第166話 精霊との別れ
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これからも『異世界を渡りし者』をよろしくお願いいたします。
時空神クロノスと会話後、謎の腕輪を受け取った俺は宮殿を通り抜けるような形で、奥にある変わった形をした扉のない門から外に出たのだが…………両脇に光の精霊と闇の精霊を連れて、歩けど歩けど一向に代わり映えしない通路を延々歩き続けていた。
「一体何処まで歩けば良いんだ? もう、かれこれ1時間は経過していると思うんだけど」
「もう少し我慢してくださいませ」
「その台詞、30分前にも聞いたような気がするんだけど。って、静かだと思ったらイシュナムは何処に行ったんだ!?」
宮殿を出てから此処まで分かれ道というのは全然無い、一本道なので道に迷う事など有り得ないのだが、何故か俺達に巻き込まれて天界に来たイシュナムの姿が忽然と消えていたのだ。
「もしかして宮殿に置いてきてしまったのか?」
「いえ恐らく、今頃はクロノス様が彼女の身辺整理をしている頃だと思います。彼女はこの場所には絶対に立ち入ることはできませんから」
「闇の精霊の言うとおりです。『門』に天界に入る資格なしとして弾かれたのでしょう」
「門? 資格? ミラ、言っている意味が分からないんだけど」
「主様はクロノス様の宮殿から此処に至るまでに『門』を通っていますよね。あの『門』はこの先に進む資格があるかどうかを判別する物なのです」
「資格といわれても、何の事だか見当もつかないんだけど?」
「クロノス様が主様に渡された聖なる腕輪が『裁きの門』を通るための鍵です。もし仮にクロノス様が何者かの手によって倒され、天に仇為す者が無理矢理に通ろうとすれば、門はこの回廊には繋がらずに何処かの異空間へと侵入者を誘います」
「『裁きの門』か。で、俺達が今向かっているのは?」
「この先には『天空の門』がございます。其処で私達精霊は完全に役目を終えます」
ミラたちは其の場でピタッと足を止めると、2人揃って此方に頭を下げてきた。
「2人とは此処でお別れって事か!?」
「そんな寂しそうな顔はしないで下さい。一精霊でしかない私達を心配する主様の御気持ちは大変嬉しいのですが、私達の身体が『天空の門』を開くための鍵になっているのです」
『神』になる事こそが旅の最大の目的だったため、俺はそれ以上のことは何もいえず、此処まで同じ道程を歩んできたミラたちの顔を見れぬまま、回廊を只管歩き続ける。
(マスター…………)
(ルゥの言いたい事は分かる。俺だってミラと別れたくはないが、そうすると旅は終らないんだ)
(分かっています。如何しようも無いことは分かっているのですが、いたたまれない気持ちで一杯です)
闇の精霊王とは先の世界で出会ったばかりだが、光の精霊王ミラとは旅の始めから行動を共にしているのだ。
最初は『こんな世界に無理矢理来させられて!』と思い、内心腹が立っていたのは事実なのだが、いざ分かれるとなると。
そんな思いを心に抱きながら回廊を歩いてゆくと、巨大な顔が描かれている門が目の前に姿を現した。
「主様、天空の門に到着いたしました」
「では主様、門に御手を」
俺は闇の精霊王に促され、門に触れるか触れないかというところで手を引っ込めた。
「俺が門に手を触れてしまえば、2人は居なくなってしまうんだよな?」
「主様…………」
「主様、先程のルゥ殿との会話聞かせていただきました。御気持ちは大変嬉しいのですが、この門の向こうには主様の到着を、今か今かと待ち構えている方々がいらっしゃいます」
「だけど!」
「「主様、私達の最初で最後の願いです! 天空の門に手を触れてください」」
俺は頬を流れる涙を手の甲で半ば乱暴に拭うと、目の前の扉へと掌を押し付けた。
扉に手が触れた瞬間、扉に描かれていた巨大な顔が言葉を紡ぎ始める。
『天空の門を訪れし者よ。汝の名を此処に示せ』
「俺の名はミコト! 峰藤 尊だ」
『よくぞ参られた新しき神よ。此れまで歩みし、道程を我へと示せ!』
道程を示せ? どういうことだ?
そう考えていると、不意に扉にドーナツ状をした凹みが出現した。
「主様、精霊の腕輪を外して扉にセットしてください」
「これか?」
俺は此れまでの旅でずっと身に付けていた、光・火・風・水・氷・土・雷・闇の精霊玉が填め込まれている腕輪を手首から外し、扉の凹みにセットした。
すると腕輪から、光の精霊玉の順に様々な光の筋が扉に吸い込まれてゆく。
そして最後の闇の精霊玉からの光が発せられると、扉全体が軟い光に包まれる。
『天空の門、第1の扉開錠!』
ゴゴゴゴ…………と鈍い音と共に、扉が壁の中に吸い込まれるようにして開かれてゆく。
『此れまでの道を共に歩みし、2大精霊王の印を此処に』
第1の扉が左右の壁に吸い込まれる形で完全に開ききると、次の扉には2人分の手形状の凹みが出現した。
「此れまでの旅、とても楽しかったです。ありがとうございました」
ミラはそう言って、扉の左側にある手形に両手を当てる。
「私は光の精霊王ほど一緒に居たわけではありませんが、主様の人となりを見たような気がします。ありがとうございました」
闇の精霊王もそう言って右側の手形の凹みに手を当てると、扉は一瞬だけ光り、その次の瞬間には2人の姿は何処にもなかった。
『第2の扉、開錠!』
何処からともなく声が聞えると、第1の扉と同じ様に壁に吸い込まれるようにして開かれてゆく。
そして扉が完全に開ききると目の前には俺に対して膝をつく、沢山の天使達が姿を現していた。
「神王様、貴方様の御越しを心からお待ち申し上げておりました!」
「長旅でお疲れでしょう。お部屋にご案内いたします」
通路一杯に居る天使達とは別に、明らかに存在感が違う2人の天使が話しかけてくる。
「えっと、俺のことで良いんだよね? 他の誰かと勘違いしているとかじゃないよね」
幾らなんでも、俺が此処まで大袈裟すぎる歓待を受けても良い物かと考えていたのだが。
「何を申されますか。勘違いなどである筈がありません」
「そうですとも、最高神である貴方様を我等はお待ちしていたのです!」
さ、最高神!? 俺が神々の中で一番偉い地位? そんな馬鹿な。
此処で緊張の糸が切れたのか、俺の身体は前のめりに倒れ、2人の天使の手で押さえられた感触と共に意識は途切れた。
意識が飛ぶ寸前に周り中から慌てふためく声が一斉に聞えたような気もするが…………。
次に目が覚めた時、これが夢でありますように。