第161話 宮廷魔術師
孤児院の費用を着服、さらに国を乗っ取ろうとしていた宰相の私兵と、リミリア、シュミアとともに戦闘を繰り広げた俺は翌日、謁見の間へと呼ばれていた。
聞けば、急に金回りが良くなった宰相の身の回りを陛下の命を受けた騎士達も探していたが、街中で何者かに襲われたり、安全な筈の城内で切り殺されたりと不可解な現象に悩まされていたそうだが、それが全て宰相の私兵の手によるものだと分かり、全て処罰したのだった。
「此方も宰相を調べておったのだが、人的被害が増えるばかりで確証となるものは得られなくての、困っておったのじゃ」
「色々と餌を流して行動を見ていたのですが、調べていた者が全員、原因不明の病で倒れたり、自室で血を流して死んでいたりと不可解な出来事が続いていたので懸念していたのです」
「その後、宰相の屋敷を調べると金庫からは多量の金貨が発見され、執務机の引き出しの中からはゴルダリアンの王に宛てた書類が数多く見つかりました。その中にはヴィナリスを傭兵の仕業に見せかけて殺害するという計画や事が成功すれば、この国の王を任せてやるとも書かれていました」
なるほど、では宰相は王位継承の権利があるヴィナリス姫を殺し、国王や王妃も殺すつもりだったと。
「私が帰郷している間にそのような事が起きていようとは」
「いや、イシュナムが居なくなるのを見計らって行動を進めていたのかも知れんぞ? まぁ、ミコト殿の御蔭でヴィナリス共々助けられたのだがな」
「そうですねぇ、本当に有難うございました。貴方は私達の・・・・・・いえ国の一大事を救ってくださった英雄ですわね」
(まてよ? 今、横に居る女性にイシュナムと声を掛けていたよな?)
(イシュナムさんといえば、里帰りしている宮廷魔術師さんと同じ名前ですね)
ヨボヨボの爺さんが宮廷魔術師だと予想していた俺は目の前の女性に聞いてみることにした。
「あの失礼ですが、其方の女性は宮廷魔術師の方でしょうか?」
「ん? そういえばミコト殿はイシュナムとの会見を望んでいたのでしたね」
「私との会見ですか? 英雄殿、此処ではなんですので、私の執務室にいらして下さい」
「あらあら、お若いミコト殿と部屋で何をするのです?」
「お、王妃様! からかわないで下さい」
「冗談よ。真っ赤になっちゃって、可愛らしいわね」
「王妃様!!」
散々王妃にからかわれながら、謁見の間の隣に位置する宮廷魔術師殿の部屋へと案内された。
「狭い部屋ですが、どうぞ」
狭いなんてとんでもない。扉を潜って部屋を見る限り、向こうの壁までゆうに50mはあった。
「もしかして、英雄殿も私の事を御爺さんか御婆さんと思っていましたか?」
「い、いえそのような事は。それと俺の名前はミコトです。英雄殿はやめてください」
「ふふふっ、楽にしてくださいね。今、お茶を淹れますので緊張しないで気楽に居てくださいね」
イシュナムさんはイソイソとポットからお湯を注ぎ、手際よくカップに紅茶葉を入れ、用意を整えた。
「ねぇミコト殿、私何歳に見えます?」
綺麗な朱色をした飲み物をお盆の上に載せながら、行き成り変なことを言い出した。
先程の『御爺さんか御婆さんか』との発言を気にしてるのだと思い、見た目的に『10代後半では?』と答えると驚くべき返答が帰ってきた。
「10代後半ですか、嬉しいですね。本当は昨日で1830歳を迎えました」
「せんはっぴゃくさんじゅう!!?」
「そうですよ、見えませんか? お茶どうぞ」
「あ、有難うございます。 ・・・・・・じゃなくてどういう事なんですか!?」
「私、ハイエルフなんですよ」
自分自身のことを包み隠さず、堂々と『ハイエルフ』だと言い、更にこの世界の魔術師の事も話しだした。
「一般的にあまり知られては居ませんが、現存する魔術師の多くはエルフの血を先祖代々から受け継いでいると言われています」
ハイエルフ・・・・・・エルフの上位種とも言える古代種か。
「何世代目の子孫が魔術師になるかは分からないんですけどね。殆んどの魔術師は他の人が使えない魔法を自分が使えると分かっただけで世間から、ちやほやされて天狗になっていくんです。『自分は神に選ばれし民だ!』とかいってね」
「そんな事を俺に話しても良いんですか?」
「だってミコト殿の魔力は、パッと見でも純粋なエルフである私の何十倍もあるし。もしかすると、私なんかが同じ目線で話すことが出来ないほどの立場の人だったりしてね」
鋭い。自分が神の後継者だなんて死んでも口に出せないな。
まぁ、不死身だから死なないんだけど。
「それに私がエルフ族だって事は特殊な魔道具で認識できないようになってるし。ただ其れの条件が、私より魔力が低い人じゃないと発動しないって言うのが厳しいんだけど」
「それでバレる前に自分から正体を暴露したと」
「そういうこと。ところで前置きが長くなったけど、私に聞きたい事があるって言ってたよね?」
「それなんだけど、どこか神聖な謂れがある場所に心当たりはないかと思って」
「神聖な場所か。其処に何をしに行くの?」
「自分の趣味って言うかな。そういうところを巡る旅をしているんだ」
「ふ~ん、まっそういう事にしておくか。1箇所だけ知ってるけど、私も入った事はないんだよね」
「どういうこと?」
「何時、誰が何のために作った物かは知らないんだけど、クレイアスから山のある方向に向けて3日ほど歩くと白く輝く塔があるの。塔の入口の扉は魔力が鍵になっていると冒険者ギルドの情報で聞いたことはあるんだけど、此処数十年誰も中に入った事がないと言われているんだ」
「ありがとう。とりあえず、白い塔に行って見ることにするよ」
「そう・・・・・・頑張ってね。すぐに出発するの?」
「いや街で食料とか薬とか旅の準備を整えてから出発しようと思ってるから早くて夕方、遅くても明朝には出発する予定かな」
「それじゃ、気をつけて」
「いや、此方こそ情報をありがとう」
そして俺は街の商店街で食べ物を買うべく、盛大に王族に見送られながら城をあとにした。
一方その頃、宮廷魔術師のイシュナムはというと。
「伝説の白き塔か。行ってみたいけど宮廷魔術師という立場上、我侭は言えないし」
そう考えていると不意に扉をノックする音が聞えてきた。
『コンコンコンッ』
「はぁ~い。今開けます」
「お邪魔するわね。有意義な時間を過ごせたかしら?」
「王妃様でしたか・・・・・・はい、かなり。英雄と呼ばれていたにも拘らず、有頂天にならずに立派な方ですね」
「そうでしょう? ところで元気がないようだけど、何かあったの?」
「い、いえ何でもありませんよ」
「無理をしなくても良いのですよ。宮廷魔術師という立場以前に貴女は女性なのですから、自分の思っていることを優先してやりなさい」
「王妃様? 何か盛大な勘違いをして居られませんか?」
「若いうちに何でも好きなことをなさい。歳をとってから、後悔するすると言うことがないように」
王妃様は終始盛大な勘違いをしたまま、意気揚々と部屋を後にしていく。
「『若いうちに』って、もう1830歳なんだけどな。まぁ折角の御厚意だし甘えてみるとするか。確か出発は夕方か明朝って言ってたよね? 私も白き塔に興味あるし、付いて行ってみようっと」
その判断が自分の運命を狂わせるとも知らずに、ハイエルフの少女(?)はミコトを追いかけて白き塔に向かう事を決めたのだった。