第143話 姫と護衛騎士
治療を施してから数時間が経過した頃、漸く女性に動きがあった。
因みに泣き喚いていた少女は流石に泣きつかれたのか、いつの間にやら女性にしがみ付いたまま寝息を立てている。
「ここは・・・・・・はっ!? 姫様!」
「大丈夫。泣き疲れて眠っているだけだ」
「っ!」
女性は岩に腰掛ける俺の姿を見つけると、上半身を起こそうとするが血を流しすぎた事による貧血で身体が思うように動かずに地面に尻餅をついてしまう。
そのショックで眠っていた少女も目を醒まし、視界に女性が入ると同時に飛びついて嬉し泣きしている。
「姫様。よくぞ御無事で」
「セフィア~~~死んだのかと思ったのじゃーーー」
セフィアと呼ばれた女性は、我が子を慰めるかのように少女の頭をそっと撫でている。
「姫様、私が眠っている間に一体何が起こったのですか?」
「こやつは悪漢を倒し、セフィアの傷を治してくれたのじゃ」
「傷を!? そういえば・・・・・・」
女性は深い傷を負って未だ血で染まっている、脹脛や二の腕を恐る恐る触り、傷が無い事を確認して驚きの表情をみせている。
「魔術師の方でしたか。先の御無礼をお許し下さい」
「我からも礼を言うぞ。よくぞセフィアを助けてくれた、この通りじゃ」
少女は姫と呼ばれていたにも拘らず、偉ぶった態度も見せずに対等であるかのように頭を下げている。
「そんな畏まらなくてもいいですよ。目の前で困っている方を助けるのは当然の事じゃないですか」
「ふむ。オヌシは、そこ等に居る魔術師とは何処か違うようじゃの」
少女は顎に手を当てて何かを考えながら、時折此方の表情を見ていた。
(この世界の魔術師というのは、どんな存在なんだ?)
その横で、つい先程目覚めたばかりのセフィアが立ち上がろうとしている。
「無理は為さらないほうが良いですよ。大量の血液を流したのですから身体に力が入らないでしょう」
「だが、この事を一刻も早く城に伝えねば」
「この者の言う通りじゃ。無理をしてはならぬ。これは命令じゃ」
「・・・・・・分かりました」
少女が『命令』と言う言葉を口にすると、女性は渋々ながら従った。
「何をするにしても、まずは血を増やす事から始めましょう。食料は沢山、ご用意してありますから、先ずは食事ですね」
「食料とな? 何処にも、そのような物は見受けられぬが?」
俺が口にした『食料』と言う言葉を聞いた少女は御腹が減っているのか、キョロキョロと忙しく顔を動かしている。
「無いではないか。我をからかっているのか?」
「いえ、ちゃんと此処にありますよ」
『騙された』と思っている少女を横目に腰の道具袋から林檎のような形をした少女の顔ほどの大きさの果物を10個取り出し、汚れていない石の上に置いた。
「どうぞ。足りなければ、もっと出しますから」
目の前で山に積まれている果物を見て、少女と女性は目が点になっている。
「? 心配しなくても毒などは入っていませんから」
「いや、毒云々と言うよりも、何処から此れを出したのじゃ? 如何考えても、この量が収まる袋には見えぬが」
「流石は魔術師殿、我等とはかけ離れた能力をお持ちで」
女性は口ではそう言いながらも、目は虚空を見つめている。
「そんな事はどうでも良いですから食事をしましょう。じゃないと何時まで経っても出発できませんよ?」
「どうでも良くは無いのじゃが・・・・・・まぁオヌシの言う事にも一理あるの。遠慮なく頂くとしよう」
「ひ、姫様!?」
怪しげな果物に躊躇もなく、手を伸ばし齧りついた少女を女性は心配そうに見つめる。
「シャクッ うむ。見たこともない果物じゃが、中々美味いのぉ。ほれセフィアも食わんか」
「は、はい。頂きます」
毒見として従者が先に食べるのが普通じゃないのだろうか・・・・・・。
その後、果物を食べながら自己紹介し、少女はコーランディアという国の皇女で名をヴィナリスと言い、セフィアはヴィナリスの護衛騎士だと言う事だった。
保養のために出かけていた、ヴィナリス姫とセフィアを含む、護衛騎士4人でとある街に滞在していたところ、町を警備していた衛兵が突然、刃を向けてきたのだという。
裏切りを知らせるべく、城へと戻る途中に襲い掛かってきた男達により1人また1人と護衛騎士が倒されていき、もう駄目だと思った時に何処からともなく、俺が現れたのだと言う事だった。
そして会話しながらも食べ続けていたヴィナリス姫とセフィアは疲労のためか、もしくは満腹感からか静かな寝息を立てて眠りについた。
「見ず知らずの俺が居るっていうのに、やけに無防備な2人だな。一応信頼されていると見て良いのかねぇ」
俺は2人が凍えないように魔法で火を熾すと精霊と念話で話し出した。
(ミラ、もう少し転送場所を考えてくれないか? 結果として人助けになったから良いけど)
(申し訳ありません。まさか、このような事が起きていようとは思いも寄らず)
(まぁいいか。それで聞く暇が無かったけど、此処はどんな世界なんだ?)
(この世界は雷の精霊が管轄する世界です。主様もご覧になったとおり、魔法も存在していますが、魔術師は剣士や戦士と比べて身分が高い位置にいます。殆んどの魔術師は自分達をエリートと思い、上から目線で物を言います)
(それでセフィアもあからさまに怪しい俺に対してでも、あの口調だったのか。でもヴィナリスも一国の姫なんだろ? 幾ら魔術師が偉いとはいえ、流石に腰が低すぎないか?)
(あの姫が特別なんだと思いますよ。幾らなんでも、王族≦魔術師ではありませんから)
(ところで、俺はこのあと如何すれば良いとおもう?)
(主様のお好きなように為さってください。既に答えは出ているのでは?)
(ああ、見捨てては置けないからな。城まで護衛してやりたいし、良いかな?)
(私達、精霊は主様に従います。ところでセフィアさんは起きているようですね)
(そうなのか? まぁ初めて会う男の前で主を前に無防備に寝られる方が如何かしているけどな)
俺はミラとの念話を辞めて狸寝入りをしているセフィアに小声で話しかけた。
「・・・・・・セフィア、起きているんだろう?」
俺が声を掛けた瞬間、声を掛けられるとは思っていなかったのか、身体をビクっと震わせヴィナリスを起こさない様にして上体を起こした。
「何時から気づいていたのですか?」
「最初からだよ。幾らなんでも護衛すべき姫が居る前で、不審者である俺の前で無防備な姿を晒さないと思っていたからね」
と言っても、俺が気がついたのはミラに言われてからなんだけどね。
「流石ですね。ミコト殿は如何して、危険な真似をしてまで私達を助けようと?」
「さっきも言ったけど、魔術師とか剣士とか関係無しに、困っている人を見過ごせないんだよ。特に目の前で死にそうになっている姿を見た時にはね」
「やはり、ミコト殿は他の魔術師とは違いますね」
「安心したなら、もう少し寝たら? 俺は見張りをしておくからさ」
「姫様の手前、正直無様な姿は晒せないのですが、如何やら限界のようです。申し訳ありませんが宜しくお願いします」
「夜明けまで僅かな時間しかないけど、ゆっくり休んでくれ」
セフィアは頷く事で了承すると身体を横たえ、今度こそ寝息を立てて安心した表情で眠りについた。
そして俺は周囲の気配に感覚を研ぎ澄ませつつ、果物を齧りながら朝を迎えた。