第146話 国境の街クレイアス
セフィアの道案内によりクレイアスという国境の街に辿りついたのだが、其処は巨大な川の中洲であろう場所に聳え立つ、要塞のような強固な壁に囲まれた街だった。
そして川に橋を架けるようにして、これまた巨大な跳ね橋が下ろされていた。
「姫様、ミコト殿、クレイアスに到着しました」
「これは街なのか? 幾ら何でも大袈裟すぎるような気もするが」
「この街は有事の際には前線基地として使われますから、街を取り囲む壁にも特殊な魔法防御を掛けてあるんですよ」
「セフィア~~何時まで喋っているのじゃ? 我はもう疲れた、早く宿に行こうぞ」
「姫様、疲れたって・・・・・・」
セフィアはヴィナリス姫の物言いに正直、頭を抱えていた。
其れもその筈、ヴィナリスは俺とセフィアが戦闘時以外、交代交代で背負って歩いてきたため、其れほど疲れてはいない筈なのである。
「セフィア、早く街に行くのじゃ。長々と此処に居ては、魔物や追っ手に襲われるぞ?」
「はいはい、分かりました、姫様」
「ミコトもじゃ、オヌシは我の護衛なんじゃからのぉ」
「ん、分かったよ」
その後は言うまでもないことだが、街の手前で警護にあたっている騎士から姫が目の前に現れた事で大騒ぎされた事を始めとして、姫に近づく不審者扱いとされた俺の事を説明するセフィアと、目に見えているのに中々宿屋に入る事が出来ないヴィナリスの癇癪とで一時は大変な事態となっていた。
俺が此処まで姫の護衛を務めた事と、俺が魔術師である事を一頻り説明すると、大袈裟すぎるのではないかと思うほどに感謝の意を口にされ、最高級の宿屋で二番目に良い部屋に無料で泊まれる事となった。
序に言えば、直ぐ隣にある一番良い部屋にはセフィアとヴィナリスが泊まる事となった。
さらに護衛として部屋の前と宿屋の周りには重厚な鎧を身に付けた騎士が交代で守りに就いてくれている。
「ミコト殿、色々と巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」
部屋で寛いでいると、鎧を脱いだセフィアが部屋を訪れ、宿のロビーにある食事の店へと誘われた。
「いや気にしてないから、それより姫は如何したの? 部屋に一人きり?」
「姫様は部屋に入るなり、ベッドに横になって寝てしまいました」
あの姫さんは1日何時間寝るつもりなんだろうな。
此処まで来る間にも、俺とセフィアの背中で涎を垂らしながら寝てたしな。
「翌日には今用意させている馬車に乗って、王都まで残り2日の距離を走ろうと思っています」
「俺は如何すれば良いのかな? 領土に入ったのなら、もう護衛は必要ないかな?」
「いえ、とんでもありません! ミコト殿には言葉に言い表せないほどの御恩が御座います。是非王都まで一緒に来ていただき、恩賞を受け取って頂けませんと」
「そんなつもりで護衛したわけじゃないんだけどな」
「それに既に城宛に、認めた手紙にはミコト殿の名前もありますので」
「え!? そんな物を何時の間に」
「此処に到着して直ぐに筆を取り、書き記しました。いけませんでしたか?」
そう涙目のセフィアに言われては、もう如何する事もできない。
数分後、事を済ませたセフィアは部屋へと戻っていった。
俺はまだ日が高かったため、街を歩いてみる事にする。
よくよく考えてみれば、この世界の通貨の事も皆がどんな暮らしをしているのかも知らなかったからだ。
「おや、お出かけですか? もし宜しければ、護衛をご用意いたしますが?」
俺が宿屋から一歩外へ出ると、宿の警護に当たっていた騎士が話しかけて来た。
当初は不審者扱いされていたが、セフィアから『姫の護衛として雇っている魔術師の方だ』と紹介されてからは掌を返すように態度を変えてきた。
それほど魔術師という存在は恐れられているのだろうか。
予想していた事とはいえ、少し傷つくな。
「ミコト殿? どうかされましたか?」
「いや良いよ。少し街を歩いてくるだけだしさ」
「分かりました。街の中には一般の冒険者も数多く居ります。何かあれば、直ぐに我等をお呼びしますよう」
「うん。ありがとう」
とても初めて此処にきたときに、敵意を剥き出しにして来た男と同一人物と思えないほどの変わり様だな。
そんなこんなで街を歩いていると、一人の剣士が鞘と抜き身の剣を松葉杖代わりにして血塗れになった片足を引き摺りながら、建物内に入っていく姿が見えた。
俺も『此れはただ事ではない!』と思い、剣士を追いかけて建物内に入ると其処には人だかりが出来ていた。
人だかりの中心にいたのは足を引き摺っていた剣士で、その周りには仲間なのか心配そうに見つめている少女の姿があった。
「ねぇ誰か! ケインの傷を治してよ。このままじゃ死んじゃうよ」
「おいおい嬢ちゃん、魔術師が俺達を助けてくれると思っているのか? 奴等は俺達がどうなろうが知ったこっちゃねえんだぜ?」
少女は周囲に対して眼に涙を溜めながら必死に呼びかけるが、集まっている中には魔術師はいないのか、誰一人として近づく者は居なかった。
此処は病院じゃないのか。
っとこうしてはいられないな、早く治療しないと手遅れになってしまう。
俺は人垣を掻き分けるようにして少女が縋り付く男に近づくと、血塗れの足に対して回復魔法を唱える。
「えっ!? 魔術師なのに、私達を助けてくれるの?」
魔術師ってのはよっぽど嫌われているのか、それとも恐れられているのか。
少女はペタンと座り、ケインと呼んだ男の顔を見つめている。
「此れで良いだろう。出血は多いが命に別条はないはずだ」
「あの、持ち合わせが此れだけしかないんですが・・・・・・足りなけれ稼いできますから」
少女はいつの間に取り出したのか、掌の上に銀色のコインと茶色のコインを数枚乗せて俺に渡そうとして来た。
「いや要らないよ」
「へっ? で、でも・・・・・・」
「そんな事よりも血を流しすぎているから、どんどん食べて血を増やさないとまた倒れるよ?」
治療を終えた俺は街の探索の続きをしようと思い、『それじゃ』と手を振って建物内から出ようとしたのだが、不意に誰かに肩を掴まれた。
「おいおい、魔術師が此れほどの事をしておいて、礼も貰わずに行くつもりかい?」
俺の肩を掴んだのは、最低限の布だけで胸と股間部を覆っている男勝りな女性の姿だった。
衣装が際どすぎて真正面から姿を見れなかったため、目線をずらして話しかけた。
「え、えっと・・・・・・どちら様でしょうか?」
「へぇ~~俺の顔を知らないとは、アンタ余所者だね?」
眼のやり場に困る際どい衣服(?)を身に纏った女性は自分のことを『俺』と呼び、此方を品定めするような眼でジロジロと見つめてくる。
「イ、イナミスさん、何時から此方に? それにその格好はなんなんですか!?」
俺に銀色と茶色のコインを差し出してきた少女が、真っ赤な顔で慌てふためきながら女性の姿に驚いている。
「ほらほらアンタたち、何時まで見てるつもりだい? さっさと仕事に戻りな! それとケインを何時までほっとく気だい。部屋に連れてってやりな」
イナミスと呼ばれた女性の一言に、周りに集まっていた男達はワラワラと蜘蛛の子を散らすように解散していった。
血塗れで未だ床に寝そべっていたケインという男も、脇と足を2人の男によって抱えられて奥の部屋へと運ばれていった。
「人の事をとやかく言う前にイナミスさんは服を着てください。はしたないですよ」
「ユナリーはいつも五月蠅いね~~分かったよ。着替えてくれば良いんだろ、着替えてくれば?」
「う、五月蠅いってなんですかーー! イナミスさんが非常識すぎるだけでしょう!?」
「はいはい、じゃ着替えてくるから、其処の魔術師殿に説明よろしくなァ」
女性は少女に追い払われるようにして建物の階段をトントンと上がっていく。
着ている物が物だけに、下から屈みこめば見えてはいけない物が見えてしまいそうな。
「全くもう! 同じ女性とは思えませんわ」
「あの~~~」
「えっ!? あっとスイマセン、お見苦しいところを」
「それは良いんだけど、アノ人は誰? そして此処は一体何処?」
俺が疑問をぶつけると、先程の強気な態度は何処に行ったのか、オロオロと慌てふためく少女。
魔術師が怖いのか、俺という存在が怖いのか、発する言葉は聞き取れないほど呂律が廻っていなかった。