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異世界を渡りし者  作者: 山田 隆行
雷の精霊編
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第163話 イシュナムの身の上話

国境の街クレイアスを出発して2日後、食事休憩のために立ち寄った、大きな樹の下で少し気になっていることを聞いてみる事にした。


「シュナ、ちょっと聞きたい事があるんだけど良いかな?」

「ん? なぁに?」


俺がこう聞くと、片手に少し齧った果物を持っているシュナは『行き成りなんだ?』と言わんばかりに、目をキョトンとして質問に答えてくれた。


「白き塔に行くという事と、良く休暇の直ぐ後なのに休みが取れたなと言うことなんだけど」

「そういうこと。先ず一つ目の質問である、白き塔のことなんだけど、実は数十年前に塔に入れないかどうか試した事があるのね。その当時はまだ宮廷魔術師という役職についていなかったから、自由に旅をしていて急に出現した『白き塔』のことを聞いた私は他に何も考えられずに一目散に塔へと向かったのだけど」

「だけど?」

「塔の入口の扉は私がどれだけ力を加えても、開く事はおろか傷一つ付けることが出来なかったの。それ以来、どうしても諦め切れなかった私は高い賃金を払って雇った学者連中に塔の外側に書かれている文字のような物を解読してもらったり、色々な街を回って塔に関する資料を探したりと努力したんだけど」

「結局は何の成果も得られずに、今日こんにちに至ると」


俺が掛けた言葉にシュナは力なく頷き、首を縦に振った。


「でも、こう言ったらなんだけど正攻法じゃなく、塔の外から何か鉤爪とか道具を使って塔を昇ろうとか考えなかったの?」

「当然考えて実行に移そうと、塔に行ったときに先約がいてね。今まさに私が考えていた事を実行に移そうとしていた盗賊風の男がいたんだけど、塔をロープのような物で昇り始めて数分が経過した頃、空は雲ひとつない晴天であるにも拘らず、昇っていった男は雷にでも打たれたかのように黒焦げの状態になって落ちてきたの。私は其れを見て手に持っていた道具を其の場に投げ捨てて逃げ帰ったわ。もしも私の前にあの男が居なければ、黒焦げの死体になっていたのは私だったかもしれないわ」

「その塔の外側に書かれていた文字は解読できなかったの?」

「うん。時間と出費だけがどんどんとかさんで行くだけで、何の成果も得られなかった。唯一分かった事といえば2通りの文字があったということくらいで」

「2通り?」

「読むことは出来ないけど、何か角ばった文字と所々に丸みを帯びた文字の2通りだけね」


現代風に考えればシュナの言う『角ばった文字』は漢字、『丸みを帯びた文字』は平仮名と考える事が出来るけど、幾らなんでもこんな遠い世界ではありえないか。


「どうしたの? 何か考え事?」

「い、いや何でもないよ」 

「じゃあ、次の質問のことなんだけど、私は大体100日働いて10日くらいの休みが貰えるのね。今回は次の休暇を前借してきたってわけ。簡単でしょ?」

「では次の休みまでは、200日働かないといけないって事?」

「単純に考えればそうだけど、実際には長期休暇が無いだけだから、それほど苦でもないわ」

「でも今回みたいに休暇を利用して里帰りしているんだろ? 200日も故郷にいる家族に会えないと言う事じゃないか」


俺がこう言うと明らかに先程よりも元気の無い、虚ろな目をして落ち込んでしまった。


「わ、私には家族はもう居ないの……。 私がハイエルフ族、最後の生き残りなのよ」

「ご、ごめん! 辛い事を思い出さしちゃって」

「ううん、良いの。忘れもしない1500年前のあの日、皆が仲良く収穫した野菜や獲物を神様に感謝するお祭りをしていた時、何処からとも無く、真っ黒な鎧を着た何者かが村を訪れた」


シュナは目から溢れてきた涙をそっと袖で拭きながら淡々と話し始める。


「辛い事なら思い出さなくても良いから」

「いえ、何故だか分からないけど、ミコトには聞いて欲しいの」


そんな真剣な表情に俺は何も口を出す事が出来ず、そっと聞く事にした。


「村の長老は黒い鎧を着た何者かに此処に来た理由を聞きに近寄っていったんだけど、次の瞬間には長老の首は宙を舞い、胴体は力なく地面に倒れていった」


シュナは一言で辛い言葉を言い切ると、持ってきた水で喉を潤し、続きを話し始める。


「暫くは皆、何が起きたのか分からなかったけれど、狩りを担当する複数の狩人が逸早く我に返り、何者かに一斉に斬りつけたんだけど、黒い鎧の者は自分の胸から背中まで貫通した何本もの剣に何の興味も示さずに次々と抵抗する者、逃げ惑う者を切り裂いていった」


あまりにも凄惨な出来事に、その当時の映像が頭の中に浮かんでくる。


「その当時の私は高い熱を出してしまって収穫祭に出られないことを悔やんでいたんだけど、今にして思えば、あれは神様が私を大惨事から助けるためにしてくれた事なんだと……思っ………て」

「もういい。もういいから」

「うううぅぅぅぅっ…………。うわあぁぁぁ~~ん!!!」


そっと頭を撫でると、まるで堰が崩壊したかのようにシュナの眼から涙が滝のように溢れ出し、傍にいる俺に抱きつくと子供のように泣き出した。


その数分後、やっと泣き止んだシュナは顔を真っ赤にして俯いていた。


「あぁもぅーーー! なんで喋っちゃったんだろう。恥ずかしいなぁ」

「凛としたシュナの思いも因らない表情が見れて、何か新鮮だよ」

「そんなに私を苛めて楽しいの?」

「そんな事はないよ。まだ逢ってから数日しか経ってないけど、信用されてると見ていいのかな」

「それが『苛めてる』って言ってるの! ほら、さっさと塔に行くよ。これだけ勿体つけて塔の扉が開かなかったら、どうなるか分かってるんでしょうね?」


シュナは手に持っていた果物を一気に頬張ると服についた砂を払拭し、塔に向けて歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってよ。塔の扉が開くか開かないかは、俺の所為じゃないだろ?」


俺は辺りに散らばっている物を咄嗟に亜空間倉庫に放り込むと、シュナの後を追って塔へ歩き始めた。


乾いた砂の中にシュナの流した涙によって、色の変わった土を残して……。



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