第138話 嘘八百の昔話
質問攻めにしてきたグレイアスとナジェリアを連れて、宿屋へと戻ってきた俺は宿屋の女将さんから奇異な目で見られながらも自分の部屋へと2人を連れ込んだ。
運が良かったのか、俺の泊まっている部屋以外、全ての部屋の扉が開け放たれている事から他の客が居ないようだった。
「さて、ミコト説明してもらうぞ? 何故、風術士であるミコトが土術士の錬金魔法を使えるのだ?」
「それは俺も聞きたい。 ミコトがナジェリアの言うように風術士であったならば、錬金魔法が発動する筈はないのだからな」
「2人して声を荒げないでも今説明するから。それと約束してほしいんだけど、これから言う事は他の誰にも喋らない事、それだけは約束して」
グレイアスとナジェリアは俺の必死の表情に何かを思ったのか、口を揃えて返事をした。
「我が土術士隊隊長の血に掛けて他言しない事を誓う!」
「わ、私も火術士隊副隊長の血に掛けて、此処での事を他言しない事を誓う」
2人は誓いの言葉とともに俺に掌を開くよう促し、徐に右親指の先を傷つけ、血を俺の掌の上に垂らした。
「2人とも何を・・・・・・」
俺は何のために2人がそんな事をするのか、分からずに呆然としてしまっていた。
そして次の瞬間、2人は右手を握り締め、右胸の上に置くと口を合わせてこう言った。
「「血の盟約により秘密を洩らした場合、この命をもって償う事を此処に明言する!」」
士術士隊の取り決めか何かだろうか、全く同じ動作で一言のズレも無く言い切った2人は部屋に置かれている椅子へと腰を下ろした。
「あの、2人とも。今のは?」
「あ、ああ士隊による規律だと思ってくれれば良い。 各隊の隊長、副隊長は陛下の近衛隊としての職務でもあるからな。 国の威信に拘る事柄を同盟国に伝えるという仕事もある」
「その場合は決まって先程のような『血の盟約』を口にし、秘密を守るというわけだ」
「そこまでしなくても」
俺は其れは流石にやりすぎでは? と思ったが、次にナジェリアがいう言葉で納得がいった。
「大袈裟すぎると思っているのだろうが、重要な事を忘れていないか?」
「重要な事? 何かあったっけ?」
「一番最初に街の門で逢ったとき、ミコトが飛行魔術で空を飛んでいたことから風術士であることを確信していたのだが、一人の人間に対して一つの属性魔法は略絶対だ。 遙か昔、賢者と呼ばれた人物は2属性以上の魔法を操っていたと聞いたことはあるが、今では如何頑張っても生まれついての属性以外は操る事が出来なくなっている」
「そんな常識といえることを覆した存在が目の前にいるのだ。 此れが重要なことでない筈がなかろう」
確かにこの世界に来た時にもミラに言われていたな。
「だからこそ『血の盟約』が必要なのだ!」
「この事が仮に広まりでもしたならば、大騒ぎになることは目に見えて明らかだ。 平和を愛する我が国なら問題は無かろうが、北の軍事国家であるガイラステリアに、この事が知られようものなら」
「ああ、間違いなく戦争のために利用されるな」
「分かった。 2人が其処までいうのなら『血の盟約』とやらを信じて秘密を話す事にするよ」
と言っても此処は宿屋の一室、何処に耳があるか分からないからな。 ミラに見張りをしてもらうか
(ミラ、済まないが周りに聞き耳を立てる者がいないか注意していてくれないか?)
(分かりました。 お任せ下さい、主様)
「それではお話します。 俺が2属性の魔法を扱えると言う事実ですが、俺は何故か幼少時に1属性の魔法すら使えませんでした」
2属性どころか全属性魔法を使えるのだが、これ以上の混乱を避けるため嘘八百で誤魔化す事にした。
「それは可笑しい。 普通は胎児が無意識に魔法を暴発させないようにと母の胎内にいるときに魔力封印を施して、物心つくまで魔法を使えなくするものだが」
「俺もそのことを変だと思い、親に聞いてみたのですが、俺からは魔力そのものが感じられなかったと言う事で封印は必要なかったということでした」
「聞きたいのだが? 父方の属性と母方の属性を聞かせてくれないか?」
「えっと、父は風の魔法を使っていたところを見たことがあるのですが、母が魔法を使っているのは見たことがありませんでした」
こんな説明で納得してくれるかどうか分からないけど、其れを証明する事は出来ないんだし構わないな。
「それで父親や周囲から『落ちこぼれ、出来損ない!』と言われ続けた俺は悔しさのあまり、曽祖父の残してくれた古文書や資料を手に猛勉強した結果、数十年も前に失われた飛行魔術を習得し、僅かながら土を操る属性に目覚めたんです」
「それで? 両親を見返すことは出来たのか?」
「いえ驚かせようと思い、魔法が上達してから披露しようと思っていたんですが、運悪く山賊に襲われ、両親ともども俺が住んでいた村は壊滅してしまいました。 俺は飛行魔法で空に逃れていて無事だったのですが」
ノスフィルド鉱山の帰り道で殺してしまった男の死体を見れば火属性も使えることがバレてしまうだろうけど、其の頃には此処を離れているから大丈夫だろう。
(マスター、よくも其処まで作り話を言えますね)
(ん? とある物語の一説を俺なりにアレンジして言葉にしてるだけだよ。 まさか本当のことを言う訳にはいかないだろう?)
(確かにそうですが・・・・・・別の意味で尊敬できますね)
ルゥと会話している俺が悲しみを我慢している表情と思ったのか、ナジェリアが頭を下げていた。
「すまん! 一度ならず二度までも古傷を抉ってしまうような事を」
「いえ、気にしてませんから」
「話は変わるが、どうだろう? 士術隊に入隊してみないか?」
「グレイアス様!? なにを・・・・・・」
「いや、此れだけの才能を持ち合わせている者をただの冒険者にしておくのは勿体無いと思ってな」
「確かにそう言われればそうですが、不謹慎ですよ」
「それで如何だろう? 今なら土術士隊の副隊長の席が空いてるが?」
「すいませんが、今はそのような気分になれないんです。 誘ってくれた事は嬉しいのですが」
「そうか。 無理強いはできないな」
(主様、階下から複数の人間の気配がします。 会話に注意してください)
「それではこの話は此処までにしましょう。 俺も疲れているので」
「ん? そうか疲れているところ済まなかったな」
「あ、グレイアスさん、錬金本試験の結果は如何しましょうか?」
「それなら明日、何時もの教室に来てくれ! 其処で合否判定をするから」
そう言ってグレイアスとナジェリアは宿屋の部屋を後にした。
その後、2人が城へと向かう道中にて。
「ミコトの話、どう思う?」
「故郷を襲われたと言う話ですか? 此処数年は何処かの村が襲われたという報告は入っていませんね」
「それは『この大陸では』という事だろ? もしかしたら他の大陸から海を越えて来たのかもな」
「その考えは無理があると思いますよ。 皆、海獣を恐れて船を出す事は懸念していますし、仮に飛行魔法で飛んでくるにしても魔力が持ちません」
「そうだよなぁ~~~不思議だ」