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異世界を渡りし者  作者: 山田 隆行
雷の精霊編
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第157話 偽りの孤児院

翌朝、子供達のことを相談するべく宿屋を出ると、大雨が降っていた。


大通りには誰一人として歩いてなく、大きな雨粒が地面に落ちる音以外は聞えはしなかった。


俺はそんな街の様子に多少の違和感を覚えながら、その数分後にはリミリアの住む家へと到着していた。


『コンコンコンッ』


「リミリアさん、居ますか?」

「はぁい、どちら様ですか? ってミコト様!?」


俺を玄関で出迎えてくれたのはピンク色のエプロンを身に付けたシュミアの姿だった。


「ちょっと緊急の用事でリミリアに取り次いで欲しいんだけど」

「わ、分かりました! 此れでお身体を拭いて、少々お待ち下さい」


シュミアは玄関脇においてあったタオルのような物を俺に手渡すと、一礼したあとで階段をパタパタという足音を立てて登っていく。

途中、『ガタッ』という音が聞えてきた事から急ぎすぎていたのか、蹴躓けつまずいたか、もしくは階段を踏み外したと思われる。

俺が手渡されたタオルで濡れた身体を拭いていると、落ち着いた足取りでリミリアが2階から降りてきた。


「ミコトさんから緊急の用事があるとシュミアより聞きましたが、如何いかなる事でしょう?」

「ああ、そのことなんだけど、街の路地裏に孤児院があるという事は知っていますか?」

「え、ええ、戦争孤児たちを集めて養っている場所ですよね。それが何か?」

「昨日の夜に散歩がてら街中を歩いていると、路地裏で汚れた格好をして誰かの捨てた果肉が殆んど残っていない果物を競い合って食べている子供達の姿を見てしまったんです」


俺が此処までを話すと何時の間に其処に居たのか、何の気配も立てずにシュミアが険しい顔をして、リミリアの背に静かに立っていた。


「子供達のあまりの様子に見かねた俺は、自分の持っていた果物を分け与え、落ち着いたところで話を聞いてみたのですが、衣服はおろか食べ物や飲み水すらも与えられずに、1人、また1人と餓死や病気で亡くなっていったそうなんです」


此処で彼女達の方を見ると、普段の温厚そうな顔とは想像もつかないような形相で眉間に皺を寄せ、拳を握り締めているリミリアとシュミアの姿があった。


さらに亡くなった子供達が入っていると思われるズタ袋が2、3日に一度、何処かに運ばれていくと話し終えたところでリミリアは握り締めた拳を壁に叩きつけていた。

リミリアに殴りつけられた壁は螺旋状に皹が入っている。


「孤児院は・・・・・・」


リミリアは壁に拳を当てたまま俯き、小声で喋り始めた。


「孤児院は宰相様が率先して陛下に申し立てをし、設立されたもので国からの支援金を仲介するのも宰相様の仕事です。ミコトさんの話にあった『衣服や食べ物、飲み水すら与えられていない』という事は孤児院への支援金を着服していると言う事になりますね」


リミリアはシュミアが立っている後方に目で合図すると、シュミアが無言で台所へと歩いていく。

その様子を見ていると不意に台所の戸棚を開き、何かゴソゴソしている。

こんな時に朝食でも食べるのかと思っていると幅広な剣を2本、手に持ったシュミアが戻ってきた。


「リミリアさん?」

「これから、その孤児院へと向かいます。元凶である宰相を問い詰めるには証拠が必要となりますから、孤児院に居ると思われる監視役を捕まえます。ミコトさんは宿にお戻り下さい」

「いや、俺も行きます」

「ですが!」

「あの子供達の様子を見てしまった以上、今更見てみぬ振りは出来ません。ところで護衛騎士隊長であるリミリアさんはまだ良いとしても、シュミアは大丈夫なんですか?」


俺が城に居る間、給仕の格好をしていたシュミアは何時の間にか黒っぽい服に着替えて腰に剣を身に付け、胸の前には2本のナイフを挿していた。


「ええ、シュミアは此れでも諜報を担当する者ですからね」


リミリアは人差し指をそっと立てて、口の前に持っていくと可愛い仕草で『秘密ですよ?』と口にしていた。


「さて用意も整った事ですし、そろそろ行きましょうか」


普段からは考えられないほどの険しい表情をしたリミリアを先頭に外へ出ると、今の今まで大降りだった雨は小降りになり薄っすらと日が差していた。

そして外へと出たリミリアは、何故か孤児院がある場所とは逆の方角へ足を進めようとしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください。何処に行くつもりですか?」

「何処って先程も言いましたように、孤児院へですが?」

「此方にも孤児院があるんですか?」


俺の矛盾に対して口を出したのは、俺の後方に居るシュミアだった。


「『此方にも(・・)』ですか? まるで孤児院が複数あるかのような発言ですね」


リミリアは考え込んでいるような表情でふと、口にした言葉は衝撃的だった。


「一般的に公表されているのは、教会に隣接する形で営なわれている孤児院ですが」


と言う事は誰がみても異常の見られない『張子はりこの虎』の他に、俺が見た本当の姿の孤児院が存在すると言う事か。

嘘の孤児院の方で嘘の子供達が、その日だけ芝居をしていたと考える方が妥当だな。


「俺がその現状を目の当たりにしたのは、広場から1歩路地裏に入った暗い場所でしたよ?」

「・・・・・・情報が食い違っていますね。シュミアは公開されている孤児院に向かいなさい! 私はミコトさんと一緒に問題の孤児院へと向かいます」

「分かりました」


シュミアは其れだけを言い残すと、まるで其処には存在していなかったかの様に気配が掻き消えていた。


「向こうはシュミアに任せて、私達も急ぎましょうか」

「シュミア1人で大丈夫でしょうか?」

「あの子なら問題ありません。では行きましょう」

「はい」


こうして俺達は苦しんでいる子供達を助けるべく、路地裏の孤児院へと足を進めるのであった。




一方その頃、逸早く表向きの孤児院に屋根裏から侵入したシュミアはというと。


(これって一体どういうこと? あの子供達は何処にいるの?)


辿りついた教会には子供達の姿はなく、代わりにゴロツキとも思える冒険者2人が酒を飲みながら屯している。


「こんなボロい仕事はねぇよな。決められた日以外は好きにして良いって言うんだからよ」

「全くだ。宰相様様だぜ! ガァーハッハッハッハ」

(なんてこと!? ミコト様の言うとおり、孤児院の実態は宰相の芝居と言う事ね)


私は此処に居る筈の神父様が居ない事に気づき、天井裏から他の部屋へと探しに行くと。

物置の部屋にうつ伏せに横たわる神父様の姿を見つけた。


教会で酒盛りをしているゴロツキに気づかれないように、音を立てずにそっと床に着地して神父様を抱き起こすと、胸の中央付近に剣で付けられたと思われる傷跡と既に乾ききっている夥しい血痕、更に死体が殆んど骨と皮に化している事から大分前に殺されていた事が考えられた。


「これは許せないわね。彼等を証人として捕まえないと」


私は来た道を天井裏から戻り、酔っ払っている男達の後方に気配を殺して降り立った。


男達は真後ろに姿を現した私の姿にも気づかずに、上機嫌で酒盛りを続けている。

私は諜報部隊が普段から使用する強力な睡眠薬をそっと酒瓶に忍ばせ、教会のシンボルともいえる女神像の影へと身を潜めた。


それから数分後、空になったコップに酒を注いで其れを飲み干した男達は大きないびきをかいて眠りこけてしまっていた。


私はその隙に物置で発見したロープで2人を縛ると家へと連れ帰った。


(神父様、もう少しお待ち下さい。必ずや無念を晴らしてみせますので)


誰にも気づかれずに男2人を家に連れ帰った私は、教会の霊安室にある棺の中にそっと神父様の亡骸を横たえ、手を合わした。




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