第142話 危機一髪
土の精霊ノルムに逢った数分後、俺はミラに連れられて次の世界に姿を現した。
が、何故か姿を現した途端に俺の背には、1人の脅えた表情をした少女が青い胸当てを身に付けた女性に身体を震わせながら抱きかかえられていた。
俺の目の前には数多くの真っ黒な鎧を身につけた3人の男と黒いマントを着込んだ魔術師のような男が戸惑いの表情を見せながら、剣や杖を構えて俺を睨みつけていた。
「怪しい奴め! いったい何処から現れた!」
「何処からと言われてもな。 此処からとしか言えんな」
そう言って俺は人差し指で足元を示す。
「人を馬鹿にしておるのか。まぁいい、背に隠す者を速やかに此方に引き渡してもらおう」
俺はそう言われ、俺の背に隠れて震えている少女を見るとビクッと身体を震わせて泣いていた。
女性も所々に剣による傷を負っており、放っておけば間違いなく出血多量で命を落とすんじゃないかと思われるほどの大怪我だった。
「貴様等のような、売国、者などに姫を渡すわけには行かぬ。恥をしれ、愚か者どもが」
「ふんっ! 既に虫の息ではないか。貴様が息絶えた後で、ゆっくり事を運ばせてもらおう」
青い鎧の女性と黒い鎧の男達は俺が眼に入らないのか、完全に俺の存在を無視して会話している。
正直、どちらに味方すればいいのか迷っていたが、女性が口にした『売国者』という単語を聞く限り、黒い鎧を着た男達は裏切り者という事だろう。
そうなれば、どちらが正しいかは火を見るより明らかだった。
「ひ、姫様、申し訳ありません・・・・・・」
そう考えていると、遂に限界が訪れたのか血塗れの女性が血を流しすぎて意識を失ったようだ。
「これで俺達に楯突く邪魔者はいなくなったわけだ。あとは姫を手土産に国に取りいるだけだ」
「そういう訳には行かないな」
「ぬっ? 貴様、邪魔立てする気か」
「先程の会話を聞く限りでは、正義は此方の女性にあるようだしな。悪いが敵対させてもらう」
「馬鹿な奴だ。此方には魔術師がおるのだぞ? 命が惜しくなければ、此処で見聞きした事を忘れる事だ」
俺に魔術師の存在をアピールして脅しをかけてくるが、たかが魔術師1人怖くも何とも無く、平然と構えていると次第に男の表情が険しくなっていった。
「あくまで邪魔をするというのだな?」
男がそういった直後、男の後方に待機していた2人の男達が剣を構え直して俺に飛び掛ってくる。
俺は別々の方向から襲い掛かってくる剣をかわしながら、相手の膝を甲冑ごと圧し折り、戦意を喪失させる。
「ガアァァァァァーーー!?」
「ウグゥゥゥゥーーー!」
2人の男の膝は俺が蹴り飛ばした事により、決して通常では曲がらない方向に曲がり、男達は剣を投げ出して膝を抱えながら転げ捲くっている。
「おのれぇ~~不甲斐ない馬鹿どもめ! 俺が時間を稼ぎます。その間に詠唱を」
会話を聞いている限りでは、男よりも魔術師の方が偉いのか、男はそう言って剣を両手で構え、低姿勢で俺へと突進してきた。
「貴様も下らぬ正義感さえ出さなければ、生き延びられたものを・・・・・・覚悟しろ」
そして男が剣を構えて此方に来ると同時に、男の背後から魔術師の攻撃であると思われる火炎球が幾つも俺に襲い掛かってきた。
俺は魔法攻撃をものともせず、男の剣をかわしながら懐に入ると握り拳を作り、控えめな力で腹を殴った。
全力で殴ると、それこそ腹を突き破ってしまうので手加減をしたのだが、思いもよらない結末を迎えてしまう事となってしまった。
男は手加減した俺の拳を受けて、よろめいた拍子に魔術師の放った魔法が背中に直撃し、一瞬のうちに全身火達磨となり息絶えた。
「ヒイィィィィィィーーー!?」
結果的に仲間の男にトドメを刺してしまった魔術師は言葉にならない悲鳴を上げて走って逃げてしまった。
俺に膝を蹴り折られて蹲っていた男達も匍匐全身のような体勢で足を引き摺りながら逃げていく。
「・・・・・・セフィア? ねぇ、どうしたのじゃ? セフィア、セフィアーーーー!!」
俺は後味の悪さに呆然としていると、先程の脅えていた少女が目に大粒の涙を浮かべながら、青い鎧を着た女性を必死に揺すっていた。
時折、女性から『ウグッ!』という、短い言葉と荒い息遣いが聞えてくる事から完全に息絶えては居ない事を知った俺は、瞬時に女性に近づき回復魔法を掛けることにした。
「な、何をするつもりじゃ!? セフィアにこれ以上、手を掛けることは許さぬぞ」
少女は俺が女性に近づいた事で、守られる立場から守る立場へと一転し、俺を女性から遠ざけようとする。
「大丈夫だ。治療しているだけだ、怖がらなくても良い」
「ほ、ほんとうか? セフィアは助かるのか?」
「あ、ああ、なんとか間に合ったみたいだからな。っと此れで良い。もう暫くすれば、目を醒ますだろう」
そう言いながら女性の顔を覗き見ると死人のように、真っ青だった顔色は体温が戻ってきたのか次第に赤みを帯びてきていた。
「ほ、本当じゃ~~~良かった。セフィア~~~」
少女は自分の服が『セフィア』と呼んだ女性の血で赤く染まろうと構わずに、未だ倒れ伏している女性に抱きついて泣き出している。
こうして新しい世界に到着した直後に戦闘に巻き込まれた俺は身近にある岩に腰掛け、女性が目を醒ますのを待ち続けた。