった。
「こ、此れに着替えろっていうのか!? 流石に少し恥ずかしいんだが」
「何を申されますか! こういうものは第1印象が肝心なのです。下手な格好をしていれば、他の神々に笑われてしまいますよ」
「別の意味で笑いものになりそうな気がするのは、俺の気のせいだろうか」
「何をブツブツ言っているのですか? 時間もあまり無いようですので直ぐに着替えてください!」
不意に時計を見ると『神々の儀』開始時刻まで残り30分を切っていた。
その後は何を言っても聞き入れてもらえないガブリエルに俺のほうが折れて、白い騎士服に赤いマント、更に剣を身につけて部屋を後にしたのであった。
廊下で列を成している天使達の目を身体中に浴びながら…………。
実際には此れから自分達が仕える神王の姿を眼に焼き付けるために俺の事を凝視しているのだが、俺からしてみれば常に降り注ぐ視線の中を針の筵を歩いているかのような表情で執務室までの通路を足早に歩いていくのであった。