第154話 とある問題発言
城での案内役のシュミアが周囲の目も気にせずに、姉であるリミリアに抱きつくと言う行為をしてから十数秒後、漸く周囲の喧騒で我に返ったのか、顔を茹蛸のように真っ赤にしたシュミアが俺とリミリアを無理矢理何処かへと引っ張っていくと言う形で広場をあとにした。
引っ張られること数分後、相変わらず顔を真っ赤にした姉妹(妹の方は別の意味で息を切らせて真っ赤になっているが・・・・・・)に連れられて、一軒の家へと連れてこられた。
「此処なら邪魔が入りませんね。さぁ如何してミコト様が姉さんと一緒に居たのか話して貰いますよ」
「その前にちょっと良い? 此処は何処?」
「此処は私とシュミアが一緒に暮らしている家です」
その問いに答えたのは俺でもシュミアでもなく、足を怪我しているのにも拘らずに無理矢理走らされたリミリアだった。
「ねぇシュミア、ミコト様ってどういう事?」
リミリアは足が痛いのか、それとも別の理由でなのか眉間に血管を浮き立たせながら、何処かヒクヒクと引きつった顔でシュミアを睨みつけている。
「ね、姉さん? 落ち着いて、ね?」
「私はどういうことかって聞いてるのよ?」
「み、ミコト様は国境近くで暴漢に襲われていた姫様を救ってくださった、国にとっても姫様にとっても命の恩人の方です」
おいおい、守秘義務とやらは良いのか?
まぁ、あの殺気じみた目で見られれば話さざるを得ないか。
でも実際のところリミリアは何者なんだ?
「姫様の・・・・・・なるほど、そういうことですか」
「あの~~~失礼かとは思いますが、リミリアさんは一体何者なんですか?」
「そういえば、名前だけしか教えていませんでしたね。ミコトさん・・・・・・いえ、ミコト様が姫様の命の恩人である以上、此方も形式にのっとって名乗らねばなりませんね」
リミリアはそう言いながら、怪我をしている足を庇いながら何処に隠していたのか小型のナイフを目前に差し出し、片膝を折って俺に頭を下げると驚愕の事実を口にした。
「私の名はリミリア。ヴィナリス姫様の護衛騎士隊長を務めている身ではありますが、怪我により前線を退いています。私がいない間に姫様にそのような危険が及んでいようとは」
「姫の護衛騎士ってことはセフィアの?」
「はい、セフィアは我が隊の副隊長です。それにしてもセフィアからの報告にあった、姫様の命の恩人が貴方様だったとは。世間は狭いものですね」
「もしかして診療所に治療に行っているのも、何か別の意味があったりしますか?」
「いえ、其れは単に足の治療のためだけです。今、この国には宮廷魔術師のイシュナム様と治療院を営んでいる魔術師の2人しかいませんから、当然といえば当然なのですが」
「もし宜しければ怪我を見せていただいても宜しいですか?」
「えっ? それは如何いうことなのでしょうか」
「恐らくは秘密にされているのでしょうが、俺も魔術師なんですよ。回復魔法も使えますので治療できないかと思いまして」
「「ミコト様は魔術師様だったのですか!?」」
この事には隅の方で縮こまっていたシュミアも驚きの表情を示していた。
「剣をお持ちでしたので、てっきり剣士の方だと思っていました」
「剣も使える魔術師という事なんです。遠距離でしか攻撃できないというのは戦場に於いて致命的ですからね」
「そうでしたか」
「ところで『ミコト様』っていうの辞めません? 俺はそれほど敬われるほどの立場の人間ではありませんから、前みたいに普通に名前で呼んで頂ければ」
まだ俺の正体もリミリアさんの正体も知らなかった頃みたいに親しみを込めて普通に呼んでくれたらと思っていたのだが、彼女の顔は明らかに拒否を示していた。
「お願いします」
「・・・・・・分かりました。では、ミコトさんと呼ばせていただきます」
本当なら呼び捨てでも良いんだけど、この様子じゃ此れが妥当かな。
「それで先程言っていた怪我の事ですが、治すことが出来るかもしれないので見せてもらえますか?」
「そこまで御手数をかけて頂くわけには参りません」
「気にしないで下さい。それにこのままでは、高い治療費を払わねばならなくなりますし、護衛騎士と言う仕事にも支障をきたしてしまいますよ?」
「姉さん・・・・・・」
「すいません。宜しくお願いします」
彼女はそういうと、スッと立ち上がりスカートの裾を持ち上げていき、太腿を露にした。
そして、まるで事前に打ち合わせていたかのように、シュミアが踝から膝上まで巻かれている包帯を解くと、其処には一直線の傷が痛々しく刻まれていた。
「これは魔物に付けられた傷ではないですね。どうみても剣によって傷つけられた物ですね」
俺が『剣によって』と口に出した瞬間、表情を曇らせた事から本当の事だろうと思ったが、さすがに問い詰めるのは失礼だと思い、敢えて聞くような事はしなかった。
「それで如何でしょうか? 治りますか?」
「此れぐらいなら簡単です。少しの間、そのままで居てください」
俺はそっと心の中で魔力を解放すると、手を傷口に触れるか触れないかというところに差し伸べた。
見る人が見れば『何を羨ましい事を!』と言われるかもしれないが、治療のためであって決してそのような事は思っていないのであしからず。
そうして俺が膝小僧に手を触れながら回復魔法を唱えると、まるで逆再生でもしているかのように傷跡が小さくなっていき、数秒後には跡形もなくなっていた。
「ふぅ、これで大丈夫だとは思いますが、普通に歩いてみてくれませんか?」
リミリアもシュミアも『もう治ったの!?』という驚きの表情を見せていたが、リミリアが杖も持たずに、尚且つ足も引き摺らずに歩いている姿を見て再度、驚愕していた。
「ありがとうございます! なんとお礼を言ったら宜しいのか・・・・・・」
「いえ、お気になさらずに」
と治療を終えて窓から外を見てみると、空は既に星が瞬いていた。
「何時の間にか、こんな時間になっていたのか」
「もし良ければ、お礼も兼ねて夕食を食べていかれませんか?」
「いえ、そんな悪いですし」
「そんな事はありません! ミコトさんの御蔭様であと何年、あと幾ら掛かるか分からなかった怪我を治療して頂いたのですから、せめて御馳走させてください」
「ねぇミコト様、姉さんが此処まで言うんだから食べていってよ。何なら食後のデザートに私も食べる?」
「ブッ!? な、なにを言って・・・・・・」
「シュミア! 女性が何をはしたない事をいっているのですか!?」
「はしたない事? お城で昼食の時に他の騎士が笑いながら『食後に私を食べたい』って言っていたから、どういう意味か分からなかったんだけど。 ねぇ、どういう意味?」
知らずに言っていたのか・・・・・・それはそれで問題があると思うんだけど。
「ねぇ、ねぇってば! 教えてよ」
問題発言で再度、耳まで真っ赤に染まったリミリアが俺に聞えないようにそっとシュミアの耳元で囁くと、シュミアの顔も次第に赤く紅潮していく。
全部話し終えたのだろう。
シュミアは此方を見ながら『あぅあぅあぅあぅ』と声にならない呟きをした後、一目散に奥の部屋へと走り去ってしまった。
自分の発言が何を意味したのか今頃になって理解したようだな。
リミリアは包丁を手にしながら『再教育しなきゃ』と口ずさんでいるのが非常に気になるのだが。
問題発言の所為か俺が居る間、シュミアが姿を現さなかったのは当然といえるかもしれない。