第145話 身の程を知らぬ者達
敵国のワイバーンナイトとかいう、竜に乗った兵士を撃退した俺は、ヴィナリスとセフィアが入って行った、アルガロックの街へと足を踏み入れた。
街を最初に見た感想はと言うと傭兵だろうか、至る所に剣を無造作に肩に担ぎ、泡立つ飲み物を手に、仲間と思われる屈強そうな大男と大声を張り上げて喋っている。
「おい、聞いたか? 噂では青い鎧を着た女が街を歩いていたのを見た奴が居るらしいぞ」
「ホントかよ。また何時ものデマじゃないのか?」
「聞いた話によれば、ガキを連れて街の奥に歩いていったとの事だ。どうする?」
「『如何する?』って・・・・・・何をするつもりだ? まさかとは思うが、襲うつもりじゃないだろうな?」
「楽して儲けるには良い獲物じゃねえか。やろうぜ! なぁなぁ」
どうやらセフィアを襲うような会話をしているようだが、仲間の一人は額に手を当てて厭きれている表情だった。
「なぁってば。やらねぇのか?」
「馬鹿野郎! 青い鎧の女といやぁ、コーランディアの護衛騎士か近衛騎士じゃねえか。一介の傭兵でしかない俺達が太刀打ちできる相手だと思っているのか!? 返り討ちに遭うのが関の山だ、諦めろ」
「ちっ、なんだよ、もういい俺一人でやる。あとで分け前を寄越せとか、泣きついて来ても遅いからな」
傭兵の男は仲間に愛想をつかせたように、剣を手に街の奥へと歩いていった。
「相手の力量も測れないほどの愚か者が。それにしても、ゴルダリアンは何を考えているんだ? 5年前まで争い事とは無縁だった、心優しい国王が戦争などと如何いうことだ?」
何気なく聞えてきた会話によると、何でもゴルダリアンの国王が人が変わったかのようにヴィナリスの祖国であるコーランディアを含む3国に、ほぼ同時に宣戦布告をしたと言う事だった。
そのため他の傭兵達も『どの国に雇われれば楽して儲けられるか』と言う事を話している。
(この街に長居していると場合によっては身が危険だな。早いとこセフィア達と合流して出発した方がいいだろうな)
そう思いながら街を歩いていると、とある建物の前で青い鎧を脱いだセフィアが心配そうに顔をキョロキョロさせていた。
俺が建物に近づいて行くと引き攣っていた顔を緩め、此方に手を振っていた。
「ミコト殿、心配していました。大丈夫でしたか?」
「ああ、何も問題はない。強いて言えば、竜を捕まえて手っ取り早く、移動手段にと考えていたんだが、上手く行かないものだな」
「ま、まぁ詳しい話は後にして、宿を取ってありますのでゆっくり休むとしましょうか」
「そうも言ってられないかもしれないぞ?」
「何かあったのですか?」
「此処では目立つからな。部屋に行ってから話すよ」
俺は周囲に目を光らせ、襲撃を口にしていた男が身の回りにいない事を確認すると、セフィアの案内の元、建物の2階へと足を進めた。
宿屋の通路は狭くギリギリすれ違えるかどうかの幅しかなく、2階へ続く階段も1箇所しかなかった。
セフィアが取った部屋は一応は隣同士なのだが、室内に入ると2部屋を繋ぐようにして扉が中央にあり、万が一の場合は互いの部屋に逃げ込める作りになっていた。
「おおミコト、大丈夫じゃったか。御蔭で助かった、礼を言うぞ」
部屋に入るとヴィナリスがベッドの上で寝転がっていた。
セフィアが着ていた青い鎧も部屋の片隅に所狭しと置かれている。
「今日はこの宿で泊まって英気を養い、明日の朝一番で出発という事で」
「残念だが、不測の事態があるかもしれん」
「如何いうことですか? ミコト殿」
「街の入口付近で立ち聞きした内容によると、一部の傭兵がセフィア達を襲撃する予定を立てているらしい。場合によっては街中で戦闘が起こりうる可能性がある」
「傭兵達がですか!?」
「傭兵と言っても、言葉使いからして賊くずれだと思うが」
「しかし如何して襲われるのが私だと? 姫様が標的になるのは分かるのですが」
セフィアの一言を受けて、ベッドの上で飛び跳ねていたヴィナリスの顔が心なしか強張っていた。
「最初に『青い鎧を着た女』って言っていたからな。それに『街の奥に歩いていった』とも言っていたから間違いはないだろうな」
「この街を抜ければ、コーランディアの領土まで後少しといった私の甘さですね。申し訳ありません」
「もう少しで安全なのか?」
「はい、あと半日も歩けば国境の街クレイアスに到着します。其処まで行ければ私以外の騎士もいますから、安全面は此処と比較にならないほど、大幅に上がります」
「この街を出るまでが正念場ってことか」
こうして宿屋の部屋で周囲の気配を精霊に探知してもらいながら、気の休まらないまま日の出を迎えた。
(結局、襲撃はなかったな。このまま何も起こらなければ良いのだけれど)
そして打ち合せ通りに日が昇りきっていない朝靄の中をセフィアと2人で周囲の気配に目を光らせながら、街のコーランディア側の門に向けて歩き出した。
襲撃される事なく街の外に出たのも束の間、外に出ると同時に5人の傭兵に取り囲まれていた。
後方からも、俺達を挟み撃ちするかのような形で5人、宿屋を出た辺りから付いて来ている。
「な? 俺の言ったとおりだろ? 此処で待っていれば、必ず向こうからやって来るってな」
「ヒヒヒヒッ悪知恵だけは人一倍だな。まぁ、その御蔭で餌にありつけるんだがな」
「お、おで、あのちっさい女がいい・・・・・・」
一部の大男はヴィナリスの方を見て涎を垂らしているが、他は一様にセフィアを見ていた。
「お前等ごとき輩が、正規兵に勝てると本気で思っているのか?」
「ほざけっ! こっちは10人もいるんだ。たった2人とガキ1人で一体何が出来る」
質より量で勝負という訳か、どちらにしろ勝ち目は無い事ぐらい分かるものだろうに。
そうしている中、一人の男の合図によって一斉に剣やらナイフを抜いて襲い掛かってくる。
「セフィアは極力戦わずに姫を守っていてくれ! コイツ等は俺が相手をする」
「分かりました。大丈夫だとは思いますが、お気をつけ下さい」
そんなやり取りのあと、セフィアは片手でヴィナリスを脇に抱えながら、余裕で傭兵達から距離をとる。
「相手が悪かったな。一撃で決めさせてもらう」
俺は火炎魔法では相手を焼き殺してしまう恐れがあるため、掌に水球を作り出し傭兵の頭部を覆うようにして放っていく。
「な、なんだ!? ガボガボガボガボッ、い、息が・・・・・・」
「ゴボゴボゴボゴボ」
一人、また一人と水球によって呼吸困難となり、地面に倒れていく。
それが俺が放った魔法による物だと瞬時に気がついた、少しは頭にキレがある傭兵達は蜘蛛の子を散らすかのように逃げていく。
「ま、魔術師だーーー逃げろ!」
「待てお前ら! 折角のご馳走を前に逃げる気か、戻って来い」
地面に倒れて口から大量の水を吐き出している2人の傭兵。
更に魔術師が相手と見て、一目散に逃げて行った7人の傭兵は、男の呼びかけに一切応じずに振り向きもしないで逃げていく。
「ちっ、腰抜けがどもが! こうなりゃ俺一人ででも・・・・・・」
俺がそんな隙を見逃す筈もなく、倒れている2人と同様に頭部に水球を放つ。
男は必死に頭部に纏わりつく水を手で剥がそうとするが、地面に身体を投げ出しても、必死に首を縦横斜めに振っても、何をしても無駄で数分後には他の仲間とともに地面に倒れ付した
「終りましたか。流石ですね」
「なぁに、こいつ等が無謀だっただけだ。数を揃えれば何とか成ると思ったのが敗因だな」
結局、傭兵・・・・・・というか賊くずれな男達は誰一人として俺と打ち合わないまま、勝負がついた。
最初はセフィアと共に逃げていたヴィナリスも、倒れた傭兵の口から滾々と湧き出る水を面白そうに眺めていたが、流石に厭きたのか国境の町クレイアスに向けて歩き出した。
そしてセフィアの予告どおり、半日ほどでクレイアスに辿りつくのだった。