第156話 姿なき声に導かれ
宮廷魔術師のイシュナムさんが街に戻ってくるまで、あと4日。
今日も今日とて何の目的もないまま、街を歩いていると暗い路地裏から男の叫び声と幽かにだが、泣いている子供の声が聞えてくる。
(なんだ? 何か良くないことでも起きているのか?)
俺は嫌な予感が当たらない事を信じて、気配を消しながら路地裏の方へ歩いていくと、其処には古びた建物の前で、必死に大八車のような物に黒いズタ袋を積んでいる男の姿があるだけで泣いている子供など何処にも存在しては居なかった。
しかし、この建物も何処か変だ・・・・・・窓という窓に板張りがしてある。
本来は雨が入ってこないように、もしくは台風に備えて窓に板張りをするのが普通だが、俺がこの街に到着してから大雨や嵐という風な悪天候は起こってはいない。
「ん? アンタ、俺に何か用でもあるのか?」
俺は建物を見ながら腕を組み考えながら、一心不乱に大八車へと荷物を積んでいる男へと近づいていくと男の方も手を止め、俺を睨みつけるようにして話しかけて来た。
「いや、ここいらで子供の泣き叫ぶような声が聞えてきたんで、何かあったのかと思ってな」
「子供? 見てのとおり、此処には俺が居るだけだぜ」
「そのようだな聞き間違えだったようだ。邪魔したな」
俺が気のせいだと思い、其の場を離れようとすると建物の扉が乱暴そうに開かれ、何処かで見たようなメタボな体型をした一人の男が姿を現した。
「何をサボっているのだ! 早く積み込みを終らせぬか」
「も、申し訳ありやせん」
男はメタボに怒られたのが、俺の所為だと言わんばかりに凄い形相で睨みつけると、ズタ袋を大八車に積む作業を再開した。
「まったく・・・・・・。ん? オヌシの顔、何処かで見覚えがあるような気がするのじゃが、何処じゃったかのぅ?」
メタボな体型をした男は弛み捲くった腹の贅肉をタプンタプンと揺らしながら、俺を爪先から頭のてっぺんまで舐めるような視線で見てくる。
「思い出せんのぉ~~まぁええわい。此処は大通りと違って何も見るものはないぞい? 分かったなら仕事の邪魔じゃ、向こうに行ってはくれぬか」
「は、はぁ・・・・・・お邪魔しました」
俺は色々と『何を積んでいるのか』やメタボな体型の男がこんな場所とは不似合いな『高価そうな指輪や腕輪』といった装飾品を身に付けているのに違和感を覚えながら、昼飯を食すべく、裏路地を後にした。
そしてその日の夜、誰かに呼ばれたような気がして宿の外へと出て大通りを歩いていると、何処からか複数の視線が俺に浴びせられている事に気がついた。
俺以外にも大通りには酔っ払いや冒険者などが屯していたので、特に気にもせずに屋台で買い食いしながら広場を一周して宿屋の前へと戻ってくると、先程と同じ様な視線を感じた。
流石にこのような事が続けて起これば、何かがあると判断し周囲に目を遣ると、昼間に足を運んだ裏路地から2、3人の子供達が俺を見ていることに気がついた。
向こうも俺が自分達の方を見ていることに気がついたのか、逃げるようにして路地裏へと消えていった。
(裏路地に住む子供達でしょうか?)
(多分そうだと思うけど、昼間の嫌な予感もあるし、ちょっと行ってみよう)
(マスターなら大丈夫かと思いますが、お気をつけ下さい)
俺はルゥと念話で会話しながら子供達を追って路地裏へと足を踏み入れると其処には2、3人どころではない、10人程度の薄汚れた格好をした子供達が、誰かが捨てたであろう、殆んど果肉の残っていない果物を競い合うようにして食べていた。
良く見れば其処は昼間、メタボな男と大八車にズタ袋を乗せていた男が居た場所だった。
「お兄さん・・・・・・だぁれ? 食べ物ない?」
たくさんの子供達の中で身体が弱いのか、食べ物の競い合いに参加していなかった少女が俺のズボンを引っ張り、食べ物を催促してきた。
「こら、駄目だよ! 殺されちゃうよ」
そんな少女の事に気がついた、周りの少年少女よりも一回り大きな体格をした少年が物騒な言葉を口にしながら、少女を俺から引き剥がす。
「ごめんなさい、ごめんなさい。代わりに僕が罰を受けますから、ミナには手を出さないで下さい」
そう言って少年は目をギュッと瞑り、両手を広げて少女と俺の中間に立ちはだかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は何もしない。此処で何が起こっているのか説明してくれないか」
俺が少年に声を挙げると、今の今まで果物を取り合いしていた子供達が『ミナ』と呼ばれた少女と目の前の両手を広げて立っている少年を庇うようにして俺の前に立ち塞がった。
「みんな!? どうして?」
さっきまで少女の盾として立っていた少年も周りの異常さに困惑した表情を浮かべている。
そしてどれだけの時間が経過したのか、口々に一言二言と喋りだした。
「この人、今までの人と何処か違う」
「優しい目をした人」
「僕達を助けてくれるかも」
立ちはだかる子供達から盛大な腹の虫の大合唱が聞えてきたので、亜空間倉庫に繋がっているバッグから幾つもの果物を取り出して子供達の目の前に置くと、我先にと果物を手にとって齧り始めた。
俺のズボンの裾を引っ張ってきた『ミナ』と呼ばれた少女も顔ほどの大きさもある果物と俺を交互にじっと見た後、一気に齧りついていた。
「このような施しを頂いて感謝しています。残念ながら何も返せるものがありませんが」
「いや、気にしないで。困っている君達を放って置けなかっただけだから」
「ありがとうございます」
その後、少年が落ち着いたところで話を聞くと、戦争の影響で親や兄弟、親戚を亡くした子供達が窓に板張りをしている建物(孤児院らしい)で国からの援助で生活しているらしいのだが、その援助金を管理している大人(聞くところによると、メタボの男らしい)が着服しているとの事らしい。
昼間、大八車に乗せていた袋は何かと聞いてみると、驚愕の事実が判明した。
何でも碌に食べ物も水すらも与えられずにいるので、1日に1人は必ずと言っていいほど餓死や病気などで死んでいっているのだそうだ。
大八車に積まれていたズタ袋には亡くなった子供たちが入れられ、2、3日に一度、何処かに運ばれるそうなのだが、何処に行くのかまでは知らされていないらしい。
俺はこの事実に腸が煮えくり返るほどの怒りを感じ、翌日にリミリアにでも相談しようと考えていた。
リーダーの少年(アルという名らしい)に明日また来ると伝え、宿屋に戻る事にする。