第141話 鉱山での惨事
少しグロい表現があります。
街の外を鉱山に向けて歩き出してから、体感時間で凡そ1時間が経過した頃、空が完全に赤く染まると同時に街の方角から日没を示す、鐘の音が聞えてきた。
(たしか日没の鐘の音が錬金最終試験のタイムリミットを現しているんだったよな。 ルナは無事に合格したのかな?)
そのような事を思いながら、最終試験の時の街へ帰る時のように魔物の襲撃や、別の何らかのイベントに身を備えながら、右手を腰の剣に携えて荒野を進んで行った。
だが、何か別の強大な力でも働いているのか、一向に魔物の影すら見当たりはしなかった。
(おかしいな。 ノスフィルド鉱山に向かっていた時は嫌になるほど魔物の襲撃に出くわしたのに。何か嫌な予感がしてならないな)
(私も周囲の魔物の気配を読んでいるのですが、何故か何の気配も感じません。 それこそ、魔物以外の野生動物の気配すら)
(一体全体、如何いうことなんだ?)
考えていても始まらないと思い、臨戦態勢を整えながら周囲に気を配り鉱山への道を歩いていく。
そして早歩きで歩き始めて5時間が経過した頃、魔物に一度もエンカウントしないまま、目的の鉱山へと辿りついたのだが、此処でも不審な点が見受けられた。
ノスフィルド鉱山の時は2人の衛士が入口を警備していたにも拘らず、このサウシュルド鉱山には誰一人として衛士はいないのだ。 更に鉱山の奥からは不穏な空気が漂ってきていた。
(マスター、気がついていますか?)
(ああ、血の匂いがする。 序に途轍もない殺気もな)
俺は鉱山の入口手前にある、鉱夫の休憩所を覗いてみたが其処にも誰一人として姿は見えず、鶴嘴のような道具だけが床に散乱していた。
ランタンだけが見当たらない事から鉱石を掘ること以外で誰かが内部に立ち入った事が予想できた。
俺は何処と無い違和感を持ちながら、掌に灯り代わりとなる火炎球を作り出し、鉱山内へと足を進めた。
(気をつけて進んでください。 鉱山内は一筋の光も差し込まない暗闇です。 幾らマスターが不死身とはいえ、背後から襲われては一溜りもありませんから)
(分かっている。 周囲の気配探知を頼むぞ)
(はい。くれぐれも、お気をつけて)
ルゥに協力を要請した俺は真っ暗な鉱山内をどんどんと進んで行った。
ゲームのダンジョン内とは違い、マップのような物もドワーフの道案内も無かったが、鉱山の奥から頻りに漂ってくる濃厚な血の匂いと、途轍もない殺気が道案内となって迷うことなく深部へと足を進めることが出来た。
(なんなんだ此れは? 一体、奥で何が起こっているんだ?)
(マスター、そろそろ広い空間に出るようです。注意してください)
(分かっ『グニャ』・・・・・・なんだ?)
何かゴムの塊を踏みつけたような、気持ちの悪い感覚がした事から、掌の火炎球を持ってしゃがんでみると其処には苦悶の表情を漂わせて、身体に3本の鋭い爪痕が刻まれた男の死体が横たわっていた。
「ウグッ!?」
喉の奥から何か酸っぱい物が込み上げてきそうな感覚を押し止めて、壁に手を突いて堪えた。
(どうやら強大な魔物がこの奥に潜んでいるようですね・・・・・・マスター、大丈夫ですか?)
(あ、ああ、問題ない。大丈夫だ)
惨ったらしい死体を見て気分を害した俺は、咄嗟に死体から眼を背け深呼吸して気分を落ち着かせると剣を抜き放って奥へと足を進める。
『ベチャベチャ・・・・・・グッチャグッチャ・・・・・・』
(何だ、この音は?)
俺は意味不明な音がする方へ最低限の明るさになるようにした殺傷力のない火炎球を飛ばすと、其処には驚きの光景が待ち構えていた。
来る途中に苦悶の表情を浮かべて息絶えていた男の相棒だろうか、まるで食いちぎられたかのように下半身と上半身が別々の場所に転がっている。
ただ気になることに暗がりで色までは分からないが、グレイアスやノスフィルド鉱山の門番が着ていたような鎧とは全く違っていた。
(こいつ等が鉱山で噂されていた不審者って奴か?)
さらに、奥の暗闇へと目を遣ると、既に息絶えている人間の下半身に何か巨大な虎のような魔物が噛み付いている。
俺は死体とはいえ亡き者を冒涜する行為が許せずに魔物に攻撃を加えてみたのだが。
「グゥオ? グルルルルルゥゥゥ」
魔物は俺の一撃を受けたにも拘らず、意に反する事なく目の前の食事をしていた。
「何て固い皮膚だ・・・・・・剣が弾かれるとは。 こうなったら」
(マスター、此処で魔法を使っては駄目です。魔物共々、生き埋めになってしまいますよ?)
(はっ、そうだったな。では如何しろと?)
(目の前の生き物が魔物である以上、何らかの弱点はあるはずです。 色々な場所を攻撃してみましょう)
ルゥに言われ、目に見えないほどのスピードと暗闇である事を利用して魔物の目や巨体を支えている足、脈動している腹など、数箇所を剣で攻撃してみたが有効といえる成果は与えられなかった。
流石の魔物も此処までやられれば、此方の存在に気づかないわけはなく、口の周りを血で真っ赤に染めながら『新しい活きの良い獲物を見つけた』と言わんばかりの表情で襲い掛かってきた。
「グオオオオオオォォォ!!」
魔物は自身の鋭い爪を武器に俺へと襲い掛かってくる。
俺も剣で防御しながら、隙を見て魔物に切りかかるも、全く攻撃は通じなかった。
そしてそのまま数十分が経過した頃、偶然にも俺の振った剣が魔物の開けた口の中に突き刺さった。
「グワギョオオオオオオーーーーン」
今までどのような攻撃を加えても有効打を得られなかったにも拘らず、今の攻撃は完全に効いていた。
(そうか、コイツの皮膚はどんな攻撃も通さないが、身体の中は別と言う事か)
(マスター、どうするおつもりで?)
(コイツは腹を減らしているんだろ? もう要らないという程の量を御馳走してやるさ)
(私的にはマスターに危ない事はしてほしくないのですが・・・・・・仕方ありませんね。 無理はなさらないで下さい)
俺は持っていた剣を腰の鞘に収め、無防備となって魔物の前に立つ。
魔物は最初、訳が分からないといった表情を見せていたが、次の瞬間には大口を開けて襲い掛かってきた
「かかった!」
俺を食おうとでも思って襲い掛かってきたのか、俺は右腕を大口を開けていた魔物の口の中へと突っ込むと魔力を解放する。
「腹が減っているんだろ? 遠慮しなくても良いんだぜ」
魔物は俺の腕を食いちぎろうと鉤爪のような前足で引っかいたり、顎を上下させたりしているが、俺の腕には1mmほども傷は付かず、次第に疲れが見えていた。
「なんだ? 何かしたか?」
俺は魔物の口の中にある右腕に纏まった魔力を流しファイアーボールと唱えると、魔物は悲鳴を上げる暇も無く腹の中から爆散し息絶えた。
「全く梃子摺らせやがって」
(マスター、お見事です!)
(さて、これで漸く精霊探しができるな。 とは言っても、此処には精霊はいないか)
俺が踵を返して鉱山から外に出ようとすると、ミラから念話が届いた。
(主様、お待ち下さい。 土の精霊の波動が此処のすぐ近くから感じられます)
(この鉱山の中か? とても精霊のいる気配は感じなかったが)
(いえ鉱山の外から感じます。 一旦外に出てもらえますか?)
俺はミラの案内の元、一旦外に出ると、鉱山をぐるっと一周するかのように山の斜面を登っていく。
そして鉱山の略真上に位置する場所まで来ると、目の前に祠のような物が姿を現した。
(土の精霊、此処に居るのでしょう? 姿を現しなさい)
ミラが不意に祠に向かって呼びかけると、祠の建っている地面の中から土気色に輝く何かが姿を現した。
(うぅ~ん。 光の精霊、いや今はミラだっけ? 今度は一体、何の用なの?)
(土の精霊、しゃきっとしなさい! 主様の目の前ですよ)
(へっ? 主様~)
土気色の光の玉は俺の目線に移動すると、頭の先から足のつま先まで舐めるようにして移動した。
(あれ? 何か懐かしいような気配がするけど、何だったっけ?)
(情けない事ですが、本人は寝ぼけ癖があるんです。そろそろ目が醒めるとおもいますが)
ミラがそう言った、約10秒後。
(あれ? 今、ミラと主様が居たような気がするな。気のせいかな?)
(気のせいではありませんよ。土の精霊、主様の目の前で何と体たらくな)
(えっ、主様!? お恥ずかしいところを御見せして申し訳ありませんでした!)
土の精霊は改めて俺の姿を見ると、頭を下げるようにして何度も何度も上下に移動した。
(か、構わないから精霊の宝玉を貰えるかな?)
(そのような物で宜しければ何個でも。 ですからごめんなさい、ごめんなさい!)
(いや、1個でいいから)
俺は笑いを堪えながら、精霊の腕輪を土の精霊に向けて精霊玉を手に入れた。
その間も土の精霊は謝り続けている。
(主様、土の精霊はこの際置いといて、次の世界に旅立ちますか?)
(そうだな。 ほらほら、何時までも謝り続けてないで行くよ?)
(は、はい。 申し訳ありませんでした)
(だめだこりゃ)
その後、落ち着きを取り戻した土の精霊にノルムという、ノームを捩った名前をつけて次の世界に旅立った。
「そういえば、入坑許可証を返さないままで界渡りしてしまったな。まぁ、次にこの世界に降りるときにでも返しに行けば良いか」