第144話 とある朝の風景
翌朝、ヴィナリス姫が目を醒ます前に起きたセフィアは傍にある泉の水で顔を洗うと、慣れた手つきでヴィナリスを起こしに行った。
「姫様、朝です。起きてください」
「んみゅ~~セ、フィア? あと5分・・・・・・」
俺はその様子を見ながら『何処の世界でも朝は同じか』と笑いながら様子を見ていた。
「姫様! 我等は一刻も早く、この現状を城に伝えねばなりません。その為には・・・・・・」
クドクドクドクドとセフィアは未だ目が覚めきっていないヴィナリスに対して、説教とも思える言葉を執拗に投げかけていく。
「分かった! 起きる、起きるから止めてくれ」
「姫様、おはようございます」
とんだ目覚ましで起こされたヴィナリスは、体調の悪そうな顔で夕食時に食べた果物に齧りついている。
「それで『シャクッ』今日は『シャクッ』如何するのじゃ?『シャクッ』」
「お行儀が悪いですよ? 喋るか食べるか統一してください」
「シャクシャクシャクシャク・・・・・・」
「食べる方を優先しましたか。ハァ~~~」
ヴィナリスは疑問よりも食欲の方が勝ったのか、一心不乱に果物を食べ始めた。
(何処かで見たような風景だな。何処だったっけ)
(マスター・・・・・・)
セフィアに至っては、その様子をこめかみに青筋を浮かべながら、何かを言いたげな表情で見つめている。
「は~っ満腹じゃ。して、これから如何する?」
「王都までは通常ならば馬車で4日かかりますが、先日の襲撃で馬車は大破した挙句、馬も逃げてしまったため、歩きで城に戻らねばなりません。途中の街や村で運良く馬車が調達できれば問題はないのですが、逆に反逆者の手によって捕らえられ、御命を危険に晒す事も考えられます」
「そのような恐ろしい事を言うでない」
「可能性を示唆したまでの事です」
セフィアはこう言うが、時折不謹慎にも姫が顔を強張らせているのを見て、顔を背け微笑んでいる。
「それで、ミコト殿はこれから如何なさるのですか?」
「え? 付いてきてくれるのではないのか? ミコトが居れば心強いのであろう?」
「姫様これは我が国の問題です。いかに貴重な存在の魔術師であるミコト殿とはいえ、巻き込むわけには」
「別にいいぞ。雇われても」
「「ミコト(殿)?」」
考える間もなく返事をした俺の方を、首の骨が折れるかもしれないほどの速度で回した2人は驚愕の表情で見ている。
「別に急ぐ旅をしているわけではないからな。たまには寄り道をするのも良いかと思ってな、構わないか?」
(『たまには寄り道を』って何時もの事じゃないですか?)
(ルゥ、何か言ったか?)
念話なので一字一句全て聞えているのだが。
(な、なんでもありません)
ルゥと会話していると何時の間に俺の目の前に来たのか、セフィアが声を震わせながら再度疑問を口にしていた。
「ほ、本当に宜しいんですか!?」
「セフィア、何度も聞くでない。ミコトの気が代わったら如何するつもりじゃ?」
「別に構わないよ。同行をするのが嫌だって言うなら旅にもどる「いえ、御願いします!」・・・・・・だけだが」
俺が次の句を口にする前に、セフィアが協力を要請してきた。
ヴィナリスもセフィアが言った言葉を言おうとしていたのか、涙ぐんだ表情でセフィアを睨みつけている。
「ま、まぁ出発しましょうか? まずは此処から近いアルガロックの街を目指しましょう」
セフィアはヴィナリスに目を合わさない様にして姫の手を取り、歩き出した。
だが、1時間ごとにヴィナリスの『腹が減った』だの『疲れた』だのといった我侭で思うように目的地までの距離を縮める事が出来なかった俺達は已む無く、姫を交代で背負う事によって歩き続けていた。
背負って数分後には、口元から涎を垂らしながら寝息を立てて眠ってしまっているが。
「それにしても、ミコト殿は魔術師なのに御一人で旅をしているのですか? 危険なのでは?」
どうもこの世界の魔術師は色々と面倒ごとが多いらしく、殆んどの者は近接攻撃ができないらしい。
まぁ、魔術師=ひ弱なイメージだから、しょうがないのかもしれないが。
「これでも一応、剣を使えるからね。思ったよりは苦にならないよ」
「魔術師でありながら剣を。やはりミコト殿は変わった御方だ」
「何か問題でも?」
「いえ、先日にも申し上げましたとおり、魔術師の方々は言い方は悪いのですが、自分たちのことを『選ばれし存在』と思い込み、魔術を使えない剣士や民達を見下しているのです。魔術師は遠距離攻撃でこそ有利ですが、近距離まで追い詰められると旗色が悪くなり直ぐに逃げ出します」
人には備わっていない力を誇示して他を見下す存在が魔術師か、腐ってるな。
「そのため、殆んどの魔術師は一部例外もありますが、命令に忠実な部下を伴って旅をしています」
「じゃあ俺のように、遠近両方の攻撃ができる魔術師は少ないのか?」
「少ないと言うよりも、ほぼ『0』に近いほどです。魔術師は魔法に長けていて力は弱く、戦士は力での攻撃に長けていて魔法に弱いというのが一般常識になっていますから」
「俺はその魔術師が、ひ弱に見られる事が嫌で身体を鍛え始めたんだ。周囲から奇異の目で見られながらもね」
「そうでしたか。並々ならぬ努力をされたのですね」
殆んどというか、全部作り話だけどね。
話を弾ませながら、セフィアの背中で今もなお眠り続けているヴィナリスを見て歩いていると、目の前に薄っすらと蜃気楼のような街影が見えてきた。
「ミコト殿、アルガロックの街が見えてきました。急ぎましょう」
第1の目的地であるアルガロックという街を見つけたセフィアは、旅の疲れからか若干の急ぎ足で歩き始めた。
そして街の入口まで残り500mほどと言うところで、目の前に頭の先から足までを黒い鎧を身に纏った者を背に乗せた竜が目の前に立ちふさがった。
「なっ!? 何故ワイバーンナイトがこんな所に」
「待ったかいがあったぜ。寄せられた情報は正しかったようだな」
「何故このような辺鄙な場所にゴルダリアンの精鋭部隊がいる!?」
「任務中に面白そうな情報が齎されてな。半信半疑だったが正解だったぜ! 俺様の臨時収入、及び昇進のために此処で死んでくれや」
竜に乗った者はそう言いながら長槍を脇に抱えるようにして持ち、セフィア目掛けて突進してくる。
セフィアはそれを地面ギリギリに伏せるようにして回避すると、死に直面したような表情で項垂れていた。
「セフィアしっかりしろ! 此処は俺が食い止める。その間にヴィナリスを連れて街に逃げ込め」
セフィアはギギギッと油が切れた機械のような擬音を立てて此方に顔を向けると、青ざめた表情で、気を失っているヴィナリスを手に焦点の合ってない目で此方を見つめ口をパクパクさせている。
「ふんっ、貴様のような者に何が出来る。命が惜しくば其処で黙ってみていろ!」
「セフィアーーー!」
セフィアは俺の怒気を込めた大声で我を取り戻すと小さく頷き、脇目も振らず街へと向けて走り出した。
「逃がすとおもっているのか?」
それでも追いかけようとする竜の顔スレスレに俺は多数のファイアーボールで攻撃し、動きを止めた。
「き、貴様、魔術師か」
ワイバーンナイトは先程の威勢は何処にやら、震えるような声で俺に言葉を投げかけてきた。
「俺のことは如何でもいい。セフィアの邪魔をするというのならば容赦はせん!」
俺は何時でも攻撃が出来るように、掌に火炎球を幾つも作り出し、牽制する。
「な、なぁアンタ、俺達の国に雇われないか? あいつ等に幾ら貰って雇われてるか知らねえが・・・・・・」
俺は相手が言いきる前に掌に形成されているファイアーボールを竜に命中させた。
「グオオオオォォォーーン」
「し、静まれ、大人しく俺の言う事を聞け!」
「ギャオオオオォォォゥゥゥゥ」
「ま、待て何処に行くつもりだ!? 戻れ、戻って戦え」
竜は黒い鎧を着た者の言う事を全く聞こうとせず、悲鳴のような奇声を上げながら何処かへ飛んでいってしまった。
俺はあわよくば敵を倒して、竜を奪ってやろうと思っていたのだが奇声とともに逃げていく竜を見て気が削がれ、セフィアの後を追いかけるようにしてアルガロックの街へと足を進めた。