第148話 とある辺境騎士の癇癪
翌朝、目が醒めた俺達は街の騎士隊が用意してくれていた軽めの食事を済ますと、身の回りの準備をして馬車に乗り込んだ。
馬車には薄い布のような物で仕切りがしてあり、布で隔離された場所にヴィナリス姫、その他の場所に俺と護衛騎士のセフィア、そして御者席の交代要員であろうか、もう一人の騎士が俺の横に険しい顔をして乗り込んでいる。
何でも聞くところに寄れば、護衛騎士のセフィアが国境の街に到着して直ぐに馬車を借りる為に騎士隊の常駐する建物に説明しに行き、俺のことも踏まえて他の護衛騎士が襲われて亡くなった事や、もう駄目だと思われた時に何処からともなく颯爽と助けに現れた俺が不自然きわまりないとのことだった。
その為もあってか、俺の隣の座席に座っている騎士は睨むような目つきで俺を見ている。
そして馬車は岩壁以外、何も遮るものが無い高原を只管進み数時間が経過した頃、昼食の用意をするため馬車を停止させて休んでいた。
俺とセフィアは昼食用にと用意されていた胚芽パンのような黒いパンと少量の干し肉を齧りながら、此れからの事を話していると其処へ馬車で相乗りしている男が近寄ってきた。
「ちっ、何でお前のような何処の輩とも知れない奴が此処に居るんだ。姫様の護衛は俺達だけで充分だというのによ」
「アンタが何と言っても、俺はヴィナリス姫に護衛として雇われている身だからな。文句があるというのならば、ヴィナリス姫に直接言うんですね」
「なんだと!? 貴様、自分の立場という物が分かっていないと見える」
騎士はそれだけの言葉の遣り取りで激昂し、今にも腰に身に付けている剣を引き抜こうとしているのを俺と一緒に談話していたセフィアが止めた。
「其処までだ! やめろ馬鹿者」
セフィアは常日頃から想像もつかない様な低い声で男性騎士を止めたのだが、騎士はこともあろうにセフィアにまで食って掛かっていた。
「ふんっ、護衛騎士なんて言っても何の役に立たないじゃないか。アンタ以外の護衛騎士はゴロツキとも言える集団から姫様も守れずに死んでいったんだろ? 情けない事だ」
この発言には流石のセフィアも黙っていられなかったのか、男性騎士の比較にならないほどのスピードで剣を引き抜き、いつの間にやら散々小馬鹿にしていた騎士の首元に切っ先を当てていた。
セフィアが後一歩でも踏み出せば、其れだけで男性騎士は首を剣で貫かれ死んでしまうんではないかと思うほどに。
「貴様に・・・・・・貴様などに、彼等の何が分かるというのだ!」
騎士は今になって自分の言語行動に後悔したのか、歯を身体の震えでガタガタ言わせながら地面に尻餅をついて青白い顔で震えている。
「其処までじゃ。何をしているのじゃ、馬鹿者めが」
騎士の首に添えられた剣の先から赤い液体が薄っすらと見え始めた頃、颯爽と現れたのは御者席で手綱を取っていた騎士を連れたヴィナリス姫の姿だった。
「姫様・・・・・・」
「剣を引けセフィア。気持ちは痛いほどよう分かる」
「はい。お見苦しい場をお見せして申し訳ありませんでした」
セフィアはヴィナリス姫に対して片膝を折り、男に突きつけていた剣を収め、元通りに腰の鞘に収めると深い礼を取り項垂れていた。
剣の切っ先を首元に付けられていた騎士はヴィナリス姫が直ぐ目の前に居るのにも拘らず、そのままの姿勢で震えていた。
「ミコト殿、セフィア殿、愚かなる部下の非礼を心より謝罪致します。申し訳ありませんでした」
震えている男の上司と言う騎士は、被っていた兜を小脇に抱えると深く頭を下げていた。
「いえ、私もついかっとなって我を忘れてしまいました」
「俺もそれほど気にしては居ない。俺が不審者であることは、誰が見ても明確だからな」
「ミコトがそう言うと、護衛として雇っている我が馬鹿みたいではないか! セフィアも笑うでない」
この遣り取りには未だ腰を抜かして立てないでいる騎士も、その上司である騎士も『ポカ~ン』という表情で固まって居る。
「・・・・・・っとまぁ冗談は此れまでにしておいて、よもや我の護衛騎士であるセフィア等を小馬鹿にする輩が居るとはのぉ~~~」
「重ね重ね、申し訳なく思います」
「それはもう良い。問題は今後どうするかという物じゃが、何か良い案はないかのぉ」
「この者は護衛任務が終り次第、然るべき罰を受けさせますので」
男の上司はこんなのでも自分の部下なので必死に弁護しようとするが。
「こうしては如何でしょう? 彼は私達護衛騎士を小馬鹿にしていましたので、実際に護衛騎士見習いとして姫様直属の護衛騎士隊に割り当てるというのは。自分が馬鹿にした部隊がどれほどの物なのか体験させるのも良いかと思いますし、先日の件で空きもありますので」
セフィアは先程の仕返しとばかりに、男を自分の部隊に編成する事をヴィナリス姫に提言した。
「ふむ、面白そうじゃな。良し! 今日、この時を持って彼奴を我の護衛騎士見習いとする。異言は認めぬ」
この事には男の上司は部下に哀れみとも思える視線を投げかけ、当の本人は上司に助けられたからか其れとも、散々馬鹿にしていた護衛騎士に組み込まれるのを嫌がっているのか、地面に蹲ったまま涙を流していた。
馬車に乗り込む時に聞いた話によると地面に終始蹲っていた男に対し、上司がこれからの護衛騎士の職務内容について説明していたそうだ。
その後は昼食時間としては予想外の時間をくってしまったが何事もなかったかのように馬車は王都に向けて出発していった。
因みに先程と違う点はといえば、俺に食って掛かっていた騎士が生気を抜かれたかのような表情で座席に座ったまま、ブツブツブツブツと虚ろな表情をして独り言を繰り返していたという事だけだった。