第136話 沈黙の帰還
俺がこの場所に居たという理由だけで、有無を言わさずに襲い掛かってきた非道な男を無意識のうちに殺してしまった俺は暫くの間、人を殺してしまった事による罪悪感に頭を痛めていた。
(このような言い方しか出来ませんが、マスターは襲って来た賊に対して正当防衛を施しただけに過ぎません。 仮に男を見逃したとすれば、第二、第三の犠牲者が更に増えていた事でしょう)
(ルゥ・・・・・・)
(ルゥ殿の言うとおりですよ。 貴方様は天界に上がられ、神と成られる身ではありますが、今はただの人間でしかありません。 それに人を殺すのを快楽と捉えている者は遅かれ早かれ、地獄に行く運命です。 貴方様は其れをほんの少し早めただけに過ぎません)
(ミラもか、有難う。 御蔭で少しは気が楽になったよ)
(それでは一刻も早く、この場を離れましょう。 先程別れた師団長と呼ばれていた人物が部下の帰りが遅すぎる事を懸念して戻ってくる可能性があります)
(分かった。 だが、その前に)
俺は馬車の脇に未だ横たわる、血塗れの死体の前へ行くと、無念のうちに事切れた遺体をそっと抱え、亜空間倉庫へと横たえた。
(マスター? 如何なさるおつもりで?)
(『手紙をルイベアスの城へ』と書いてあった事から彼は関係者だと言う事だろ? 最後まで職務を全うしようとした男を魔物の餌食となる荒野にそのまま置いとく訳にはいかない。 偶然この場を通りかかった時に、襲われていた彼を助けようとしたが、間に合わなかったと言う事にして城へ手紙と一緒に届けてやろうと思ってな)
(お優しいのですね)
(人として当然の事をするまでさ。 この男の家族が街に居るならば逢わせてやりたいからな)
無事に遺体を亜空間倉庫内へと収納した俺は、襲撃者の遺体を荒野から少し離れた森林に横たえると、クレーターだらけとなった荒野を土属性魔法の応用で平らに均し、足早に其の場を後にした。
そしてそれから数十分後、街の門を潜って城の入口近くの路地裏へと足を運んだ俺は亜空間倉庫内から血塗れの遺体を取り出した。
「さて、城に到着しましたよ。 貴方が目的地としていたルイベアスの城へ」
既に事切れている遺体から返事があるわけではないのだが、何故かそういわずに居られなかった。
俺は遺体をお姫様抱っこのように胸の前に持ち上げると、欠伸を噛み潰しながら城門の前で警備している衛士の前へと歩いていった。
「むっ!? 確かミコトとか言う、錬金講習に参加していた者だな? その者は?」
「錬金術本試験の課題のため、ノスフィルド鉱山に行っていたのですが、その帰り道で何者かに襲われている馬車を目撃しまして。 俺が駆けつけたときは既に遅く・・・・・・」
「そうか其れでこの男はいったぃ!?」
俺が男の持っていた手紙の事を話そうとしていた次の瞬間、門番の衛士は俺が抱きかかえている男の顔を見て手に持っていた槍を足元に落とし、驚愕の表情を浮かべていた。
「ま、まさか・・・・・・な、何故、この御方がこのような御姿に」
「如何したんですか? お知り合いだったのでしょうか?」
「あ、ああ、この御方はルイベアス第三王位継承者で在らせられる、マファリス王子様だ」
第三王位継承者。 つまりは王族の1人というわけか。 門番も言っていたが、そのような人物が如何して護衛もつけずに荒野で息絶えていたんだ? もしくは此処に来る途中に襲われて全滅したのか。
「はっ!? こうしては居られぬ、直ぐに陛下に報告しなければ。 ミコトとやら、済まないが殿下を連れて、俺の後についてきてくれないか?」
「偶然、其の場に居合わせたとはいえ、部外者である俺を城の中へ入れても良いのですか? 錬金講習で通行証は持っていますが、それでも問題があるのでは?」
「まぁ本来は駄目なのだが、お前は殿下の最後を看取った人物だ。 その当時のことも踏まえて、隊長達の前で状況を説明してもらいたい」
「分かりました。 ですが、その前に錬金講習の本試験の報告をグレイアス隊長に報告したいのですが構いませんか?」
「それならば、士術隊の隊長達がミコトの説明を聞くために議会場に集まるだろうから、其の時に報告すると良い」
俺は門番の衛士にそう言われ城内に入ると、そのままでは目立つという事で門番の衛士の提案により、商人などが献上品を持って来る時に使用する、豪華な箱の中に王子である男の遺体をそっと横たえた。
「分かっているとは思うが、この事は他言無用で頼むぞ? 国の王子が御遺体で見つかったとあっては、国の威信に拘るからな」
「了解しています」
「其れならば良い」
そして城内を門番の衛士に連れられて歩く事、十数分・・・・・・漸く貴賓室と呼ばれる場所に辿り着いた。
「俺は一足先にこの事を王様に報告してくる。 お前は殿下とともに、この部屋で待機していてくれ!」
衛士は『誰が来ても、俺が合図をするまで扉を開けるな!』と言い残して足早に廊下を走っていった。
この場所に到着するまでの間に、扉をノックする合図を教わっていたのだった。
それから数分が経過した頃、ガシャガシャという音と数人の足音が扉の向こうから聞えてきたと思ったら、教えてもらっていた合図とともに扉を開けるように促す声が聞えてきた。
「ミコト! 俺だ。 扉を開けてくれ!」
声と合図を確認した俺は、扉の内鍵を外して扉を開けると、俺をこの部屋に案内した衛士を始めとして錬金講習で講師を務めていたグレイアス、街に入る時に注意されたナジェリアなど、知っている顔を含めた13人が雪崩れ込むように部屋の中へと入ってきた。
「「ミコト!?」」
俺の顔を見た瞬間に、一番出会いたくなかった人物が2人同時に俺の名前を呼んだ。
「グライアス隊長、お知り合いですか?」
「ナジェリアこそ」
「2人とも! 今はそのような事を喋っている時ではなかろう」
俺の顔を見て混乱している2人を静めたのは、やはり見た事のない、鎧の右胸の部分に水の雫の様なマークが描かれた髪の長い女性だった。
「申し訳ありません、ステイラム隊長」
「すまない」
そんな漫才のような遣り取りをしている2人を掻き分けるようにして、威圧感が漂う背格好をした厳つい男性と穏やかな表情をした女性が俺の前へと姿を現した。
「オヌシが門兵が言っておったミコトとやらか!? 我とて未だ信じられぬのだが、息子に逢わせてはくれまいか!」
「『息子』って。 貴方は?」
俺が疑問を口にすると、グライアスが合いの手を出してくれた。
「この御方はルイベアス国王、レムリアルド陛下だ。 くれぐれも失礼のないようにな」
「は、早く息子に逢わせてくれ! 頼む、この通りじゃ」
陛下と紹介された人物は王族らしからぬ態度で一般庶民である俺に対して深々と頭を下げている。
「わ、分かりましたから頭を上げてください」
俺はその状況に居ても立っても居られずに、部屋の中へと一緒に運び込まれていた献上箱の中から血塗れの殿下と呼ばれた男の遺体をそっと抱きかかえ、部屋の床へと横たわした。
「おおおぉ・・・・・・間違いない。 息子よ、何と変わり果てた姿に」
その無言で城へと戻ってきた息子の姿に陛下は膝を折り曲げて子供のように泣き喚き続けていた。
部屋の中に集まっていた魔術士隊隊長達も遺体に向けて敬礼のような仕草を見せている。